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警邏隊の詰め所に戻ると、ノークス少尉はすでに戻っていた。 「お帰りなさい、アリオスト少尉」 「ああ。何かわかったか?」 「私を誰だと思っているんですか」 ノークス少尉は手帳を取り出し、 「ちょうど研究所が閉鎖になった頃、アーラ・バリリアン大佐のご子息が亡くなられています。享年22歳」 「若いな」 「はい。老衰で亡くなるような年齢ではありませんし、持病があったという話もありません。お葬式は家族だけで行い、誰も呼ばなかったようです」 「死亡の経緯を聞かれたくなかったんだろう」 「そのようですね。ということで、バリリアン大佐にお話を聞いてきました」 「なっ!? 大佐に!? 忙しい人だろう!?」 「若くて美人の女の子がデートしたいんですって言えばたいていの男は甘い顔をするものです」 「……お前、本当にすぐ昇進しそうだな」 「優秀だと言ってるでしょう。それで、大佐のお話ですが」 「ああ」 「息子さんの死亡は誤魔化されましたが、研究所の閉鎖そのものは認めました。まあ、これは公的な事実ですからね。大佐は当時も大佐で、研究所閉鎖を直接命令したそうです」 「理由は?」 「少しぼやかしていましたが、要するに魔女が事故を起こしたようです」 「魔女が?」 「はい。研究所では魔女の力を借りて、魔法を刻印した道具を制作していたようです。その研究途中で失敗、数人が亡くなる事故が発生した。その結果、研究所は閉鎖になった」 「被害者3人については」 「個々の研究員について、大佐はご存知ではないという話でした。ですが、当時研究所で勤務していたおよそ100人のうち半数ほどは、他の軍関係の施設に移動したようです」 「第一の被害者であるテディ・ルーズバンドがそういう関係か」 「おそらくは。問題は、100人も勤務していた中で、なぜ3人が選ばれたのか、ということですが。これは大佐にご紹介いただき、当時研究所で勤務していた研究員を捕まえて話を聞きました。今は軍部から離れ、町の商店で野菜を売っています」 「よく捕まったな」 「優秀なので。その研究員いわく、研究所ではいくつかの研究を同時に行っていたそうですが、基本的に夜間は研究を行っていなかったはずでした。なのに、事故が起きたのは夜半であったとのこと」 「……研究員同士でも言えないような研究だったってことか」 「その結果、魔女が1名、それに研究員が1名と事務員が1名、死亡した。これが問題視され、研究所は閉鎖されたわけですが」 「死んだ研究員の1人が、バリリアン大佐の息子?」 「そうですね」 「やっぱりきな臭いな。研究員だけでなく魔女まで死んだってのは。魔女は口封じされたんじゃないか?」 「可能性はなきにしも。ただ、私は違うと見ます」 「その根拠は」 「当夜、死亡した大佐の息子以外に残っていたと噂になった研究員が2名。それがテディ・ルーズバンドと、リト・テレニアンです。コボリア・サリアールはその日、警備を担当していた」 「事故現場を見ているのがその三人ってわけか。……その三人が、事故を起こした?」 「いえ、三人は事故を起こしたわけではないでしょうね。それほどの事故を起こしたなら、少なくてもルーズバンド教諭は学校で勤務できないでしょう」 「なるほどな。だが、仮に魔女が事故を起こして大佐の息子を殺したとして、その経緯に、三人は関わっている? だとしたら、大佐は三人を知らないはずもないだろうし……というか、そもそも関係者なら許すはずがないよな」 「その通り。ですので、まだ知られていない情報があることは確実なんですが……。ここでひとつ。亡くなった大佐の息子ですが、これが相当などら息子で、父親の権力で偉そうにしていることが多かったようです。嫌う人間も多く、亡くなって正直ほっとした、とまで言われていたとか」 「……事故を魔女のせいにして、実際は大佐の息子が起こしたのか? 三人はその隠蔽を手伝った」 「可能性はあると思いますよ」 そう言って、ノークス少尉は手帳をひらひらさせる。 