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一週間後。 フォスター・アリオストは、喫茶店『妖精の隠れ家』で紅茶を飲んでいた。大通りから外れた場所にある店で、フォスターの他に客はいない。座席からは直接見えないが、厨房兼カウンターには、メイド姿の女性が一人きり。静かな空間だった。 ほんのりとした苦味を味わっていると、喫茶店の扉が開く。 「来てくれましたか」 誘った相手だ。今日は長袖の私服姿だった。笑顔を向けたフォスターの対面に、デート相手が座る。 「今日、お呼び立てしたのは他でもありません。学校で起きた一件に端を発する連続殺人事件について、お聞きしたいことがあるからです」 相手が頷くのを見ながら、フォスターは続ける。 「これは仮説です。なので、おかしな点があれば指摘してください。まずは、第一の事件ーー我々がそう呼んでいる、軍務学校における殺人事件についてです」 フォスターはテーブルの上に紙を広げた。そこには、学校の倉庫が見取り図として描かれている。フォスターの自作だ。 「被害者はここ、倉庫の中で殺害されていました。凶器はナイフ、被害者は頭部に打撃を加えられた後、急所を突き殺されています。被害者は教諭とはいえ軍人、ある程度の訓練を受けた人間です。その人間が争った形跡もなく打撃を加えられたことから、被害者は油断をしていたーー犯人と顔見知りであった可能性が伺えます。顔見知りが相手ゆえに、まさか殴られるとは思いも寄らす、背中を向けたということです。また、被害者は口の中に倉庫の鍵を詰め込まれ、しかも魔方陣の上に寝かされているという猟奇的な犯行でした」 絵の中央、倉庫となっていた空き教室。そこで、被害者テディ・ルーズバンドは殺されていた。その光景をフォスターが見たわけではないが、ありありと想像できる。 「私はこの犯行について、犯人はとっさに起こしてしまったものだと考えています。理由はいくつか。第一に、被害者を学校で殺す必然性があった人物がいません。路上や被害者の自宅で殺した方が、目撃される危険性も低かった。わざわざ人目の多い学校で殺人におよんだのは、カッとなって殺してしまった、そんな理由がしっくりするように思えました」 「……」 「犯人は考えたはずです。このままでは自分が殺人犯として訴追されてしまう。そこで、ひとつの細工を思いついた。部屋を密室にし、不可能犯罪を演出することで、自分を容疑者から外そうとしたのです。なんとか密室にできないかと考え、同じ日にノークス少尉が学校を訪問する予定があることに目をつけた。警邏隊の人間が密室を証言すれば、貴族院を説得するのも容易でしょう」 フォスターは紅茶で口を湿らせ、 「ですが、問題が残りますね。そもそも部屋が密室であったことです。これはどうやって実現したのか? それを考えるには、ノークス少尉がどうやって施錠されていることを確かめたかが重要です」 そう、とフォスターは続ける。 「最も簡単な方法、扉を引っ張ったけれども動かなかった。これが、少尉が施錠されていたと証言している理由です」 相手は小さく頷いた。フォスターはさらに言葉を紡ぐ。 「扉が動かなかったからといって、施錠されているとは限りません。扉は横引き、すなわち滑車が回転しなければ動かないのです。滑車というのは案外と繊細なもので、動作線上に小石があっても動きが阻害されます。あるいは、こんなものでも」 フォスターがポケットから取り出したのは、一本の釘だった。 「これを扉の滑車に噛ませる。それだけで滑車は動きませんし、ノークス少尉も施錠されていると勘違いすることでしょう。緊急事態でなければ鍵を探したり、別の方法を模索するかもしれません。ところが事態は緊急で、中で倒れている人物が外から見えていた」 とうとうと説明を続けたフォスターは図上の扉をコンコンと叩き、 「ノークス少尉は軍人です。緊急事態においては扉などを破壊しても罪には問われない権限と、扉を破壊できる能力を持っている。結果、少尉はためらいなく扉を吹き飛ばした。扉が破壊された後に釘が転がっていたとしても、怪しむ者はいないでしょう。結果、第一の事件は不可能犯罪として、魔女が容疑者になった」 「それで?」 「ここまでで、第一の事件は解決できます。証拠はありませんが、この経緯で殺人に及ぶ可能性がある人間は軍務学校の人間だけですね。他の人間が、学校で教諭を殺害する理由は少ない。同じ職場の人間だからこそ、なにかの拍子に動機が生まれ、そして感情的に殺してしまった。そんな風に考えています」 フォスターは視線を鋭く、相手を見つめる。 「そして、第二の事件に移る」 続いてフォスターは鞄からチラシを取り出した。貸し工房の宣伝チラシ。事件が起きた、あの工房だ。 「第二の事件は、この工房で発生しました。被害者は工房の経営者で、貸し工房の一室で絶命していた。凶器と目されるものは工房の中に飾ってあった剣です。問題は、事件当夜から遺体が発見される翌朝まで、誰も剣を持ち出していないことです」 思い返す。工房の中で倒れていた被害者。 その特徴的な殺傷痕は、他の剣では発生し得ないものだ。 「犯人は被害者を呼び出し殺害に成功したとして、けれど、凶器を消さなければいけない。当夜、工房で火が使われた様子はありませんから、金属を溶かしたわけではない。どこかに捨てて行くこともできないでしょう。建物の出入りは警備員が監視しており、この目をかい潜ることも難しい。警備員はリザードマンでしたから、夜目も利きますし、温熱変化で隠れた相手を見つける能力もありますからね」 そう、それは問題だった。 警備員がいる建物から、凶器を持ち出した犯人。現場に凶器がなかったことは警邏隊の調査でも明らかで、確実である。 となれば、犯人はどうにかして凶器を消さなければいけない。 「これも普通に考えれば不可能です。魔女以外ではね」 魔法ならば、剣を消す方法はいくらかあるだろう。金属を破壊する魔法だって存在する。 人間が金属を破壊しようとすると、熱処理なしには不可能だ。だが、魔女ならば、己の力だけで可能だった。 「これもまた、第一の事件と同じ、魔女が犯人であると喧伝しているような犯行です。ですが、あからさますぎて、かえって俺には疑わしく思えた。そこで、工房をよくよく調べました。凶器の剣とはどんなものだったのか? どうすれば消せるか? その条件を、色々と考え、結論を出しています」 すぅ、と息を吸い、フォスターは相手を見つめながらはっきりと言う。 「犯人は、剣を凶器に使用していない。これが、結論です」 |