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■半獣の戦い
行人が地を蹴り、ジグザグに走りながら距離を詰める。桔梗は構えたまま、動かない。 桔梗の間合いに入った刹那、桔梗は槍を振るい、行人は懐から紙切れを取り出す。 「白鬼!」 投げ放たれた紙切れは新藤の白鬼を生み出した。これには、桔梗も驚く。 白鬼は防御に優れた能力を持つ。それは桔梗の攻撃に対しても例外ではない。鋭い槍の一閃を受け止め、弾いた。 「ちッ!」 その隙に横手に回った行人を狙い、桔梗は死白槍で凪いだ。白鬼は防御に優れる分、攻撃は弱い。それよりも、行人の一撃の方が怖い。 桔梗の槍が、半獣の顔面を斬り裂いた。 「はッ! 口だけかッ!?」 そのまま桔梗の死突が半獣の胸を貫き、しかしいきなり半獣の姿が掻き消えた。 「な……!?」 驚く桔梗の胸を、下から思いきり蹴り上げる。桔梗は血を滲ませながら空中高く舞い、行人に右腕をつかまれた。 「(今のは、召喚士の召喚生物!)」 そう。桔梗が斬ったのは、由佳が描いた行人。つまり、ニセモノだったのだ。 失敗したと思った時にはもう遅い。助けてくれる人はいない。頼れるものは己だけ。そして、その自分は、今……倒される。 「痛いだろうけど、我慢してくれよ。」 行人は腕を握り締めたまま、桔梗の鎧を作りだすペンダントに拳を叩き込んだ。もっとも偶然だが。感触から、桔梗の骨が軋み、砕ける感じが分かる。 行人は拳を振り抜くタイミングで腕を放し、桔梗を地面に叩き付けた。 「これ、で……どうだ?」 上手く着地し、肩で息をしながら、行人は桔梗が叩き付けられた地点を睨み付けた。その目に映ったのは、瓦礫を弾き、ゆっくりと立ち上がる桔梗。 全身血にまみれ、骨は砕け、もう戦えないだろうに。それでも桔梗の殺意は衰えなかった。衰えるはずもなかった。 すでに槍の開放状態は解け、彼女自身もまた槍を持ってなければ倒れてしまいそうだ。それほどに、弱っている。なのに、衰えない。戦う意思は、欠片も消えていない。 「もうあんたに勝ち目はない。諦めなよ。」 行人の勝利宣言を桔梗は意に介さない。 「まだよ……。まだ殺し足りない。もっともっと、私自身が死ぬまで! 負けを認められるかッ!」 「どうして、そこまで憎むんだ? 人間が悪いんじゃない。一部の、本当に一部の連中だけが他者を迫害し、それでいて良心の痛みなんて知らないだけ。魔法使いを殺しても解決しないだろ?」 桔梗は目を少しだけ大きく開いた。 「あんた、本気で言ってるわけ?」 「もちろんだ。俺には、あんたの気持ちが分からないわけじゃない。でも、そこまで憎む理由は思い当たらない。」 桔梗は首を振った。芽生えた疑問、それを振り払うように。 「半獣のくせに人間の肩を持つの?」 「人間だとか魔法使いだとか、生き物はそういう括りじゃ測れない。」 「……馬鹿みたい」 「え?」 桔梗の小さな声は、行人には届かなかった。だが、なんとなく、桔梗の殺意が薄らいだ事を感じ取った。 「あんたらは、何で人を殺しちゃいけないと思う?」 唐突に、桔梗は行人達に問いかけた。 「人の人生を奪う権利なんてないとか言う奴もいるけど、じゃあどうして魚や虫は殺して構わないワケ? 人だけが偉いとでも言いたいの?」 「それは……。」 行人の返事を、桔梗は待たない。 「命の価値なんてどれも同じ。虫を殺そうが人を殺そうが、生きるためではなく自身の利己的な理由で殺した事に変わりはない。なのに、なぜ人だけはいけない?」 薄ら笑いを浮かべながら、桔梗は言った。 「私や秀一は殺しを躊躇しない。それは、魚や虫を殺す事を躊躇しないのと同じ。あんた達とは違うのよ。そして、私達は、あんた達みたいのと一緒には生きられない。私達は闇深くで溺れ、もう這い上がる事は許されていない。」 桔梗はとうとう、座り込んだ。もはや戦う気力がない。彼女は、負けたのだ。 「何が言いたいか分からない? 私にだって分からない。ただ、あんたらのする事は正義じゃないって事は言える。世の中、正義と悪なんて簡単に決められない。他者を悪と決めつけ、断罪できるのは、力を持つ者だけなのよ。私は弱かった。だから悪になった、それだけよ。」 「そんなの、詭弁だ。」 行人の、切なさを込めた言葉を、桔梗は鼻で笑った。 「分かってるわ。私達は間違っている。でも、じゃあ何が正しい? どうしてあんた達が正しいなんて言えるの? 正しいか、間違っているか、なんてのは人それぞれ。決まった答えなんかあるはずない。人の数だけ正義があり、その数だけ悪が存在する。そういう世界が、ここなのよ。」 桔梗の言葉が、行人と由佳の胸に深く突き刺さった。 |