「そうなると俄然、研究所で魔女が起こした事故というものが気になりますよね?」 「まあ、おそらくはそこが鍵なんだな」 「というわけで、ついでに、もう少し詳しい事情を知っていそうな人物を見つけてきました。当時、研究に協力していた魔女の妹です」 「魔女の妹か。どこに住んでいるんだ?」 「工房通りですね。アリオスト少尉もご存知ですよ」 「……おい、まさか」 「はい。魔女マリーです」 ★ ☆ ☆ ☆ ★ 聴取室にやって来た魔女マリーは、また少し痩せていた。 今日は速記の人間も入れていない。室内にいるのはノークス少尉とフォスター、それにマリーの3人だけだった。 マリーの正面にはノークス少尉が座り、フォスターは速記席で二人を見守る。 「よろしくお願いします、マリーさん」 「はい。あの、また人が殺されたそうですね……」 「はい。これで三人目です。我々は、なんとしても犯人を逮捕したいと考えています」 「ですが、私が知っていることはそれほど多くは……」 「今日の質問は、事件と直接の関係はありません。あなたのお姉さんのことです」 びくり、と肩が震えた。 「あなたのお姉さんは、軍の研究施設で魔法の研究をしていた。間違いありませんか?」 「……はい。最近は殺傷能力の高い兵器は好まれないとかで、暴徒をおとなしくさせる魔法を研究していました」 「暴徒をおとなしくさせる? 具体的にご存知ですか」 「眠りの魔法です。興奮した人間も一瞬で睡眠まで持っていく魔法で、一度でも眠れば、およそ1時間は起きません。暴徒鎮圧の他、製薬会社に技術を売り、不眠で悩む人たちのために薬を作る予定でした」 「なるほど。そんな研究をされていたお姉さんは、亡くなられた」 「……」 「何かご存知なんですか」 ちらり、とマリーはフォスターを見やった。続いて、ノークス少尉に視線を移す。 「あの。あなたたちは、軍人ですよね」 「ええ。ですが、それ以上に、我々は正しいことを知りたいと考えています」 「じゃあ、私が話したこと、きちんと活用してくれますか」 「約束します」 「……では、お話します」 マリーは手元に視線を落とした。 「姉の遺体は、亡くなってから三日後に帰ってきました。姉は恋人も作らず研究一辺倒な人でしたが、亡くなるとは思っていなくて。私も泣きました」 「ええ」 「両親は早くに亡くなったので、私と姉は二人きりの姉妹でした。そんな姉が亡くなるなんて、本当に悲しくて……。私、姉が帰ってきた夜、一緒に過ごしたんです。お墓には、翌日入れました」 「はい」 「一緒に過ごした夜のことです。最後に姉の体を拭いてあげようと思って、体を清めていました。その時、見てしまって……。その、姉の下着に、血がついていたんです」 「月のものでは?」 「最初はそう思いました。ズボラな姉だったから、時期が来てもそのままにしていたんだろうと。でも、よくよく考えれば日付がおかしかったですし、そもそも生理の時には魔女の力が減衰します。その状況で、夜遅くまで研究していたというのも解せませんでした」 「というと……」 「姉は、強姦されたんだと思っています。おそらくは、研究所の関係者に」 「……それは」 「私、軍の人に訴えました。調べて欲しいと。けど、姉が亡くなることになった経緯は軍事機密が関わるので公表できない、という返答でした」 「私が知る限り、研究所では死亡事故が発生しています。その起因は魔女にあったと」 「魔女にとって、男性経験というのは重要なものです。望んで経験しているならともかく、強姦されたとなれば、魔女の力が暴走しかねない。やぶれかぶれに呼びかけた声に、精霊が反応してしまうんです。その結果、人が死んでしまうようなことも……あるかもしれません」 まさか、と言いたい。だが、マリーが嘘を言う理由もない。 「姉が、意図的に人を殺すなんてことをするはずがありません。きっと事故だったんです。ただ、その事故を起こした人物がいるとすれば……。私は、その人たちを許せません」 顔をあげたマリーの瞳は、濡れていた。 |