フォスターがノークス少尉を連れて訪れたのは、国内でも有名な魔法具の生産会社だった。
 元来、魔法は生来の魔法使いーー魔女にしか取り扱うことができない。その儀式を、道具に刻み込んだものが魔法具だ。警邏隊も風の魔法を封じ込めた剣を持っているので、それそのものは珍しいものではない。
 とはいえ、この会社が何より有名なのは、魔女が一人も在籍していないことだ。魔女でもなく魔法と同じような機能を果たす製品を売り出しているとして、現在も押しも押されぬ存在となっている。
 確かに魔女でない者にも魔法具を作ることは理論上可能だが、魔女が精霊と交信しながらーー言い換えれば”どう書けばいいのか教えてもらいながら”文字を刻むのに対し、理論だけで図形を描くのは大変な労力が必要だ。それを成しているこの会社は、それだけ優秀な人材とノウハウがあるということになる。
 そんな会社は、国の中でも繁華街に近い場所に拠点を構えていた。先ほどから出入りしている人間は、職人というよりは商人といった感じ。研究職の人間はごく僅かで、大半はそれを各工房に依頼して量産する係や、量産した道具を販売する係なのだろう。
「アリオスト少尉。なぜこんなところに?」
「第二の事件。あの現場に、ここの社員が来ていた」
 ちらっと見えただけなんだけどな、とフォスターは言う。作業服ではあったが、徽章が見えていた。
「そいつは、事件現場で青ざめて、俺と視線を合わせないようにして逃げて行った。何か知っている可能性はある」
「言い掛かりでは?」
「警邏って書いていいがかりって読むんだよ」
 建物の中に入ると、正面には受付があった。建物は5階建てのレンガ作りで、奥に階段が見える。 
 フォスターはまっすぐ受付に向かうと、警邏隊の証明であるバッヂを提示した。
「警邏隊の者だ。軍務でここの社員から話を聞きたい」
「あ、はい。ご用件をお伺いしても?」
「ある事件の調査だ。この人物なんだが」
 フォスターは似顔絵を見せた。フォスター自身の描いたものではあるが、特徴はよく捉えられている。
「ああ、これでしたら、開発班のリト・テレニアンですね」
「テレニアン氏。呼んで貰えるか?」
「はい、少々お待ちください」
 受付嬢は通信機を手に取ると、どこかと通話を始めた。いくらか話すと、奥の階段から人が現れる。
 それは、いつぞやの青ざめ男だった。
「お呼びでしょうか」
 中肉中背、年齢は40そこそこか。顔色と表情のせいで非常に頼りなく見える。普通の作業着に、フォスターも見かけたこの会社の徽章をつけていた。
「フォスター・アリオスト少尉です」
「カナ・ノークス少尉です」
「……リト・テレニアンです。ここで研究職として働いています」
 ここでは何なので、とリトが案内したのは、1階にある談話スペースだった。
 ソファに座り、向かい合う。
「それで、警邏隊の方々か何かご用でしょうか」
「ええ。実は我々、殺人事件の調査をしておりまして。テレニアンさんは、コボリア・サリアール氏をご存知ですか」
「……知りません」
「そうですか? 以前、一緒に働いていらっしゃったかと思いますが?」
 びくり、とリトは震える。
「失礼。我々は、正しい事実を知りたいだけなのです。何も過去の問題を追求しようというわけではない。ただ、今回の事件は、あなたがたが過去に犯した罪が関係している」
 ちらり、とノークス少尉は横目にフォスターを見やる。だが、フォスターは薄く笑顔を浮かべたままだ。
「概要は把握しているつもりです。ですが、それと今回の事件における関係性は必ずしも見えてこない。だからこそ、あなたのお話を聞きたいのです」
「……」
「ここでお話いただければ、過去の事件は不問にします。どのみち、圧力もかかるでしょうしね。いかがです?」
「……証拠は」
 ぼそりとリトは口を開く。
「あなたがたが、私を追求しないという証拠は」
「信じていただく他にはありませんね。お互い、紙の証拠なんて残したくないでしょう?」
「それは……」
 青ざめたまま、リトは顔を伏せた。震えている。
「……こんな、ところで話すのはちょっと」
「わかりました。では、終業後、喫茶店ではいかがでしょうか」
「それなら。ここから1ブロック離れたところに、『妖精の隠れ家』という喫茶店があります。そこでお会いしましょう。仕事は18時までなので、19時には行けると思います」
「わかりました。ご協力ありがとうございます」
 それでは、と席を立つフォスター。ノークス少尉は促され、立ち上がる。
「それでは、また後ほど」

★ ☆ ☆ ☆ ★

 二人でレンガ作りの建物から出て町を歩く。通りを歩く人はいるが、二人の会話に注意する者はいない。そのことを確認してから、ノークス少尉は口を開いた。
「アリオスト少尉。さっきのあれは何なんです? 過去の罪って?」
「知らん」
 はっきりと言うフォスターに、ノークス少尉はため息ひとつ。
「おおかた、そんなところだと思いましたよ」
「まあ、ただのハッタリだけど、意図がないわけじゃない」
「意図もなくそんなことをしていたらぶん殴ってましたよ」
「俺は先輩なんだが」
「私は後輩ですよ」
「……。もとい、今回の事件に、軍務研究所時代の何かが関わっている可能性は高い。それは、さっきのリト・テレニアンが青ざめていたことからも推測できる。奴は何か知っているんだ。殺されるようなことに心当たりがあるから、顔色は優れない」
「今度は自分の番だ、ってことですか」
「おそらくな。何もないのに、殺されるような心当たりもあるまい。つまり、彼には殺されても仕方ないような事情がある。それは一般的に、罪と呼ぶべきものだろう」
「それで、ですか」
「相手が何も知らないとなれば、知らぬ存じぬで通すこともできるだろう。けど、相手は詳細を知らないにせよ、概要を把握しているとなればどうだ? 秘密というのは隠してあるから秘密なんだ。少しでも知っている相手には、口も軽くなるだろう」
「では、圧力うんぬんは?」
「研究所が閉鎖になったことから、軍部は事件の概要を知っていると見るべきだ。少なくても上層はな。なのに同じ軍部に所属する俺たちまで噂さえ聞こえてこないところを見ると、よほど後ろ暗いところがあるんだろう。そういう連中なら、俺が過去の事件について捜査しているなんてわかったら、圧力をかけるに決まってる」
「そういう……」
「まあ、全部妄想というか、証拠は何一つとしてないんだけどな」
「やっぱり虚言じゃないですか」
「なに、嘘じゃない。ただのハッタリだって」
「同じことです」
「真相が判明すればいいのさ」
 さて、と時計を見やる。
「まだ時間がありそうだな。俺とデートでもするか? ノークス少尉」
「私にも選ぶ権利というものが」
「冗談だよ」
「では性的いやがらせとして貴族院に訴えます」
「容赦ないな!?」
「冗談ですよ。私は詰め所に戻って、調書を見直してます」
「そうか。じゃあ、俺はちょっと寄っていくところがあるから」
「寄るところ?」
 フォスターは頷き、
「ちょっと学校にな」


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