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■人と獣
「い、くと?」 「聡。俺、嬉しかったんだ。お前がいてくれて。」 それは。 「友達なんか誰もいなかった俺に、何も聞かずに友達になってくれて。お前がいなかったら、俺は今頃どうなってたか。」 行人の。 「家族のいない俺にとって、お前は本当の家族みたいだった。俺にとって一番大切な人は、お前だから。俺は、お前のために命を懸けられる。」 命懸けの覚悟。 「だめ、だ……。行人!」 行人は答えない。聡の声が聞こえない、という事はないだろう。それでも答えようとはしなかった。 「聡、出来れば俺の戦ってる姿は……見ないでくれ。」 そして行人は、デーモンと向かい合う。強い瞳で、覚悟を全身に行き渡らせて。 「待っててくれるとは随分と紳士的なんだな。」 「人間相手に不意打ちしたとなれば、デーモンの名折れだからな。」 「こそこそ隠れてた奴がよく言うよ。」 行人は肩をすくめた。 「人間如きが、大層な口を。勇気と無謀の違いも分からぬ痴れ者が強がるのも大概にしろ。」 「悪いけど、勇気と無謀の違いは知ってるよ。ま、無謀ってのは正しいけどね。それと、俺は人間じゃあない。」 「……何?」 行人は右手で頭を押さえ、左手の親指を噛み切った。 「久しぶり、だな。変身するのは。」 親指から流れる血が、全身にまとわりついていく。まるで古代文字のような模様は全身を覆い――腕や足から白銀の毛が生え始めた。 その様を、冷静に見つめるデーモン。彼にとっては、むしろ人間よりも馴染みのある敵だった。 「獣人、か。」 「ちょっと違うな。俺はワーウルフだ。」 ワーウルフ。人間と獣人のハーフの通称である。 世界に住むのは人間だけではない。様々な種族がそれぞれに住んでおり、ただ最も多い種族が人間であるというだけに過ぎない。 優れた筋力と柔軟な動きが自慢の獣人族は、常に戦いを欠かさない種族。それだけに、デーモンが関わる事も多かった。 「異種族間のハーフは、双方の長所を得る故に高い戦闘能力を持つ。俺はそのせいで嫌われ続けてきた。学園じゃ正確には知られてなかったはずなんだけど……、それでも馴染めなかった。 だけど、聡は違った。こんな俺と友達になってくれた。俺にとって一番大切な人を、殺させはしない。」 すでに、行人の姿は人間のそれではない。その姿形は、狼人間と形容するのが一番分かりやすいだろう。全身を毛が包み、顔は狼ながら、体は人間に近いものがある。 「……行くよ。」 デーモンが構えた刹那、行人の姿が、視界から消えた。 驚愕しつつも、デーモンは反射的に全方位結界を張った。同時に、背後に衝撃が走る。 デーモンが振り向こうとすると、その前に、今度は前方に衝撃が走った。 「な、んだと!?」 魔法、にしては、学生レベルでは有り得ない程の衝撃。では、体術とでも言うのだろうか。 デーモンの思惑など意に介さず、行人の『攻撃』は連続的に結界を攻め続ける。そして、とうとう、結界が破れた。 デーモンが結界を破られた事を知覚する前に、行人の蹴りがデーモンを後方へぶっ飛ばした。 「どうした!?」 喫茶店の壁に激突したデーモンに、行人の止めの一撃が打ち込まれた。拳が当たるタイミングに合わせて、無詠唱魔法を拳から放つ。 「終わりだ!」 バーニング・ナックル。獣人族に伝わる格闘術の基本で、行人が放てる技の中では、詠唱版に次いで威力の高い技だ。デーモンといえど、無事で済むわけがない。 ドコン、という大きな音を立てて、デーモンは崩れ落ちた。 「どう、だ……。」 肩で息をしながら、行人は少し間を取った。いくらワーウルフでも、あれだけの高速移動を続ければ疲れも出てくる。 「なる、ほどな。縮地という技か。」 ゆっくりと。しかし、しっかりと。デーモンは立ち上がった。まだ、戦える。まだ、崩れない。 縮地というのは相手との間合いを詰めるための動きである。動きを相手に悟られないように動いているだけなので厳密には瞬間移動ではない。したがって、これも正確には縮地ではなく『獣歩』と呼ぶ。 獣歩は獣人クラスの筋力で高速移動をする。したがって、正真正銘の瞬間移動なのだ。 「確かに早い。だが、軽い。」 デーモンの周囲に、100近い魔法の矢が生み出された。無詠唱で、これだけの力。魔法戦士ならば同等の力を出すだろうが、学生からすれば、やはりそれは遠すぎるレベルだった。 「最後の一撃は確かに効いたぞ。だが、それ以外は軽すぎる。結界は壊せても、デーモン族を倒せるほどのレベルではないな。」 「それは、どう、かな……。」 口調には余裕があるが、実際あまり余裕のある状況ではない。しかし、諦めるわけにはいかない。ここで諦めれば、聡が傷つく。 ぐっと四肢に力を込め、行人は再び高速移動で姿を消した。 デーモンは、周囲全てに魔法の矢を放った。確かに、姿が“見えない”だけで“消えた”わけではない。適当でも攻撃すれば、当たる可能性はあるだろう。まして、これだけの数の魔法矢。外れる可能性の方が低いかもしれない。 行人も、そんな事は分かっている。だからこそ、真っ向からぶつかったりはしない。高速で移動した先は、デーモンの真上。 空中では方向を変えられないが、落ちていくだけなら出来る。デーモンが行人の移動先を認知するのには僅かな間があるだろう。その間に、間合いは十分詰まるはずと判断して。 周囲に比べ、上方へ放たれた魔法矢は極端に少ない。理由は分からないが、隙を突かない手はない。 魔法矢をこちらも魔法矢を放つ事で相殺し、そのまま落下していく。 そして……真紅の血が、戦場に舞った。 |