■契約

 新藤は紙を取り出すと、ソファーの前の机に置いた。そこに単純な人の絵を2人書き、A・Bと記号を書いた。
「Aを魔法使い、Bを魔法が使えない人とします。AとBが契約を結んだ場合、Bはアーティファクトと呼ばれるアイテムを自由に出す事が可能になります。また、Aの魔力をある程度借りる事も可能です。もっとも、魔法は使えないままですが。」
「なんで廃れたんですか?」
 この通りなら、契約をした方がお得である。それでも廃れるからには、何かしらの理由があるはずだ。
「契約のリスクがあるためです。もし仮にAが何かの理由で死亡した場合、自動的にBも死んでしまうんですよ。これはつまり、契約を交わした後、Bは死ぬまでAを護り続けなければいけない、という事です。このリスクがあるために契約という技術は廃れました。」
「だが、それをしている連中がいる。」
 行人の言葉に、新藤は黙って頷いた。
「命懸けで……あいつらは何をする気?」
 それが分かれば、苦労はしない。当然、神楽の疑問に答えられる人間はいない。
「これって、魔法使い同士では出来ないんですか?」
「出来ますよ。ですが、条件が厳しくなります。まず、Aの魔力がBの魔力よりも高くなければなりません。また、相性が悪ければ失敗する場合もあります。」
「……つまり、先生と俺なら出来るって事ですよね。」
 新藤の目が細くなった。
「理論上は可能です。」
「聡! 契約するつもりなの!?」
 それは即ち。新藤と、命を共にするという事。
 年齢から言えば、おそらく新藤は聡よりも早く寿命を迎える。つまり、己の寿命を縮めるという事になる。
「ああ。」
 それでも聡は頷いた。軽々しい調子で。
「何を言ってるのよ!? だいたい、契約してどうする気!? ドラゴンバスターにでもなるって言うの!?」
「ドラゴン? そんなつもりねーよ。だけど、俺は強くなりたい。そのためには、契約は必要だと思う。」
「強くって……!」
 神楽は、全く理解できないとでも言わんばかりだ。実際、学生として、あるいは卒業後も、強さなど必要ない。
「そんなに強くなってどうするの? まだ、まだ学生なのよ?」
「分かってる。だけど、俺はクロウや仮面の連中に負けたくない。しかも、あいつらは待ってくれないんだ。」
「――ッ! 行人君、新藤先生。何か言って下さいよ!」
 自分では説得出来ないと思ったのか、神楽は行人と新藤に助けを求めた。
「俺には、言う事はないかな。」
「村野君には力を求める権利があります。それを否定するわけにはいきません。」
 しかし。期待した助けは、来なかった。
「何それ。力を求める権利って何? 言う事はないってどういう事? それが、今よりも危険な道を進む理由になるの!?」
「神無月さん。落ち着いて下さい。」
「落ち着けって!」
 とても無理だと言わんばかりに、神楽は頭を振った。
「村野君は、生まれながらに戦場を駆ける運命にあると言ってもおかしくない子です。綾瀬君も、です。それは、仕方ない事なんですよ。」
「どういう事なんですか?」
 新藤はすぐに答えず、ゆっくりと聡の顔を見た。聡も、よく分からない、という表情だ。
「……村野君。君は父親について何か知っていますか?」
「いえ。あまり知りません。昔からあちこち放浪して連絡が出来ず、旅先で死んだと聞いてます。」
「そう、ですか。」
 新藤はソファーから立ち上がると、部屋の隅にある棚に向かった。その中から、何か――ペンダントのようなものを取り出した。
「本当はまだ早い話です。ですが、自分について早めに知っておくに越した事はないと私は思っています。これは、ある人物から村野君宛に預かっているものです。」
 新藤は棚から取り出したペンダントのようなものを聡に渡した。
 手に取って見ると、ロケット・ペンダントだった。普通は先端に写真なんかが入っている首飾りの一種である。
 聡が本来は絵が入っているところを開くと、そこには何も入ってなかった。
「それは、村野君の父君から預かったものです。」
「俺のオヤジを知ってるんですか?」
「ええ。あなたの父君は、強く、気高く、優しく。私が尊敬する数少ない方です。」
 『あの』新藤がそこまで褒め称える人物。それは、少なからず衝撃を与えた。
「その人って俺達も知ってる人なんですか?」
行人の当然の疑問である。新藤がそこまで褒め称える魔法使いなど、そう多くはないだろうから。
「ええ。知っているでしょうね。彼の名は天原聖まがはらひじり。通称は、マジック・マスター。」
 一瞬の静寂、そして。
「「なにいいいいいいいいいいいいいい!?」」
 行人と神楽の絶叫が、同時に女子寮を駆け巡った。



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