■決行、そして戦い

「行動開始時刻、と。」
 少年が立ち上がるのと同時に、少年から見て東の方に巨大な化物が現れた。サタンクラスのデーモン・リュウナ。桁外れの魔力を持つ化物だ。本来なら召喚するだけでかなりの魔力を消費するが、魔法具を使ったために魔力消費はほとんどない。
「結界を破って、と。」
 魔力を弾く結界を破ろうとして、違和感を覚えた。
「あれ? 解けてますね?」
 何故か、すでに彼が侵入しようとした城壁は結界が解けていた。
「まあ、いいでしょう。」
 少年は城壁を乗り越え、そしてそこで止まった。
 城壁の向こうは公園である。夜更けに人の気配などあるはずがない。だが、そこには人が立っていた。
「好き勝手はさせないから。」
 茜はロードに剣を向けた。

「貴様が手引きしていたという事か。」
 サタンを召喚し、すぐに侵入してしばらく飛んで走ったところで。彼女は足を止めた。闇に気配を紛らせ、声を発する者がいる。
 場所は男子寮の屋上。もっとも、寮に生徒はいない。
「生徒ならとうに避難した。貴様らが今宵に来るであろう事は知れていたからな。」
「何故……?」
「我はこの地に縛られし者。この地こそ我であり、我こそがこの地。この地で相談とは甘かったな。」
 そこに立っているのは、『不死の暗黒』クロウと、心魔学園新任教師。名は、麻生凛。
「なるほど。それは失敗だった。」
 言葉の割に後悔の色はない。もう、遅すぎる。
「新藤玄馬が布陣を決めた。我に貴様を、宮野茜と神無月神楽に如月秀一を、綾瀬行人と柊由佳に風峰桔梗を。そして、自身と村野聡で『神の王』を。」
「生徒に教師は傷付けにくいといったところか。私は相手が誰だろうと戦う。それだけだ。」
 凛は理知的な外観とは裏腹に、ぶっきらぼうに話す。自然にではなく、故意に。
「ならば、始めるか。」

 教員室を兼ねた教室棟の前。広場のような場所で、噴水からは水が流れている。
 そこに、3人の男が立っていた。
「お久し振りです。マスター。死んだのではなかったのですか?」
「うるせぇから起きちまったぜ。」
 旧知の友人を前に、『神の王』は不敵に笑った。
「改めて名乗るぜ。『神の王ロード・オブ・ロード』天原聖だ。」
 天原は、濁りのない瞳を新藤達に向けた。
「では、私も。『氷の神ロード・オブ・フリーズ』新藤玄馬です。」
 この行為は、ただの確認に過ぎない。互いに引き下がらないという、覚悟を。
「玄馬。聡。まさかオメェらだけで俺を止める気か?」
 立っている、それだけで。相手の魔力の波動が伝わってくる。桁が、あまりにも違う。
「マスター。やはり、あの事を?」
「ああ。あれ以来、無限の書という存在だけが俺の生きる意味だった。今更、テメェの生き方に後悔なんざしねぇ。」
 新藤と天原の魔力が、互いにぶつかりあう。空気が軋んでいる気がした。
「私がマスターと別れる半年ほど前の事です。私達の旅に、とある女性が同行していました。名は天原飛鳥まがはらあすか。あなたの叔母ですよ。」
 新藤は事情が分かっていないであろう聡のために、説明をしてくれた。
「彼女は気丈でした。非魔法族でしたが、常に一緒にいました。最期まで、ね。」
「……最期?」
「死んだんだよ。」
 聞き咎めた聡の問いに答えたのは、天原だった。
「本当に、俺らから見たらザコだったさ。だけどよ、あいつは死んだんだよ。まったく、弱いくせに無茶しやがってよ――。」
 天原の頬を、涙が伝わる。
「俺は力があった。なのに、護ってやれなかった。護るために力が要るなんて言った奴がいるけどよ、力があったって……護れねぇんだよッ!」
 天原の感情の高ぶりに合わせ、魔力の波動もより強くなる。息苦しい程に、濃密な波動。その原因は、彼の心にある。
「だから俺は護るのは止めた。無駄だからな。代わりに、無限の力を得る。そうすりゃあ死んだ奴も生き返らせる事が出来る。非魔法族に力を与えられる。邪魔はさせねぇ。立ちはだかるのなら、殺してでも進むぜ。」
「なんだよ、それ。おかしいだろ? あんた位に強ければ護れる命だってあるだろ? 実際、結界日に俺を助けてくれたじゃねぇか!」
 ふっ、と。天原は鼻で笑う。
「聡、全てを護れねーくせに護るなんて言うのは好きじゃねぇんだよ。そんな自己満足で助けられなかった連中はどうすりゃいい? 助ける側の取捨選択で、見捨てられた連中は? んなものは護るなんて言わねぇ。軽々しく護るとか助けるとか言うんじゃねぇ。」
 天原は隠さない。自らの信念を包まずに述べる。
「俺を悪だなんて断言できっか? 無理だろうな。どうせ、世の中には正義だの悪だのなんてのは存在しねぇ。勝った者だけが正義を名乗り、敗者は悪として歴史に埋もれる。だったら、俺が正義になってやる。」
「親父……。」
 聡の呼ぶ声は、父には届かない。否。届いていても、もう戻れない。
「これ以上ごちゃごちゃ言うセリフはねぇ。玄馬、お前なら分かってるだろ? 『男なら言葉で語るな。』」
「『拳で語れ。』」
 天原の言葉を新藤が引き継ぎ、両者が構える。
「「『想いを通すは力のみ!』」」
 新藤と天原が同時に地を蹴り、互いの手の平が爆発する――。



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