|
■不死者
余韻も残さず、ウィアドは消え去った。そして、消し去った本人はゆっくりと聡の方を向いた。 「さて。確か、村野聡、でしたね。素直に退きなさい。仲間を助けたいでしょう?」 「甘いね。殺しちゃえばいいじゃない。」 今まで黙っていたもう片方の仮面が、初めて口を開いた。声からすると女らしい。 「……我々の目的からすれば、このようなところで学生を殺しても意味はないかと? というか、怒られますよ。」 「意味ならある。私が殺したい。そんだけ。」 そう言って、女声の仮面は一歩前に出た。 「バース。」 短い呪を唱えると、その手にいつの間にか真っ白な槍が握られていた。召喚術の一種だろうか。 「……まったく。言っておきますが、聡を殺してはいけませんよ?」 「分かってる。あのお方を裏切ったりはしない。」 分かる。分かってしまう。戦いに不慣れな聡でさえ。 こいつは、さっきのウィアドとかいうエクス・デーモンよりも強い。そして、こいつは油断も手加減も、しない。 聡の身体が勝手に動く。ウィアドを攻撃した時のように。 呪文を紡ぎながら、爆動で間合いを詰める。槍は懐に入られると戦いにくくなる。考えた事ではないが、体は考えるより先に正答を導いていた。 女仮面と聡が交錯する直前で、聡は急に止まった。否、止まらざるを得なくなった。 両者の間に影が入り込んでいた。大きな、異様な影。 「……名前。」 女仮面の問いに、乱入者は重く低い声で答えた。 「他人に名を尋ねる時は自分から名乗るものだ。礼節を知らぬ者は若くして死を迎えるぞ?」 その髪は闇の色。その身体を包むのは漆黒の衣。その肌は雪のように白い。 「……アンタに名乗る名なんてないわ。」 「むう。ならば、我から名乗ろう。我が名はクロウ。闇夜を駆ける漆黒の翼。」 クロウと名乗った男を前に、仮面の2人は僅かに動揺した。 「何故、ここに『不死の暗黒』がいるのです?」 「我はこの地に縛られし者。この場におらぬ理由がない。だろう?」 そこで言葉を切り、クロウは後ろを振り返った。 「魔法の才に恵まれし少年よ。力に埋もれるな。力は己で支配しろ。さもなくば、大切な物まで失う事となる。」 「……俺の事、か?」 クロウは聡の問いに静かに頷くと、再び仮面に向き直った。 「契約を受けし者よ。我と交えるか? まあ、お前たちの力量ではたかが知れているがなぁ」 仮面の2人は顔を見合わせ、頷きあった。 「ここは退かせて頂きます。もちろん、貴方が逃がしてくれるのなら、ですが。」 「構わぬ。行け。」 その言葉を聞き、仮面達は跳び去るようにして姿を消した。 クロウと名乗った男は振り向くと、ゆっくりと茜に近付いた。 「神無月神楽。そちらのワーウルフを治療してやれ。大した怪我ではないはずだ。」 そうして、クロウは茜に治療の魔法を唱えた。火傷の跡がみるみる引いていく。 「あんた、何者だ?」 聡はクロウと名乗る者に問いかけた。助けてくれたのに、ちっとも安心はできない。それだけ、異様な雰囲気を持っている。 後ろでは由佳と神楽が協力して行人の治療をしている。クロウの言った通り、命に別状のあるほどの傷ではないらしい。獣人の血のおかげだろう。 「聞いていなかったのか? 我は『不死の暗黒』クロウ・イブニングロウ。この地に縛られし者だ。」 「人間、じゃ、ないよな?」 「我はアンデッド。死の先に生まれし者だ。」 アンデッド。一度は死んだ生物が、ゾンビみたいに生き返った種族である。普通は呪術で作り出すものだが、中には本人の強い意志から復活する者もいる。 だが、アンデッドというのは極めて意思の薄弱な者がほとんどで、まして魔法を使うなんてありえない事実だ。しかもよりによって、治癒の魔法など。 「言っておくが、我をそこらの雑兵と同列に考えてくれるなよ? 我は不死者の王たる器を持つ存在。次元が違うのだ。まあ、部下はいないが」 もう、何が何だか理解できない。混乱の極みに達していた。 「無知を恥じる必要はない。今まで知る事の出来ぬ状況にいた、それだけの事。 だが、今後とも無知である事は許されない。無知は死を招き、躊躇いは敗北を生む。もし戦いに身を置くならば、相応の知識を手にし、訓練を受けなければならぬ。」 クロウは立ち上がった。茜の傷の治療が終わったらしい。 「丁度良い迎えが来た。」 聡達は、クロウの言葉に反応しその視線の先を見た。遠くから走ってくるのは、新藤だ。 「常に助けが在るなどと考えるな。己の身を守る手段を持たぬ者に、他者を護る資格はない。強さを求めろ。」 そう言い捨てて、クロウは夕闇迫る空に姿を消した。 |