警邏隊の捜査方針として、テディ・ルーズバンド教諭殺害事件と、コボリア・サリアール氏殺害事件は、同一犯として扱うことが正式に決定した。
 その根拠は、やはり発表していない魔方陣の存在。第一の事件を見ていない限り魔方陣を描くという発想になりうるとは考えにくい、というのが理由だった。
 フォスターたちは、第一の事件と第二の事件における被害者の共通点を、徹底的に探した。魔女が犯人であるにしろ、ないにしろ、被害者二人には共通点があるはずだ。
 そうして調べると、テディ教諭は言わずもがな、コボリア氏も魔女嫌いなのはよく知られているようだった。では、二人とも魔女嫌いなのは、何か理由があるのか?
 そんなこんなで調べること、およそ三日間。調査結果が出たところで、フォスターはノークス少尉をお茶に誘った。
 警邏隊の詰め所近くにある喫茶店。ここは警邏隊の人間がよく密談ーー詰め所では話しにくいことを話すために使用する部屋で、それぞれのテーブルがついたてで仕切られている。声をひそめて話せば、会話が聞かれる心配もない。
 そんな個室喫茶で、フォスターとノークス少尉は対面していた。
「……なんでわざわざ、喫茶店で会議をする必要が?」
「詰め所で話すとかったるいからさ」
「仕事をなんだと思っているんですか」
「仕事は仕事さ」
 そう言って、フォスターは鞄から調査結果をまとめた報告書を取り出す。
「面白いぞ」
「拝見します」
 ノークス少尉は書類に目を通す。それは、彼女らの上司であるワフラ中佐が持ってきた、とある研究所に関する書類だった。
「軍務研究所?」
「まだノークス少尉は子供だったろうから、記憶にはないかもしれないがな」
「確かに聞き覚えはありませんね。ここが?」
「被害者二人は、どちらもこの研究所で勤務していた」
「……ほう」
 そう、それが見えない共通点だったのだ。
 テディ・ルーズバンド教諭は転職組。彼の前歴は、研究所で働く研究員だった。
 一方で、コボリア・サリアール氏は、この研究所で警備班として勤務する軍人だったらしい。
「研究所に警備ですか?」
「軍務の研究所ともなれば、最先端兵器を研究することもあるだろう。それが一般の手に渡れば、甚大な被害が出かねない。自前で警備員を置くのは当然だろう」
「なるほど」
「ただ、軍務研究所で勤務していたのは、何百人という人数だ。その中で、なぜこの二人が殺されたのかは分からない」
「今、軍務研究所はないんでしたっけ」
「ああ。お取り潰しになっている。経緯は公開されていない」
「その、取り潰される経緯の中に、理由があったということでしょうか」
「少なくても、俺はそうにらんでいる。魔女であるマリーしか犯行を行えない、だから犯人だと言い切るのは少し違うと思う」
「……被害者二人に共通点があることは理解しました。それも、きな臭い研究所の消滅が関わっていたとなると、なんらかの動機もありそうです。ただ、研究員と警備員であった二人に、言うほど接点があったでしょうか?」
「そう、それは少し気になるな。普通、警備班と研究員がそこまで親しくするとは思えない。もちろんお互い軍人同士だし、気が合えば友達同士にもなるかもしれないが……。少し不自然なところは否めない」
「それに、ただの研究員や警備員が何かをしでかしたからといって、研究所そのものを取り潰すほどのことが起きるでしょうか」
「普通に考えれば起きないさ。だからこそ、そこに動機が隠れているんじゃないか」
「なるほど」
 軍関係の施設で働く主要な人員は、全員軍人ーー言い換えれば国家に所属する、いわば役人だ。
 役人が何かをしでかしたからといって、所属する施設そのものが運用を取りやめるほどのことなどあるだろうか。しかも、取り潰すことになる流れは、世間も認識していない。
 たとえば、不祥事が発生し、世論が反対したとなれば、研究所そのものを潰す理由にもなるかもしれない。だが、世間はそもそも軍の研究所が潰されることになる経緯を知らないのだ。
 世論から反対を受けていたわけではない。なのに、費用をかけてまで作った組織をまるまる潰す理由。
「よほど問題になる研究をしていたことは確実だな」
