■デーモンの高み


「……くそッ!!」
 湿っぽい空気の中、聡は苛立ちを口にした。
「俺は行くぜ。」
 そう言って、聡は立ち上がった。すぐに行人が問いかける。
「何をする気だ?」
「暴れてくる。」
 それはつまり、この戦場に出るという事。学生の身で、デーモンさえも暴れる場所に向かうという事。
「死ぬ気か?」
「違うな。ただ、じっとしてらんねーだけだ。」
「この場合、同じ事だよ。止めろ、と言っても、聞かないだろうけど。」
「分かってるじゃねーか。」
 ニヤリと笑った。まるで、悪戯をする前みたいに。
「俺も行くよ……。お前を独りで行かせられないし。」
「って! 止めなさいよ!!」
 ビシッ! と茜のツッコミが冴え渡る。
「何を言ってるか分かってんの!? 学生レベルでどうにかなる状況じゃない! 悪戯とはワケが違うのよ!?」
「分かってるよ。でも、先生だけじゃ多分、負ける。誰かが死を覚悟してでも戦わなきゃ勝てない。」
「だからって……。何も、聡じゃなくても!」
 聡はようやく振り向いた。決意が目に宿っている。本気で、戦う気の瞳だ。
「何? 心配してくれんのか?」
 あえて軽い口を叩く聡を、茜は上目遣いに睨む。
「そうよ。悪い?」
「そこは『違うわよ!』とか言うとこだろ?」
「茶化さないで。」
 あくまで、茜は大真面目。もちろん、聡もである。
「俺はやると言ったらやる。つーわけで、後はヨロシク!」
 返事を待たず、聡は駆け出した。行人もそれに続く。
「聡! 待ちなさい!」
「茜、由佳。行くわよ。」
 そして、その後を神楽が続いた。
「神楽! もう、知らないわよ!」
 渋々ながら、茜も続く。
「先輩!」
 逡巡した後、由佳も続いて寮を飛び出した。

 聡達が外に出るのを咎める者はいなかった。と言うよりも、その余裕がなかったのである。外から来る者への警戒はしていたが、中から外へ出る者の警戒はしていなかった、というのも理由である。
 寮を出てしばらく走った。とにかく、闇雲に。焦りから不必要に走ってしまう。先頭の聡がそうなのだから、後続の行人達も走らざるを得ない。
 ふと、聡が立ち止まった。後ろも慌てて止まる。(神楽は行人の背中にぶつかったが。)
 場所は森林公園のど真ん中。広い空間があり、戦うには丁度良い場所だった。
「来たのか?」
「そうみてーだな。」
 行人の緊張した声に、聡も同じように緊張した声で返す。
 前方に立っているのは、ぱっと見たところ人間である。仮面のようなもので顔を隠したのが2人、それにコートを着た老紳士面をした奴が1人。
「先生、じゃ、ねーな。学園への進入は罪だぜ?」
「それは失礼。だが、我々を受け入れる程の豪気はおらぬと思うが?」
 老紳士が丁寧に頭を下げた。向こうは全く戦闘準備をしない。一方、聡達は臨戦態勢だ。
「ふむ。見たところ、君達は子供ながらなかなか筋が良い。ここで潰すには惜しい存在だ。どうします? 連絡しますか?」
 老紳士は、後ろの仮面組に伺いを立てた。
「構わないでしょう。全て殺して構わないと聞いていますし。……いや、違いましたね。その子……その子供だけは殺してはいけないはずです。」
 仮面の片割れは、聡を指して言った。
「何で俺だけ特別扱いなんだ?」
 当然ながら、聡の質問に答えはしない。
「ほぅほぅ。分かりました。それでは、ここは私にお任せいただけませんか? あのお方が特別視する相手の力量を見てみたいので。」
「……どうぞ、ご自由に。」
 老紳士は一礼し、こちらに向き直った。
「随分と余裕だな? あんた、レッサー・デーモンだろ?」
「私をあのような下級のデーモンと同等に考えないでいただきたいものだ。私はエクス・デーモン。ブラス・デーモンやレッサー・デーモンよりも上位のデーモンだ。」
 その言葉に、聡達は青ざめた。
 デーモンは、下から順に「レッサー」「ブラス」「エクス」「サタン」の階級がある。階級毎に桁違いの強さであると言われているが、聡達は詳しい事は知らない。
「レッサーより上? いるのかよ、そんなのが?」
「ハッタリ……じゃ、なさそうね。」
 神楽もようやく声を絞り出す。
 老紳士は、口元に笑みを浮かべたまま立っているだけ。なのに、汗が……止まらない。この紳士が、見た目通りの紳士でない事は分かりきっている。それだけに、怖い。どこまでも純粋に、ただ、怖い。
「私の名はウィアド。以後よろしくお願いする。もっとも、僅かな時間だろうが、ね!」



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