■束の間の休息

 由佳の加速魔法は効果的だった。獣化した行人の獣歩並み、とまでは言えないが、十分な速度を持っている。
 均衡状態を破る攻撃の乱入により、化物は迷いが生じた。目の前の新たな敵を潰すか、それとも先刻より立ちふさがり続けている敵を潰すか。
 迷いは動きを緩慢にし、躊躇いは攻撃を遅らせる。その隙に、行人はレッサー・デーモンを蹴り上げ、聡の呪文がその胸を撃ち抜く。茜の魔法剣はドラゴンの目に刺さり、電撃で動きを麻痺させた。
 同時に動いた教師共の魔法は、より危険度の高いデーモンズを消滅させていき……わずかな時間の後、聡達は圧勝した。
「大丈夫だったろ?」
「そーね。案外ザコっぽい連中だわね。」
 聡と茜が戦果を自慢していると、教師が近付いてきた。
「君達、助かったよ。何年生だい?」
「4−Bの綾瀬です。」
 マジメな行人が真っ先に答えた。
「向こうにも4年と3年がいるっす。あ、あれですよ。」
 聡が指差す先に、安全だと判断したのか、神楽と由佳が姿を現した。
「この寮は他より安全なはずだ。ここに避難していなさい。」
 5人が揃ったところで、教師は指示を出した。
「先生、どうなってるんですか? 何でデーモンが?」
「分からない。敵の数も把握しかねているところだ。今、学園長が事態収拾のために動いてらっしゃる。だから、もう少し待っていてくれ。」
 先生でも分からない。それは、予想外の緊急事態を意味した。
とりあえず聡達は、疲れもあって教師寮に入った。1階の会議室で、休憩を取る。
「茜。お前らはどうして一緒に?」
 落ち着いたところで、聡は茜に状況説明を求めた。
「私は部活中だったんだけど、いきなりリトル・ドラゴンに剣道場を壊されちゃって。とりあえず外に避難したら、本物のドラゴンが襲ってきたのよ。慌てて逃げてきたら、神楽達と合流できたってわけ。」
「私達も似たようなものね。美術部の部室にいたんだけどさ、外が騒がしいと思ったらあちこちでバトルしてるんだもん。慌てて逃げてきたら、茜と会ったの。」
 茜と神楽の台詞を頭の中で整理し、
「つまり、学園中が大混乱ってぇわけだ。俺らはまだ平和な方かもしれねぇな。」
 この会議室にも、生徒はかなりいる。だが、この学園の生徒の数からずれば、それはあまりにも少ない。
「どうなってるんでしょうね……。」
 由佳の言葉が、今この学園にいる者に共通する想いだろう。わけがわからない。その一言に尽きた。
 そんな状況で、神楽はそっと口を開く。
「もしかしたら、なんだけど。」
 聡達だけでなく、なんだか会議室中が神楽の言葉を待っている気がした。
「学園の結界が、消えてるかもしれない。」
 ざわり。会議室がざわめいた。
「……なるほどな。そう考えれば納得出来る話もある。」
「ドラゴンの乱入だね。だけど、デーモンの群れはどう考えればいいんだい?」
 デーモンはこの世界に本来は存在するはずがない連中である。そんな相手がここに大量にいる理由。それは。
「誰かが、召喚している?」
 考えてみれば、簡単な事だ。この世にいるはずのない存在をこの世に出現させるためには、誰かが呼ぶしかないのだから。
「誰かって、誰だよ。これだけの数、これだけの質、誰が呼べるってんだ!?」
 聡の疑問はもっともである。デーモンを召喚し、使役するためにはデーモンよりも強くなければならない。これだけのデーモンを使役出来るほどの力の持ち主。それは、そう多くない。
「……まあ、マジック・マスター級って事かな。」
「そんな強い人がいるわけ?」
「いるとしか思えない。もう、これは人間の力じゃない。」
 マジック・マスター。かつて、あらゆる魔法を極めたと言われる世界最強の魔法使い。各地で数人の仲間と共に人助けをしていた彼だが、数年前に姿を消し、今は生死すら分かっていない。彼を尊敬するが故に魔法使いになった者も多いらしい。
 デーモンやドラゴンをこれだけ操れるというのは、あるいは彼以上の力を持つ者とも言えるだろう。それは即ち、この学園に対抗出来る者がいない事を示している。
 重苦しい空気が場を支配した。束の間の安息だったが、とても気の休まる雰囲気ではなかった。



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