喫茶『妖精の隠れ家』は、その名の通り、隠れ家的な雰囲気が売りの喫茶店だ。
 表通りから一本、裏道に入った通り。外観は普通の古民家に見えるが、内装は落ち着いた雰囲気の喫茶店だ。
 フォスターはノークス少尉と肩を並べながら、ちらりと壁掛けの時計を見上げる。
 現在時刻は21時半。
「……遅いですね」
「ああ」
「仕事が長引いているのでしょうか」
「逃げたのかもしれないがな」
「仕事をしている人間が逃げるわけにはいかないでしょう。職場に来られたら逃げ道はありません」
「そうだな」
 トラブルの匂いがする。だが、闇雲に探したところで、彼を見つけることなどできないだろう。結局のところ、ここで連絡を待つ他に方法がない。
 まんじりもせずにいると、喫茶店の扉が開き、入店を知らせるベルがカランと鳴った。
「よう、また会ったな」
「……何があったんだ」
 顔を出したのは、レイバー・バレア中尉。フォスターの知り合いである、街中の警備を担当する隊員だ。
「お前らがこの喫茶でガイシャと会う予定があるって聞いたからな」
「リト・テレニアンに何かあったのか?」
「死んだ。殺人だ」
「……そうか」
 犯人に先手を打たれた。その感は、否めなかった。
 もともと、被害者は極度におびえているような雰囲気があった。真相を知っているーー少なくても、何かしらの情報は握っている可能性が高かった。それだけに、口惜しい。
 ノークス少尉は目を見開き、
「同一犯でしょうか」
「この状況でただの物取りってこともねえだろう」
「そうだな。現場に案内してやるよ。今、うちの初動捜査も動いている。前回と同じような状況さ」
 レイバーに促され、二人はようよう腰を上げた。お茶の代金を支払い、店を出る。
 殺害現場は、店から歩いて10分ほどの住宅街だった。そこにあったのは朽ちかけた一軒家で、はたから見ても誰も住んでいないことがわかる。家の周囲はぐるりと生け垣に囲まれているが、手入れをされていないせいか、四方八方に枝が伸びていた。
「ここの家は2年前までミザリー・リョーズって婆さんが住んでいたんだが、老衰で死亡した。近所の連中が言うには、遺族は別に家を持っていて、この家の手入れまでは来ていなかったそうだ」
 生け垣の枝をかわしながら門をくぐる。前庭に、遺体が転がっていた。
 芝生の上には血液で乱雑な魔方陣が描かれ、その上に遺体が寝かされている。心臓にはナイフが突き刺さっていた。
 フォスターは初動捜査の人間から明かりを借りると、ナイフを見分した。柄にはリト・テレニアンと刻印されている。
「これは、被害者のナイフか」
「ああ、おそらくな。心当たりは?」
「ないでもない。被害者は、自分が殺されかねないという状況を理解していた。俺たちが追っている事件の犯人について、心当たりがあった節がある。だから、おそらくは護身用に持っていたんだろう」
「護身用のナイフを奪われ、あげくに殺されるか。下手に凶器を持っていない方がいいな」
「まったくだ」
 遺体を調べる。頭部には打撃痕があった。衣服は乱れており、手足には明確な傷などないが、靴には引きずったような痕跡が残っている。
「通りを歩いているところを一撃して昏倒させ、空き家の庭まで引きずり込んで刺し殺した、か。ここの通り、夜は人通りが多くないし、生け垣の裏側に入ってしまえば見つかる可能性も低い」
「推測だがな。証拠固めはお前らに任せるよ」
「もちろんだ。それが警邏隊の仕事だからな。第一発見者は?」
「近所に住んでいる一人暮らしの男だ。昼間は仕事に出ていて、家に帰ってから犬の散歩に出かけるのが日課らしくてな。いつも通り散歩していたら、犬が急に吠え出して、生け垣の裏側に入ってしまった。それを追いかけたら死体を見つけ、近所の警邏隊詰め所まで駆け込んだ、と」
「時刻は?」
「18時半頃だ」
「……つまり、犯人はその時点でまだ近くにいたのか」
「ああ。緊急配備は隊員不足で間に合っていない。犯人はおそらく逃げ切れているだろう」
「なるほどな」
 思考を深める。
