■有刻

 クロウは腕を組み、眼下に言葉を放った。
「立て。結界で防いだのだろう? 我に戦いを挑む以上、我を楽しませてみせよ。」
 クロウの挑発のせいか、土煙の中から魔法矢が飛んで来る。だが、クロウは手を振るう事すらせずに矢を弾く。
「まだだッ!」
 凛は土煙の中から飛び出し、ハルバートで宙を舞うクロウに斬りかかった。
「目くらましのつもりか?」
 しかし、クロウは片手でその刃を止める。凛が慌てて引こうとも、刃は微動だにしなかった。
「……興醒めだ。」
 クロウはハルバートの刃を握り砕く。本当に、簡単そうに。
「なッ!?」
「麻生凛。確かに貴様は強い。少なくとも、風峰桔梗や如月秀一よりは、な。だが貴様では我には勝てぬ。諦めるのだな。」
 凛はクロウの言葉を無視してハルバートを振りかぶる。クロウは残念そうにため息をついた。
 振り下ろされた槍を、クロウは片手で粉々に砕く。次いで凛の額に人差し指を突き、魔法を放った。
「捕まえ縛れ。四肢の動きを完封せよ。」
 凛の両腕が、両足が、見えない力に引かれてはりつく。そしてそのまま、動かせなくなった。同時に落ちそうになる凛を、クロウは抱きかかえる。
「なッ! は、放せ!」
「吠えるな。吠えたところで現状を打開する事は永劫叶わぬ。」
「……ッ!」
 クロウは凛を抱えたまま地上に降り立ち、凛を近くの樹の根元に座らせた。
「麻生凛。やはり、『ロード・オブ・ロード』は不死を望んでいるのか?」
「――そうよ。もっとも、永遠に在り続けるあんたには分からないだろうけど。」
「滅びを恐れる事こそ生きている証。恥じる必要などない。」
 クロウは悲しい瞳を凛に向ける。
 クロウは無限の書を護るためだけに存在している。だからこそ学園から離れられないし、滅びを求める事すら許されない。
「私は、愛する人を失いたくはない。愛する人の葬式ほど悲しいものはないわよ。あんたに分かる!? 死の恐ろしさが! 人間が求め続けた永遠の意味が!!」
 凛はもはや感情を抑えられなかった。激情が我を忘れさせ、想いが溢れ出す。
「力が要るのよ! この不平等な世界を変えるには! この世界は死すら平等じゃない! こんな世界は間違ってる! こんな世界、ぶっ壊れちゃえばいいのよ!!」
「麻生凛。有限の刻だからこそ人は生きられる。無限の刻を生きられる存在は、生という概念を忘れてしまう。それでは死と変わらぬ。生きる事と在る事は違うのだ。ただ在るだけなど、無益でしかない。」
「だから何よ! エゴでも構わない! 愚か者でいいわよ! もう愛する人が死ぬとこなんて見たくないのよ――!」
 とうとう、凛は泣き出してしまった。大粒の涙が頬を伝う。
「……麻生凛。貴様が愚かだと言う事は余りにも容易。けれども、我にも分からんでもない。残される悲しみくらいはな。」
「別に同情なんかいらないわよ。」
「同情? 違うな。我は理解できなくもないと言ったに過ぎぬ。それは、それ以上もそれ以下もない言葉でしかない。言葉の受け取り方次第。全てはそうだ。受け取り手によって全ては変わる。ふむ、下らぬ話ではあるな。」
 クロウは闇夜を見上げる。見飽きるほどに眺め、しかし見飽きぬ夜空を。
「これが世界だ。これ以上も、これ以下もない。」
「だとしたら、あんまりにもヒドイ話よ。」
 ――失う悲しみか。
 久しく忘れていた感情が、クロウを包み込む。夜空は悲しむ二人も包み込む。全てを、何も言わず。



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