■壁を崩したその先で

 床に描いた魔法陣から龍を模した水を呼び、自身と同じ姿の者へ向かわせる。しかし由佳モドキはそれを、虎を模した炎の群れで打ち消した。
「そんなぁ……。」
 由佳は他の4人と比べ、明らかに苦戦する理由がある。
 聡達は、この戦いで自身の秘められた力を開放し、新たなる戦法を見出だせた。それがこの訓練の目的の1つでもある。
 だが、他者を召喚し戦わせる由佳には自身に成長の余地があまりなかった。死に瀕した戦いで急激に成長出来るほど、成長する部分がないのだ。
「どうしよう?」
 由佳が記憶している召喚可能なものは全て試した。だが、倒せない。だとしたら、もう、終わり。
「また、あたしじゃ何も出来ないの?」
 イジメを受けていた時も。神楽や新藤が助けてくれたからこそ、今があるのに。その今、何も出来ないなんて!
「嫌だよ、そんなの?」
 ぎゅっとアーティファクトを握り締める。自分の無力さを痛感する。
 ――負けたくない。負けられない。生き延びたい。死にたくない。勝たなきゃいけない。強くなりたい。あたしは、あたしは!
「ああああああああ!」
 由佳は、初めて大声で叫んだ。自身の無力感を声にした。そして、その想いは、心の結晶の姿を変える。
「……え?」
 由佳が握っていた筆のアーティファクトは、ペンのような細身の筆に姿を変えた。いつの間に起きたのか、何が起きたのかも由佳には分からない。
「どう、して?」
 何が何だかわかっていない。だが、何をすべきか。由佳には分かる気がした。
 由佳は床に絵を描き始めた。剣を持ち、炎を操る戦士を。絵といっても簡素なもの。単純な線だけだ。
 由佳モドキが召喚した炎のトカゲ・サラマンドラが襲いかかってきた。同時に、由佳の絵も完成する。
 襲い掛かったサラマンドラは、由佳に触れる直前でその身体をふたつに割った。サラマンドラの能力ではない。剣に、斬られたのだ。由佳の描いた絵が、実体化し、彼女を守っていた。
 現れたのは、由佳がイメージした剣士。その腕には炎が宿り、その剣はあらゆる敵を斬り捨ててきた、歴戦の兵。英雄伝にのみその姿を見せるはずの存在が、今ここにいた。幻とは思えない。それほどまでに、圧倒的な存在感があった。
 炎の戦士は由佳モドキとの間合いを詰めた。由佳モドキの運動能力は由佳と同じ。逃げられるわけがない。
 炎に彩られた剣が、由佳モドキを両断にした――。

「まさか柊さんが開放するとは思いませんでしたね。称号すら知らないのに。」
 新藤は訓練室から出てきた5人に回復魔法をかけながら言った。
「開放って……?」
 聡の質問に新藤はゆっくりと説明した。
「アーティファクトは心の結晶と呼ばれるほど感情によって能力を左右するものです。感情の高ぶりなどにより、アーティファクトは形状を変化させ能力を強化する事が出来ます。これをアーティファクトの開放と呼びます。」
「へぇ。」
 聡にはそれしか言い様がなかった。
「ですが、この開放という技術は数百人に1人しか辿り着けない技術なんですよ。あなた方の中からそこまで辿り着く人が出るとは思っていませんでしたね。」
「ふぅん。由佳ちゃんもすごいんじゃない?」
 神楽に言われ、由佳は耳まで真っ赤にした。
「そ、そんな事ないです。あたし、先輩や先生にお世話になってばかりじゃ嫌だなって思っただけで……。」
「普通はただ思ってもなかなか開放にまでは至りません。柊さんの強い想いがアーティファクトを進化させた、という事です。やはり、あなたは誰よりも強い心を持っているようですね。」
 新藤の解説に、由佳はますます赤くなるのであった。

 訓練所の外。夕闇濃いその陰に、闇が広がっている。
「――独りとは言うが、十分に仲間を揃えているではないか。」
 闇はあるはずがない目を細める。
「流石は村野聡、といったところか。あの『ロード・オブ・フリーズ』の心を溶かすのだから。父に似たな。」
 近頃おしゃべりになった『不死の暗黒』は、新藤の成長(?)と聡の垣根を作らない優しさを喜ぶのであった。



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