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鬼たちが住んでいるという屋敷は、一般的な洋風の邸宅と変わりはなかった。 連行されてしまった以上、逆らっても仕方ない。お茶の一杯でもごちそうになって、さっさとおいとましよう――そんなことを思いながら、洋館の通路を歩いていく。 「最初は日本と同じスタイルがいいと我らの主が言っていたのだが、そうなると、我々にはちょっと狭くてな。頭の角をぶつける者が続出した」 「なるほど」 鬼たちの体格は、成人男性の自分と比べても、頭三つは大きい。これが日本人サイズの家に住めば、頭もぶつけるだろう。 「すまない、とりあえず主のところに」 そう言う鬼たちは、黒崎をひときわ豪奢な扉まで案内した。 鬼は扉をノックすると、 「照柿です」 中からの返事はなかったが、鬼は勝手に扉を開いた。 「!?」 中は、和風の部屋だった。外が洋風なだけに、えらく違和感がある。 だが、よくよく見れば、洋室を無理やり改造したのが見て取れた。下に敷かれているのは畳だが、これは外からただ持ってきただけなのだろう。天井から吊ってある照明はぼんぼり風だが、電気のコードが繋がっていた。隅に置かれた桐箪笥は、クローゼットの代わりだろうか。 そして、室の主は、畳の上で寝転がりながら、携帯ゲーム機で遊んでいた。 一見すると、ただの少女だ。鬼たちの長というから、どんなごつい鬼かと思ったが、見た目にはむしろ華奢。長い黒髪にスウェット姿で、ひたすらゲーム画面を眺めている。これでは、ただの中学生にしか見えない。 「なんじゃ、照柿」 「ご所望のぴよぴよを手に入れてまいりました」 「ほう」 少女はゲームを置くと、初めて顔を上げた。 「よう手に入れられたな。ん、なんじゃ、おんしは」 黒崎の存在に気付いた少女は、つい、と目を細める。 「あ、はい。黒崎と申します」 「黒崎とな。ほう、日本人か。これは珍しいの。おおかた、こやつらに泣きつかれたのじゃろう。この空間で最新作のゲームを手に入れてくるなど、簡単ではないだろうしの」 くくく、と笑った少女は、黒崎を見上げる。 「わしはサキじゃ。こやつら獄卒の主でもある」 「獄卒?」 「地獄の鬼をそう呼ぶ。まあ、日本人で言うのなら、役人みたいなものじゃ」 鬼ですら仕事があるというのか。 まあ、その仕事をしたいかと聞かれれば、ノーと答えざるをえないが。 サキと名乗った少女は鬼からゲームを受け取ると、 「うむ、これじゃこれ」 さっそくゲームに取り掛かった。もはや、客人である黒崎になど、見向きもしない。 「では、行こうか」 「ええ」 それでいいのだろうか、などと思いつつ。 黒崎は、少女の部屋を辞することになった。 照柿と呼ばれていた赤鬼は、黒崎を客室に案内した。 皮張りのソファが向かい合っている。かたやに黒崎が座り、対面には照柿が座った。別の赤鬼が、お茶を運んでくる。緑茶だった。 「すまないね、我が主はぶしつけで」 「いえ」 「仕事をなされている時はもっと威厳もあるのだが……。いかんせん、家だとな。ましてや今は大会中だし」 「と、いうと?」 「うむ。サキ様はな、引きこもりなのだ」 「引きこもり」 鬼が引きこもりとは。 「この大会に参加したいと仰られたのはサキ様だったが……、ていのいい引きこもりの口実だったようだな。お仕事に疲れておいでだったようだし」 「疲れていた、と」 「ああ。我ら鬼は地獄の警務。君たちの世界で言うところの、裁判官と看守、それに断罪人を兼ねたような存在だ。だが、休みは少ないし、当然ながらストレスもたまる。だんだんと働きたくないなどと仰るようになってはいたんだ」 鬼でもストレスはたまるのだ。もっとも、考えてみれば当然のこと。 人間と同じようにコミュニケーションを取れる彼らが、ストレスを感じないはずもない。 「そこで、この大会だ。大会に参加なさると仰ったときは何を考えておいでか、よくわからなかったが……。なるほど、要するに、仕事から離れたところでゆっくりしたかっただけなのだ」 「言うなれば、今は休暇中、と」 「そういう風にも取れる。まあ、一見すれば、ただ堕落しているようにしか見えないだろうがな。そして、仕事には戻りたくない、などと……」 「なるほど」 鬼の世界にも色々とあるのだ。 だが。 「見れば、あなたも、随分と……、困っておられるようですが」 「ああ、これは失敬。本来ならばサキ様は、地獄の中でも特に要職につかれておられる方。これが、本当に仕事には戻らないなどとなったら……」 「なったら?」 「俺の首が飛ぶ。物理的に」 物理的に。 さすがは鬼、といったところか。それが冗談に聞こえない。というか、彼は冗談など言っていないのだろう。 つまり。本当に首が飛ぶ。 「説得、などは」 「聞いてくださらん」 「……少し、僕が。彼女と話をしてみましょうか」 「あなたが?」 袖すり合うのも多生の縁。 人間と人間は、そうやって生きている。彼は鬼だが、まあ、ミレイとてコミュニケーションを取れれば人間のようなものだった。鬼とて同じこと。 姿かたちや、種族など、些末なことなのだろう。 それに、話を聞いた以上、本当に彼の首が飛んでは寝覚めが悪い。いや、まあ、地獄に帰った彼が首を斬られたところで、自分が知るよしもないのだろうが。 それはそれとして。 「僕も、多少はゲームなどやりますし。話が合うかもしれません」 「なるほどな。確かに、我々はこういう体だから、サキ様と一緒になってゲームをするなどということはできん。そういう意味では、君のような人がサキ様の話し相手になってくれるならば……。わかった、頼もう」 そう言って、照柿は頷いた。 |