■誰に相談しましょうか?

「柊さん? 大丈夫?」
 神楽は震えている由佳の下へ駆け寄った。
「あ、あの……あ、ありがとう。」
 先輩に対してタメ口はどうかと思うが、今の彼女にはコレが精一杯である。
「何なの、あいつら?」
「せ、先輩が……。私、絵が下手だから……練習しろって。」
「何を言ってるのよ!? あなた以上に絵が上手い奴なんてこの学園にはいないわよ!?」
 神楽の興奮した声に、由佳はビクリと肩を震わせた。
「あ……ごめん。」
「いえ……。あの、そういえば、あなたは?」
 僅かに冷静さを取り戻したのか、由佳は当然の疑問を口にした。
「あ、まだ名乗ってなかったわね。神無月神楽。4年E組よ。神楽でいいわ。」
「柊由佳です……。」
 ぼそりと、呟くように話す。
「由佳ちゃん、いつからなの?」
「……あたしが、コンクールで優勝してから、です。」
「――ッ! 先生には相談したの?」
 神楽は内心の感情を押さえ込み、努めて静かに聞くようにした。
「いえ……。」
 当然だ。イジメに遭っている子が、誰かに相談できるわけがない。先生に相談すればイジメは悪化し、友人が相談に乗ってくれる事はまずない。
「今からでも遅くないよ。相談しに行こう?」
「だ、駄目ですよ!」
 神楽の提案を、ここだけは由佳も強く否定した。
「きっと、今より、酷くなります……。」
「由佳ちゃん……。」
 なんと声をかければいいか。自分はなんと言って欲しかったか。
 混乱する神楽の頭ではまとまらない。まとめられない。
「神楽先輩、ありがとうございます。でも、いいんですよ。あたし、もうすぐ終わらせようと思ってるんです。」
 終わらせる。それは、どうやって?
 もう止めてとでも言ったところで、諦めるはずはない。むしろ悪化するだろう。
 ふと、神楽はある考えに思い至った。確実に全てを終わらせる方法。もう誰にもイジメを受ける事はなくなるであろう場所に行く。いや、逝く。
「まさか、由佳ちゃん?」
 由佳には、神楽が何を言いたいのか分かっていただろう。だが、何も答えない。
「ダメ! 絶対ダメ!! そんなの、絶対にダメだからッ!!」
「あたし……本当に、弱くて。言いたい事も全然言えないですし、友達も……コンクールが終わってからは会えなくなりました。もう、あたしは必要ないんです。だから、もう……いいんです。」
 由佳は静かに立ち上がった。
「いいわけないでしょ! 美術部の顧問でもクラス担任でも学年主任でも――!」
「無駄ですよ、先輩。あのリーダー格だった先輩、覚えてます?」
 忘れるはずはない。先ほど会ったばかりだ。
「あの人のお父さん、お金持ちなんです。」
「それが……?」
 神楽にはそれがどういう意味を持つのか、分からない。そういう環境に、彼女は今までいなかった。
「分かりませんか? もしも娘のスキャンダルが発覚すれば、お父さんのイメージも悪くなります。ですから、多分全力で揉み消すでしょう。意味が、ないんですよ。それに、学園は献金を貰っている筈です。強気に出られないんです。」
「そんな! 諦めてどうするのよ! そうだ、お爺ちゃん! 学園長なら!」
 神楽は由佳の手を取る。相手の意思は考えないで、とにかく引き止めるために。
「誰かに相談しないと何も変わらない。だから、行こう。」
 由佳は寂しげに神楽を見つめ、何も言わなかった。

 まず、美術部顧問に話をした。だが、由佳の予想以上に相手は動きが早く、どうやらすでに取り込まれていたらしい。気のせいだとかもう少し話し合いなさいと言うだけで助けてくれなかった。
 学年主任も同様。何の役にも立たなかった。となれば次は、学園長。だが、生憎と学園長は学校の用事で学園内にいなかった。
「はぁ……。教師って役に立たないわね。」
 神楽は疲れて公園のベンチに座り込んだ。隣に、由佳が並ぶ。
「神楽先輩。もう、いいですよ……。」
「何度も言わせないでよ。諦めちゃ駄目。私が一緒にいる間は諦めさせないわよ。」
 ビシッと神楽は人差し指を立てた。
「でも、もう相談する相手もいないですし。」
「そうねぇ……。」
 誰にも属してなくて、相談出来る先生。神楽の脳内を何人もの教師の顔が浮かんでは消えていく。やがて、辿り着く。
「そうだ! 寮監!」
「は、はい?」
 突如叫んだ神楽に、由佳はビクリと肩を震わせた。
「行こ!」
 強引なまでに、神楽は由佳を連れて寮に戻った。



前へ  次へ  戻る