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「ほら、着いた」 目の前には件の貸し工房がある。フォスターたちは工房に入ると、最初に警備員の控室を訪れた。 出迎えてくれたのは、警備主任というリザードマンだ。 「警備主任のドラコ・イクウェルです」 ドラコはフォスターより頭ひとつ大きく、筋骨隆々なせいで制服が窮屈そうに見える。リザードマンはトカゲの亜人で、顔はトカゲそのものだ。大柄なのもあいまって、彼ににらまれれば、まさに蛇ににらまれた蛙になるだろう。 「すみません、いくつか確認させてください。まず、当日の警備はどなたが?」 「私がいました」 「なるほど。他の方も?」 「二人で組なので、私と相方がもう一人いました」 「その方にも後ほどお話を伺わせて下さい。では、事件前日ですが……。イクウェルさんは被害者と会いましたか?」 「20時頃に警備巡回をしますが、その時に見かけました。剣の工房を使用するとかで」 「ほう。用件は?」 「それは言っていませんでした」 「そうでしたか。では、警備員として、不審人物は目撃しませんでしたか?」 「それは見ていませんね。ただ、もともとこの工房は貸し工房ですから、不特定多数の人間が出入りします。知らない人間がいるなんて当たり前ですし、そのいちいちを確認したりはしません」 彼がそう言うのであれば、明らかな不審者はいなかったのだろう。 リザードマンは種族の特性として、夜目が効く。薄暗い建物の中でも警備巡回は可能だし、しかも熱探査ができる器官を備えているので、薄い壁の向こう側に隠れていても存在を見つけられる。 普通に考えれば、利用者以外の人間はいなかったと考えていい。 「なるほど。では、凶器と目される剣についてもお聞かせください」 「ああ、あの変な剣……」 「あれは、被害者が作ったものだとか?」 「ええ。コボリアさんは武器作りが趣味で、貸し工房を作ったのも、例の工房倒産で路頭に迷った職人を救済するためだと言っていました。趣味で作るから、普通の人が作らないようなものを作らないと意味がないとか言って、変な武器をよく作っていましたよ」 「ふむ。剣の工房にあった剣は、大きいものだとか」 「まあ、刃渡りだけでもそれなりにありますね」 「その剣は今も見つかっていません。ご存知ありませんか?」 「当日は私も、もう一人の警備員も、そんな大きなものを持ち出す人間は見ていませんが……」 「ですが、実際に武器はなくなっています」 「そうなんですよね。これで俺が警備に入ってから二度目の盗難なんだよなぁ……」 そう言って、ドラコはため息を漏らす。 「以前の盗難事件というのは?」 「ここの従業員が、備品のハンマーとかをちょいちょい盗んで、くず鉄屋に売りさばいていたんですよ。やたら備品の購入が多いってんでコボリアさんが調べて、犯人がわかりました。今は牢屋にいると思います」 「それまで、荷物検査はしていなかった?」 「そりゃあね。ここは会員制の貸し工房です。普通、会員が盗めば、最後に使った自分が疑われるのは目に見えている。そんなことは誰もしないでしょう」 「まあ、当然ですね。それ以来、手荷物検査をするようになったとか」 「ええ。鞄の中とか荷物を確認して、備品を持ち出していないか見ます」 「工房ですし、自分で作った作品なんかは持ち出せますよね?」 「それはもちろん」 「では、たとえば凶器を別の、包丁のようなものに加工して持ち出したという可能性は?」 「そいつはないでしょう。剣を別の形に鍛造するのは、絶対に窯を使います。でも、窯に火入れすれば警備室でわかるように魔法回路が作ってあるんです。火を入れたまま忘れてると火事になりますからね」 「ああ、なるほど」 「夜、店の者が見回りした時も剣の工房は火が入ってなかったらしいですし、実際、昨日の16時くらいから後は窯が使われた形跡もありません」 事件現場に初動捜査の警邏隊が到着した時も、窯に火は入っていなかったという。ドラコの証言からも、前日から当日にかけて窯が使われたということはなさそうだ。 「では、現場を確認させてもらえますか」 ★ ☆ ☆ ☆ ★ 剣の工房は、遺体を運び出した以外は事件当日のままになっている。当然、目に付くのは床の魔方陣だ。 「……犯人はなぜ魔方陣を描くのだろうな」 「魔女が儀式に使用するからでしょう」 「何の儀式だ。悪魔でも召喚するつもりか?」 