「とはいえ、たとえどれほど非人道的な研究をしていたとしても、それで国が研究所を潰すでしょうか。どのみち、我が国は王国です。研究所は、いわば国王陛下の持ち物。それを潰せなどと、国民が言うとは思えません」
「確かにな。今の陛下は人気もあるし、多少の不祥事ならもみ消せた可能性が高い。だが、現実問題として、研究所は存在がなくなっている」
「それは……。なぜ?」
「非人道的な研究程度なら、なんとかなった。ということは、研究所はそれ以上にヤバいことが発生したんだ。その結果として研究所を潰したーー言い換えれば、研究に関わっていた連中を口封じしたってところかな」
「国が殺したと?」
「まさか。いまさらそんなことはしないだろうさ。研究所が潰れたのは、もう何年も前なんだぞ?」
「じゃあどういうことですか」
「ヤバい研究をして、その結果が国民にバレたくないとする。研究所が存在しつづければ、維持するために多数の人間が出入りすることになるし、現状の秘密を守っているメンバー以外に秘密が漏れる可能性も出てくるだろう。けど、研究成果ごと潰し、建物もなくしてしまえば、研究成果が外に漏れる心配はなくなる」
 たとえばだがな、とフォスターは続ける。
「ともかく、国は研究所の存在をなくしてでも、研究成果を他人に知らせたくなかったもんと見える。その研究は、今回の事件に何の関わりもないのか?」
「じゃあ、当時の研究成果について知っている人間が、順々に殺されている?」
「ところがどっこい、そう簡単じゃないだろうな」
「回りくどいので結論をお願いします」
「……犯人は、どう見ても今回の事件を一連のものとして提示してきている。魔方陣がそれだ。ところが、犯人からすれば、一連と見られない方が楽なんだ。単独の事件として扱われれば、被害者も油断するし、我々も次の行動を予想しにくくなる」
「あ、そっか……。今回は一連の事件、しかも研究所が関係しているとなれば、犯人は研究所関係者と絞れてしまいます」
「そうだ。おまけに、さらに殺人を重ねようとしても、警邏隊は元研究所の人間を守れば済むようになる。国中の誰だかを守れと言われるより遥かに簡単だろう」
「なるほど……。って、さらに重ねる?」
「第二の殺人があったんだ。第三の殺人だってあってしかるべきじゃないのか?」
「そんな理屈がありますか」
「まあ、これは勘だけどな。今回の事件、まだ終わっていない気がする」
「その根拠は?」
「勘に根拠を求めるなよ」
 ノークス少尉の冷たい眼差しは、冬場のブリザードを軽く凌駕する。
「……。まあ、あえて言うのなら、手が込んでいるってところかな」
「手が込んでいる?」
「第一の事件は、言ってしまえば猟奇的な演目が主体で、密室そのものはそれほど難しい謎じゃなかった」
「難しい謎じゃない?」
「ああ、証拠はないが、こうすれば同じ状況は再現できるーーっていう方法はわかっている」
「!?」
 ガタリと席を蹴立てながら、ノークス少尉はフォスターに迫る。
「どういうことですか。魔女以外にも犯行は可能だったと?」
「そりゃそうさ。けど、証拠がなかった」
「どうやったというんです」
「言わないさ。証拠がないんだから。落ち着け、ノークス少尉」
「……」
 椅子に座り直したノークス少尉に、フォスターは続ける。
「さておき、第二の事件は、第一の不可能犯罪とはぜんぜん違う。部屋にあった凶器で殺したと推定されるのに、凶器はないんだからな。窯も使わずに、犯人はどうやって鉄の塊である凶器を消したのか」
「それがわかれば苦労はありませんが」
「まあな。ともかく、第二の事件は第一の事件と比べると、明らかに手が込んでいる。しかも、魔女が釈放されてから犯行に及んだという可能性もある。となれば、犯人は魔女にまだ罪を着せるつもりじゃないのか?」
「しかし、そうなると研究所関係者から、また被害者が……」
「まあ、目星はある」
「ッ!?」
 紅茶の入ったマグカップを置き、フォスターは立ち上がった。
「これから、そいつのところに行ってみよう」


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