■総当り

「もっと結界張って! 傷ついた先生はすぐに下がって!!」
 魔法科の主任教師が指示を出す。
 まったくもって、悪夢としか思えない光景だった。覚める夢ならば早々に覚めて欲しくなる光景だった。呪文なんて効きもしない。剣や槍の攻撃など、ドラゴンに石を当てたくらいのダメージにしかならない。
「ほっほ。駒山君、お疲れじゃったな。後はワシに任せて下がりなされ。」
 突如、主任教師の肩が後ろから叩かれた。学園長だ。
「学園長! 危険です!」
「大丈夫じゃ。これでも『封水の騎士』を名乗りし男じゃよ。そこらの雑魚に負けはせぬよ。」
 学園長は教師達の前に立ち、デーモンと向かい合った。
 改めて見るとデーモンはかなり大きい。巨大な身体は人の形をしているが、不釣り合いに長い腕と額の一本角、それに腕の一部が変質したのか、腕から生えたナタのような骨が人とは大きく異なる。
 一方、学園長はいつも通りの長く白いヒゲに、今日は白い甚平のような服を着ている。学園長の、勝負服。
「久しぶりに血が沸くの。」
 学園長が一気に空気を変える。薄く笑顔を浮かべたままだけれど。
「全力で来なされ。」
「――ふぅん。人間にしてはできるね。」
 デーモンは静かに言葉を発した。重く轟く、雷のような声。
「いいよ。全力で。」
 デーモンは、身体を急速に縮めた。一気に2メートルくらいの身長になる。
 上位のデーモン程、その姿形は一定のものではない。ただ召喚された先で活動しやすく、保ちやすい身体になるだけだ。このデーモン――リュウナも己の力をこの小さな身体に凝縮したにすぎない。
「ほっほ、楽しんでいこうかのォ。」

 桔梗の横に払う一撃を行人はアーティファクトで受け流す。
「由佳ちゃんッ!」
 行人の名を呼ぶだけという指示を、由佳は黙って行動に移した。
 アーティファクトを強く握り締め、戦いへの想いを込める。負けられない。助けたい。強く、なりたい!
 由佳の想いはアーティファクトの姿を変え、その能力を増大させる。
「――開放。召喚の筆サモン・ブラシ。」
 開放したアーティファクトで由佳が描いたのは、紅蓮の焔をまとった双剣の戦士。
「綾瀬先輩を助けて、“インフェルナス“!」
 物語にのみ存在するはずの戦士は、時間稼ぎをしていた行人をサポートするため桔梗との間合いを詰める。
 桔梗は驚き両者から距離を置こうとするが、行人はそれを許さない。
「はぁッ!」
 行人の拳が桔梗の腹を正確に突いた。桔梗は吹き飛ばされ、壁に叩きつけられた。壁は勢いに負け、崩れ落ちる。
「――ッつ!ま さかアーティファクトを開放出来るなんて思わなかったわね。」
 額から血を流しつつも、桔梗は瓦礫の中から這い上がった。
「いいわ……。それなら、私もやってあげる!」
 桔梗は槍を正面に構え、静かに想いを高める。
「開! 放! 死白槍ディシーズ・ランス……!」
 桔梗の憎悪が武器へと込められる。息苦しくなるほどの憎しみが、純白の槍、その剣先を三つ又に変えた。見た目での変化はそれだけだが、だから安心というわけにはいかない。開放時の能力の変化は、由佳の例でよくわかっている。
「開放――?」
 行人は用心し、さらに距離を置いた。代わりにインフェルナスが立ち向かう。
「死ね。ザコが。」
 しかしインフェルナスは、桔梗の槍であっさりと斬り裂かれてしまった。さらに桔梗は払った動きを殺さずにダッシュをかける。
「(能力も分からないのに迂闊に接近戦は出来ない、か?)」
 危険なのは分かっているが、逃げ続ければ由佳が危なくなる。前衛として、戦わざるを得ない。
「(いつも相手の能力が分かるとは限らないか。)」
 覚悟し、行人は自ら桔梗との間合いを詰めた。
 だが、桔梗の方が間合いは広い。行人の拳が届く範囲に入る前に、桔梗の死突が行人の左腕を軽く裂いた。しかし、浅い。
 行人は構わず突っ込もうとした。だが――!?
「馬鹿。」
 行人の動きが刹那、止まる。そこを狙い、桔梗の拳が行人を殴り飛ばした。
「さっきのお返しよ。
 開放した私のアーティファクトはね。かするだけで相手の魔力を暴走させ、身体コントロールを目茶苦茶にする。要するに、かすれば動けなくなるって事。」
 行人はよろめきながら立ち上がった。どうやら、効果時間は短いらしいが、これはかなり厳しい。相手の一撃は、かする事すら許されないのだ。
「私には召喚生物なんて通じないよ。わかったら、さっさと死んで。」
「はッ! 死んで欲しかったら殺してみなよ。出来るならね。」
 行人は明らかに不利な形勢でも、強気な発言をした。絶対に、負けられない。だったら、弱気になる暇なんてない。
「魔法使いってのはどいつも口だけは達者ね。結局、自分達が散々バカにした非魔法族に殺られてるくせに。」
「あんただけが不幸ぶるのはやめろよ。」
 桔梗は眉をひそめた。行人の言葉は、彼女にとって最も不愉快な類だ。
「あんたらには分からないでしょうよ。幸せにまみれて、才能に恵まれたあんたらには!」
「だからってあんただけが不幸じゃない。迫害され、忌み嫌われ、死にたい程に追い詰められる奴等はいくらでもいる。別にあんたが特別なんじゃない。」
「――言うね。本当に。」
 行人は口許の血を拭い、構える。
「俺はあんたを倒す。俺も、あんたみたいな奴に殺されるのはムカツクよ。」



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