■面倒嫌いの教師

 女子寮の近くの木の上で、新藤教師を発見した。何故木の上にいるかはあえて問わない事にする。今は、それどころではない。
「せんせ〜。新藤せんせ〜!」
 神楽が大声で呼びかけると、木の上から新藤が飛び降りてきた。
「……何か用ですか? と言うよりも、あなた誰です?」
「4年E組・神無月神楽です。3年の柊さんの事でご相談したい事があるんです。」
 神楽の真剣な表情に何かを感じたのか、新藤は(この男にしては珍しく)素直に受けてくれた。おそらくは、神楽の真剣な調子に気づいたのだろう。
「分かりました。とりあえず、寮の私の部屋に行きましょうか。」

 新藤はまず2人を寮の自分の部屋に連れて行き、茶を出した。
「まずは、落ち着いて話をしてもらいましょうか。何の用ですか?」
「……柊さんが、イジメを受けているんです。」
 神楽は重々しい調子で騙りだす。新藤は、ほぅ、というため息にも似た声を出した。
「一応、詳しい話を聞いた方が良いでしょうね。」
「由佳、話せる?」
 神楽の問いに、由佳は僅かに頷き、今までの経緯を話した。それに加え、自分の心情も、死にたいとすら思うその気持ちも。
 全てを聞いた上で、それでも新藤は、
「なるほど。いいんじゃないんですか?」
 あっさりと。そう答えた。
「なっ……!? 何言ってるんですか!? あんたそれでも教師なの!?」
「じゃあ私は君の味方だとでも言えと言うのですか? そんな安請け合いに何の意味があるんです? この件に関して、私の力はあまりに弱い。私では根本的に解決出来ません。学内に権力があるわけでもありませんからね。」
「――ッ! でも! 死んでいいわけないでしょ!?」
「人間の気持ちは本人にしか分かりません。君の気持ちは分かるなどという戯言は余計に人を傷つけるだけです。本人が気持ちをよく考え、結果として死を選ぶなら、私から言う事は特にありません。」
 言い返したい。反論したい。でも、出来ない。
 神楽にも、その気持ちは理解できた。理解してしまった。それでは、反論などしようがない。
「一応、私も教師ですからね。出来る事はします。しかし、その結果としてイジメが悪化しても私は守ってあげられませんよ。」
「そんな無責任な!」
「人を頼りにして自分では何もしない人間に対し、何かするというんですから感謝して欲しいくらいですよ。」
 感情的になっている神楽に対し、新藤は冷静そのものである。いつものように。
「だって……あんた、教師じゃない!」
「私の仕事は子供の争いをなくす事ではありません。自身の身は、自身で守りなさい。信じられるものなど己のみですよ。」
 何か反論しなきゃ、という想いが神楽を逆に空転させる。結論が出せない。
「大抵の事象は双方に原因があります。つまり、イジメを受ける側にも非があるという事ですよ。自分から変える勇気もないのに他人を責めるのはよしなさい。」
「でも、でも――!」
 言葉を紡ぐ機能がマヒしてしまったのだろうか。新藤の言葉を否定する事は出来る。もちろん、新藤が完全に正しいはずはないのだから。だが、意味がない。新藤は、間違っているわけでもない。事実はあくまで、事実。
「今。戦う勇気がない人間に、この先の人生を生きてはいけません。なら、早めに死んでもいいんじゃないですか。」
「でも! こんなに苦しんで、死にたいくらい追い詰められて……! ホントに力を貸してくれなくても! 味方がいるって思ったら戦えるかもしれないじゃない!」
「自分の問題を他人のせいにしてはいけませんね。頼りに出来るのは自分だけですよ。さっきも言ったでしょう?
 勘違いしないように言っておきます。私は何もしないと言っているのではありません。出来る事しか出来ない、と言っているんですよ。そして、私に出来る事は、さほど多くない。」
「あんた……!」
 ついに怒りが頂点に達しかけた神楽を、由佳の言葉が止めた。
「もういいんです。」
「由佳――?」
 突然のワケの分からぬ台詞に、神楽は戸惑った。
「神楽先輩、ありがとうございます。でも、もういいんです。」
「でも、由佳!」
「先生の言ってる事、間違ってないです。あたしは逃げてばっかで、何もしてないんです。やっぱり、無理ですよ。」
 俯いて、涙を堪えている。こんなにも、こんなにも傷ついているのに、誰も助けてくれない。守ってくれない。
「由佳! 諦めちゃ駄目だよ!」
「もういいんです。先生、ありがとうございました。失礼します。」
 由佳はゆっくり立ち上がると、部屋を出て行った。
「由佳!」
 由佳の後を神楽も付いて行こうと出て行きかけて、出入口で立ち止まり振り向いた。
「先生、見損ないました。最低です。」
「誹謗中傷は慣れてますよ。それに、勝手に作ったイメージが壊れたからといって八つ当たりしないで欲しいですね。」
 神楽はもう何も言わず、部屋を出て行った。神楽が閉めた扉の大きな音が、いつまでも余韻を残していた。



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