封印されしまぬけなデーモン

 ここは心魔学園の中でも外れのほうにある湖。教室棟とは遠く離れており、被害が及ぶどころか、ここで何が起きているか見る事すら不可能である。
 平日の昼間、新藤は学園長と共にここを訪れた。来るべき決戦のために、全力を出せるように。
「では、新藤君。行くぞ?」
「いつでもどうぞ。」
 学園長は小さな小瓶を取り出した。先日の結界日、召喚されたエクスデーモンの中でも最上級――サタンクラスに近い実力を持った化物が封印されている。
「学園長、その前に。ちょっと子猫を数匹、抑えておいてくれませんか?」
「ほっほっほ。優しいの。2人とも出てきなさい。」
 学園長が鋭い視線を茂みに向けた。ギクリという擬音が出てそうなくらいに、あからさまに茂みが驚いた。
「――バレました?」
 ごそごそと、茜と聡が茂みの中から姿を現した。バレるに決まっている。相手が悪かった。
「何の授業をサボって来たんですか?」
「麻生先生の国語です。」
 形ばかり申し訳なさそうな感じで、聡は新藤の質問に答えた。もちろん反省はしていない。
「ほっほ。新任の先生を虐めてはいかんのォ。まあ、せっかくだから見ていきなさい。勉強になるからの。新藤君の戦いは。」
 学園長は聡と茜を近くに座らせた。そして、無造作に小瓶を放り投げる。
 がちゃんと瓶が割れ、中からデーモンが姿を現した。首を振り、手足の具合を確かめる。
「ふうう……。私を出すというのは、どういうつもりだ?」
 長い手足に、鋭い爪。背には悪魔を思わせる翼。そして、額には双対の角。紛れもなく、デーモンである。聡と茜は、安全と分かっていても僅かに緊張する。
「私と戦いなさい。私に勝てばあなたは自由。私に負ければ当然ですが死、です。」
「――面白い。私をエクス・デーモンの中でも最上級の存在である事を承知して言っているのだな?」
「もちろんです。力だけなら、あなたは強い。頭は悪そうですが。」
 デーモンが魔力を高め、周囲の木々がざわめき始める。学園長は魔方陣で新藤とデーモンが全力で戦えるように補助した。これで、戦闘の余波は周囲に漏れない。
「エクスデーモン・グランシェスタだ。」
「心魔学園数学科教師・新藤玄馬です。」
 互いに名乗り、先に動いたのは――グランシェスタ。
 翼を開き、大地を蹴り。腕を突き出し、間合いを詰める。新藤は両手をポケットに突っ込んだままだ。
 デーモンの腕が自身の鼻先にまで迫った時、新藤はその腕を凍らせた。
 デーモンは空中に飛び上がり、腕に焔を宿らせ氷を溶かす。デーモンクラス――それも、グランシェスタ程のレベルならば得意系統をあまり気にせず呪文を使える。もちろん、威力に大きな差はあるが、苦手な系統すら致死能力を持っているのだ。
「氷使いか。それに、この魔力の波動……貴様、何者だ?」
 羽音すら立てずに羽ばたきながら、グランシェスタは新藤を見下ろした。
「あなたにはこう名乗った方が判りやすいですかね。『ロード・オブ・フリーズ』と。」
 その言葉に、デーモンはその表情に戸惑いを浮かべ、すぐに満面の笑みとなった。
「『氷の神』……! すばらしい! まさかロードを殺れるとは!」

「ロード――?」
 端で聞いていた聡は意味が分からないという雰囲気を言葉の端に乗せた。
「『Lord of Freeze』じゃ。またの名を『氷の神』。新藤君のニックネームのようなものじゃよ。」
 学園長は聡と茜のために説明をした。
「それは知ってますけど、どうしてデーモンがそれを?」
「名前以外に名を持つ者はの、皆がかなりの実力を持った魔法使いなんじゃよ。デーモンでも上級の者ならば、それくらいは知っておろう。特にロードの名はの、天原君が気に入った者にしか与えぬ名じゃ。当然、興味も沸くじゃろうて。」
 学園長の話を聞き、聡はいつか自分もそういう名を名乗れるだろうか、などと思っていた。もっとも、当分は無理だろうが。

 デーモンの魔力と新藤の魔力がせめぎあい、弾け飛ぶ。新藤の放つ氷のトゲをグランシェスタは炎で焼き、拳を打ち込む。新藤は手の平に魔力を集中させて受け止める。
 一見互角に見えるが、どちらも全力ではない。互いが強いと分かっているからこそ、最大の一撃のために力を温存しているのだ。
「……なるほど。確かにそこそこ強いようですね。ですが、マスターには遠く及ばない。」
「口だけは達者だな、ロードよ。だが、甘いッ!!」
 デーモンの拳を新藤が弾き、デーモンの腹がガラ空きとなった瞬間――!
 デーモンの腹から蛇のような触角が飛び出し、新藤を襲った。新藤は反射的に回避したが、バランスを大きく崩す。
「終わりだ! ロードッ!!」
 グランシェスタの放つ最大級の焔が、新藤を包み込んだ――。



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