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「なんなのかしら、あの男」 「……純朴なただの人間でしょうか」 「はん。冗談はよしなさい。シャルの魔術が、ただの人間に破れるはずないわ」 「そうなると、余計に困るのですが」 「困る?」 侍従は眉根を寄せ、 「エルフの伝承に、こんなものがあります。『その者、影より現れ、既知を砕き、霞のように消える』」 「何それ」 「昔、影より――現代の解釈では異世界から現れた者が、あらゆる知識、あらゆる知恵、あらゆる規範をひねりつぶし、文字通り世界をまっさらに変えてしまった、との伝承です。その者は、せっかく砕いた世界を支配することもなく、そのまま露となって消えたとか」 「それは、そういえば、ばあやから聞いたことがあるわ」 「……彼がそうだとは言えません。ですが、思慮の内には置くべきかと。もし彼が本当にそうならば、我々エルフに勝ち目はありません」 「そこまで言うの?」 「ええ。その者の名は禍月。過去、エルフの国家を破壊し、エルフが部族で生きることになった、その原因です」 「……ッ、まさか、たった一人で?」 「そう、伝えられています」 「冗談は、よしなさいよッ……」 シャルロットは自分の腕を抱く。部屋の空気は暖かだったが。 「大丈夫ですか、シャル様」 「へ、平気よ。ちょっと寒気がしただけ」 「では今晩は一緒に寝ましょうか」 「子ども扱いするなっ」 「むしろ大人扱いしたいです」 「あんたさっきまで結構まじめな話してたわよね!?」 「欲望には忠実なのです」 「うっさいバカ!! もう下がりなさい!」 「はーい」 一礼し、退出した従者に、主は嘆息する。 「……禍月、ね」 そんなもの。 存在するとは、思いたくない。 出方を聞いてこなかったが、転がったあたりに行くと、空間に不思議な裂け目が浮いていた。 もはやそんな現象に驚くこともなく、黒崎は裂け目に手を突っ込んでみる。 「ッ!?」 いきなり引きずり込まれた。 気づいた時には、元の森に転がっていた。 「あ、クロさん!」 「……アンナ、ライルも」 森の中には、置いてきた獣人の少女と勇者もいた。 駆け寄ってくる二人は、 「大丈夫でしたか!?」 「ああ、問題ない」 埃を払った黒崎は、立ち上がると、心配そうに自分を見上げるアンナを軽くなでてやった。 「わふ……、って、そうじゃなくて! エルフの里に行けたんですか!?」 「ああ、行ってきた」 「行ってきたって……。お前、よく五体満足だったな」 「大丈夫さ。彼女たちも、生きた人だ」 そんなことを言ったら怒るだろうが、などと思いつつ、黒崎はゆっくりと歩き出す。その後を、アンナとライルがついて行く。 「で、交渉は成立したのか?」 「交渉にもならなかったさ。それに、交渉をしに行ったわけでもない」 「じゃあ、何をしてきたんだ」 「話をしただけさ」 答えながら、黒崎は下草の続く獣道を眺める。 彼女たちは、人間が憎いという。 その気持ち。当然のことだ。彼女たちの世界で、人間は、恨まれて当然のことをした。 もちろん、反対側の――人間の意見を聞けば、また違った感想もあるかもしれない。だが、確認したわけではないにせよ、おそらくはほぼ確実な事実として、彼女の仲間は傷ついているのだ。 体の傷は治ることもある。だが、心の傷は、そうもいかない。 それを、黒崎はよく知っている。 「……どうすれば、いいんだろうな」 そんなことを独り言ちながら、帰路に着く。 家に帰ると、死体がひとつ転がっていた。 「……サキ?」 「なんじゃ、おんしか」 むくりと起き上った死体――もといサキは、うつろな眼差しで黒崎を見上げる。 「どうしたんだ、一体」 「これじゃこれ」 サキの部屋、テレビ画面。そこには、格闘ゲームのリザルト画面が表示されていた。 戦闘数は143。一方、サキが握っていたコントローラーの側は、勝利数3。 「最初に3回勝ってからは全敗じゃ……。こやつ、とんでもなく強いぞ」 「学習しました」 心なしか得意げなミレイ。それはまあ、実際に戦闘もできるコンピュータを相手に、コンピュータゲームで勝負しようというのが無理なのでは。プロの棋士ですらAIにはかなわないというに。 「……ふっ」 「あ、笑ったなおんし!!」 「いや、すまない」 言いながらも、笑みがこぼれるのは止められない。 「憎み合う仲もあれば、こうして過ごせる仲もあるんだな、と思ってな」 「……何の話じゃ」 「なんでもない」 絶望のようなものを感じたが。 希望も確かにあるのだと、そんなことを感じる黒崎であった。 |