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■地獄の先
静かだな。ここが地獄ってやつか? まさか天国って事はねぇだろうな? 分かってるんだよ。俺が悪人ってな。間違っているのは知ってるよ。聡もあいつの母親も、不幸にしちまったな。それだけじゃねぇ。俺は何人を殺した? 守れないという名目で、何人を!? くそ! すまねぇ……すまねぇ! 謝っても無意味かもしれねーな。過去は変えられない。だからこそ、未来を生きる。今を生きる。今の俺には今を生きる覚悟がなかった。裁かれる度胸がなかった。最低の、バカヤロウだよ――!! 「……ッ!」 ――何だ? 痛ぇな? 地獄にゃ痛みもあんだな。ああ、当たり前か。にしても、何だろう? 良い匂いだ。ちっと、目を開けてみるか? ゆっくりと目を開く。広がっているのは、白い部屋。白いベッド、白いカーテン、白い机。ベッド脇の机に花瓶があり、花が活けられている。 「目覚めましたか?」 ベッドの脇には新藤が座っている。横には聡と秀一。奥のベッドには凛と桔梗が寝ている。 「……ここ、は?」 「医務棟の部屋です。今回の関係者だけしかいませんし、壁は厚いですからご自由に。保健の先生は学園長がなだめています。それに秀一君達とぶつかった生徒は別室で治療中ですよ。」 「何で俺は生きている?」 確かに聡の魔法は放たれた。それが命中し、結界が破られて。生きているはずがなかった。 「父から継いだ力は、同じ質の魔力をぶつけないと死なないという効力がありましてね。私があなたの盾になりましたから、死にはしません。ま、気絶くらいはして当然ですがね。」 「どうして、殺さなかった?」 「死んでもらっては困りますから。それだけですよ。」 ――死んで困る? どう、して? 「俺は悪人だぜ? 死刑が妥当だと思うけどなぁ?」 「そうでもないぜ。少なくても、死んで欲しくないと思ってる奴がここに何人かいるんだからな。」 父親にタメ口を叩く聡。誰も注意はしないが。 「そうですね。マスターに死なれると僕らも死にますし。」 「マスター……。」 秀一。桔梗。それに、もうひとり。 「マスター、死なないで下さい。私は、マスターに生きていて欲しい。だから、戦ったんですよ?」 ――麻生凛。 「ちッ。どいつこいつもテメエの事ばっかかよ。」 「他人の感情は分からない。だからこそ、自分の感情だけは大切にする。何か問題でも?」 「ああ。これじゃあ……死ねないじゃねーかよ。」 今まで、唯一の目的のために生きてきた。ずっと、ずっと。無力感を味わってきた。 こんなに救っているのに。こんなに助けてきたのに。なのに、なくならない。悲しみが。悲鳴が。憎悪が。どうして、どうしても。 「飛鳥は、もう会えないんだよなぁ。」 「そう、ですね。」 死んだ人間は、帰らない。だからもう、会えない。二度と会えないのだ。 「邪魔をするぞ。」 「うおおおおおお!!?」 突然の声に皆が驚く。特に驚いているのは聡だが。なにせ、聡は気配察知能力がこの場の誰よりも低い。比べる相手がロードでは無理もないのだが。 「天原聖、新藤玄馬。今、動けるか?」 声の主は部屋の片隅に広がる、闇。 闇夜を駆ける漆黒の翼。不死の暗黒。命を持たざる命。様々な通り名を持つアンデッド。名は、クロウ・イブニングロウ。クロウは闇から闇へ移動する転移魔法を使える。気配を現さずに遠くへも移動できるので、かなり便利な呪文だ。 「クロウか。何の用だよ?」 「お前が最も欲していた物を、お前に見せてやろう。本当は、触れぬのが一番ではある。だが、今のお前ならば、一度くらいは良かろう。」 そう言って、クロウが懐に手を入れた。中から出てきたのは光り輝く球体。 「久方ぶりだな、秘石。新藤。そして、初めて目にかかる。『無限に広がる世界の一片』。名はないが、無限の書とも呼ばれるな。」 「無限の書!?」 皆が驚くが、新藤と天原だけは驚かない。 「私は元来、書物のように読み解くものではない。あらゆる世界の英知の結晶。故に、触れるだけで望む望まぬに関わらず知識を得られよう。私が意識すれば得られる知識の幅は変わろうが、な。」 「どういう事だ?」 聡が首をひねった。クロウもそうだが、どうにも言い回しが回りくどい。代わりに天原が説明する。 「つまり、そいつが教える情報を決められるが、意識しなければあらゆる情報が際限なく脳みそに直接送り込まれるっつー事だ。」 「それってヤバくないのか?」 「もちろんヤバイ。人間の脳みそにゃ限界がある。限界を超えりゃあパンクする。そうなったら精神崩壊か、はたまた発狂か。ま、ロクな目にはならねーわな。」 「分かってて、触れようと?」 「もちろんだ。俺なら、使える。そう、思ったからな」 今思えば、それはなんとも馬鹿らしい考え。そんなわけはないのに。 「本題に入るぞ。我に触れるのだ。天原、新藤。それに、村野聡。」 「俺も、か?」 返事はない。聡は黙って、光に手をかざす。続けて、新藤と天原もかざした。 「……行くぞ。」 光が、部屋を埋め尽くす。 |