「それは魔女に聞いてください」 ノークス少尉は窯を確認する。 薪は入っているが、燃えた形跡はない。前日の夕方に使用されたのが最後というからには、その後に薪を入れて用意したままになっているのだろう。 「ここは会員制だと言っていたな。当日の使用状況とかは?」 「あ、はい」 ノークス少尉はメモを取りだし、 「この工房は予約制です。当日、20時以降、この工房を含め、各工房を使用する予約が入っていたのは6件。うち1件は中止で、5名の客が来店しています」 「会員証で身元はわかるだろう」 「ええ。別の者が調査しています」 「まあ、従業員に犯人がいるかもしれないし、どこかから侵入しただけかもしれない。当てにはできないけどな」 「敷地に侵入することは可能ですが、建物には警備室前を通ります。予約なしで入ろうとすれば見咎められるのでは?」 「警備員だって客の顔をいちいち覚えている様子じゃなかった。受付の人間だけごまかせれば、予約なしでも侵入はできるだろう。堂々としていれば、案外とバレないものだ」 「じゃあ、警備員の証言は嘘だと?」 「意図的な嘘というわけじゃないが、それほど真面目に警備していたとも思えないな。どのみち工房は予約制だから、侵入したところで勝手に工房が使えるわけじゃない。出る時に荷物検査だけしておけば、窃盗の心配もない。入ることは可能だったんじゃないか。事前予約制なら、出る時は荷物検査くらいで、支払いもないんだろ」 「それはその通りですね。では、そうやって侵入したとして……。ですが、凶器は持ち出せません」 「そう、そいつは問題だな。この部屋にあった剣が凶器なのは間違いないのか?」 「遺体を見た医者の話では、特徴的な刃物で刺殺されたことは間違いないようです。ここに飾ってあった剣は被害者の自作。一般で売っているものでもない以上、どこかで似た凶器を入手したとも考えにくいでしょう」 「似たような剣を自作して持ち込んだとか」 「ここにあった剣が喪失していることは事実です。どのみち、出る時に剣が見つかります」 「それもそうか……。ちなみに、凶器の剣はないとして、他の部屋にある武器は見られるよな?」 「ええ。ひとつ借りてきました」 ノークス少尉が取り出したのは、奇怪な形をしたナイフだった。 牛の角とでも言うべきか、半円状に曲げられている。ナイフとしても武器としても使い道はなさそうだが、飾るだけならばこれでもいいのだろう。 付属の鞘は木製で、鞘というより薄い箱だった。 「凶器の剣もこういう感じで?」 「店員はそう言っていました」 「鞘だけならどうにでもなるな」 木製の鞘なら、工房にある金属でいくらでも破壊できる。そのままゴミにしてしまうなり、窯にくべてしまうなりすれば隠せるだろう。 「鞘を隠しても剣は隠せませんよ。金属ですから」 「そこなんだよな……」 ふむ、とフォスターはうなる。 金属を加工する工房だけに、窯もあれば金づちもあり、燃料の薪もある。頼めば金属の塊も購入できるそうだし、複数で利用することも可能だという。 本来ならば、そういう工具で変形させたと見るべきだ。小さな、それこそ拳大に加工して、いくつも鞄に仕込めばいい。 だが、そのために熱処理は不可欠だ。これはいくら腕力のある獣人であっても必要な手順。 そう、持ち出すことは絶対に不可能ーー。 「……なんで持ち出したんだ」 「え?」 「第一の事件では、犯人は凶器のナイフを現場に置いて行った。そこから足がつく恐れがないからだろう。今回も同じ、現場にあった凶器を使用するなら、持っていく必要はなかったはずだ」 「そこに、犯人が証拠となる何かがついているとか。血液などが付着すれば、足がつく恐れはあります」 「変な刃物を使って手を切ったってのか? それなら何も剣を使う必要はなかった。他に凶器となりうるものはいくらでもあるんだ。ハンマーでも薪でも、撲殺することはできた」 「それはそうですけど……。実際に剣が使われているんです。犯人は正常な思考ができない状況だったのかもしれません。実際、人を殺すとなれば、まともな精神状態ではないでしょう」 「それはそうだが……。やはり気にかかる。そも、窯に火をくべたところで、それでただちに通報されるわけじゃなかった。凶器に血液が付着しただけなら、溶かしてしまえばそれでよかったはずなんだ」 事実も理屈もわかる。だが、何かが引っかかる。 その何かを、フォスター・アリオスト少尉はまだ見極められないでいた。 |