 犯人は、おそらく昼間の行動を見張っていたのではないか。被害者のところに警邏隊が来たことを知り、これ以上の情報を提供される前に殺すことにした。
 そこで、人通りの少ない道で被害者を殴って昏倒させ、誰も見ていないところで殺害に及んだーー。
「大胆な奴だな」
 第一の事件、第二の事件ともにそうだ。いつ人が来てもおかしくないところで、誰の目もない瞬間を狙って殺害している。勝負度胸は並ではない。
 案外と、人が多い場所にほど空白時間というのは発生するものだ。人間、自分の意識が向いていない場所への記憶は薄い。普段は人がいない場所に人がいれば違和感もあるが、人が通る場所に人がいても、誰もおかしいとは思わない。それがたとえ、殺人犯だったとしても。
 犯人は、人間の心理もよく理解しているのかもしれない。
「アリオスト少尉」
「なんだ、ノークス少尉」
「私、この犯人、許せません」
 ちらりと見る。青い瞳に、怒りの炎が燃え盛っていた。
「三人もの市民を殺して、のうのうと生きるなんて絶対に許せません」
「もちろんだ。犯人は、絶対に逮捕する」
「……アリオスト少尉は、魔女マリーが犯人ではないと考えているんですよね」
「ああ。不自然だし、第一の事件はちょっとした仕掛けをすれば、密室は偽装できた」
「ですが、第二の事件では凶器を消しています。魔女ならば精霊魔法で剣を消せた可能性はありますが、それ以外の一般人には不可能です」
「その方法はこれから考える。それに、犯人の証拠も押さえる。そうすれば、もう言い逃れはできない」
「わかりました。協力します」
「……どういう風の吹きまわしだ? お前は、魔女犯人説だろう」
「誤解がないように言っておきますが、私は魔女を逮捕したいわけではありません。犯人を逮捕したいのです」
 フォスターを見つめるノークス少尉のまなざしは、まっすぐ、純粋だった。
「アリオスト少尉は、万年少尉のぽんこつ軍人です」
「おい。先輩だぞ、おい」
「ですが、私には見えていないものが見えている様子があります。今の私は、その目に賭けます」
「おい、先輩なんだぞー。おい」
「アリオスト少尉。僭越ながら、私は優秀でしかも美人です。聞き込みも得意ですし、格闘術もアリオスト少尉には負けません」
「話を聞け」
「何をすべきだと思いますか。私は、あなたの手足になってさしあげます」
「……。とりあえずは魔女マリーを保護観察している隊員がいる、そいつにマリーが何をしていたか確認するところからだ」
「保護観察している隊員?」
「第一の事件について、マリーが最重要容疑者であった事実は覆っていない。お前には言っていないが、家を観察している隊員がいるのさ」
「そういう重要なことは先に言ってください! 第二の事件では!?」
「一応、隊員は家から誰かが出た様子は確認していない。だが、相手は魔女だ。隊員の目くらましをして殺害に及んでいるかもしれない」
「それじゃあ保護観察の意味がないでしょう!」
「そうでもない。少なくても、魔女が事件を起こすには、保護観察している警邏隊員の目から逃れるという一手が必要になる。他の人間がやるよりは難しいってことだ。そういう積み重ねが、貴族院の連中を説得する材料になるんだよ」
「むう。他には?」
「他の魔女に当たってみようかと思っている」
「他の魔女というと……。マリーさん以外の魔女?」
「ああ。三人の被害者は、軍務研究所で勤務していたことが共通点だ。だが、軍務研究所で何があったのかはいまだに見えてこない。それを、魔女ならば知っているかもしれない」
「どうして魔女が知っていると?」
「被害者たちは研究所出身という事実のほか、魔女嫌いという点が共通していた。あるいは、研究所で何かあって、その結果として魔女が嫌いになったんじゃないか? 職場を魔女に潰されたら、誰だって魔女嫌いになるだろう」
「なるほど……」
「可能性だけどな。聞いてみる意味はある」
 そう言って、フォスターは立ち上がった。


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