ミカエラ・パルパーニは、エルフ族の参謀だ。女王陛下からは、娘をよろしく頼む、と直々に言われている。
 もっとも、頼まれるまでもなく、シャルロットは幼子の頃から面倒を看てきた、敬愛する主だ。
 敬愛しすぎてちょっと意地悪したくなることもあるが、まあ、仕えるに足る立派な主ではあると思う。
 だが、だからこそ。
「シャル様」
 言わねばならぬ時もある。
「ピーマンだけ残すのはおやめください」
「ぎくっ」
 思わず肩を震わせた少女。ミカエラが主、シャルロット・エリュアール。
 エルフ族最初の女王であるフィリエラ・エリュアールの一人娘であり、かの妖人戦争において、エルフでも上位の戦果をあげた、最強の将軍でもある。
 だが、そんな彼女も、ピーマンは嫌いなのだ。
「だってこれ苦いのよ!?」
 シャルロットは半分に切ったピーマンを突き出す。野菜炒めの中に入っていた具材だ。人参も玉ねぎも平然と食べるシャルロットではあるが、これは嫌いらしい。
「存じております、シャル様」
 そんな主に、ミカエラは笑顔で返す。
「ですので、あえて大きめに切るよう指示しました」
「あんた本当に嫌がらせ好きね!?」
「それはもう。シャル様のためですから」
「ぜんっぜん嬉しくないわ!!」
「さあ、シャル様」
 涙目のシャルロットは、それでもピーマンを口にする。
 うげえ、と顔で語り、お茶で流し込んではいるものの、それでも出された食事はちゃんと食べる。そのあたり、素直で良い子だ。
 もっとも、人間基準で言えば、もはや子供という年齢はとうに過ぎているだろうが。
「ほら、食べたわよっ」
「さすがですシャル様、えらいえらい」
「子供扱いするなーっ!!」
 ぷんすかと怒る主に、思わず笑みが漏れる。
「さて、シャル様。食事を終えたら、わたくしは少し外出いたしますわ」
「買い出しなら兵隊に行かせればいいじゃない」
「いえ、偵察に」
 シャルロットは食事の手を止め、対面で同じように食事をとる侍従を見やる。
「誰の?」
「ノーネームの、です」
「あの男は、そんなに危険なの?」
「可能性がある以上、調べておくことは必要かと思いまして」
「……いいでしょう、許可するわ。念のため、ヒナを連れて行きなさい」
「承知しました、シャル様」
 そう答え、ミカエラもピーマンを口にする。
 確かにこれは苦い。

◇ ◇ ◇


 黒崎は、ふう、と嘆息した。
 獄卒たちの住む屋敷、その中庭。
 広すぎる邸宅には中庭などというぜいたくな空間があり、そこにはそれなりに大きな樹が生えている。
 その木陰に座り、黒崎は遠くの空を眺めていた。
 この異空間で空が見えるというのも、考えてみれば不思議な話だ。もっとも、いくつもの世界を支配するという神様が作った世界。今さら、空や太陽のひとつやふたつ、いくらでも作れるのかもしれない。
 だが、晴れ渡った空を見ていても――心が晴れることはない。

『もう涙は流されたのよ! 癒えることのない傷を負わされたのよ!!』

 シャルロットの言葉が胸に響く。
「もう流された、か」
 過去の出来事は変えようがない。だが、過去の延長線上に今がある。
 ならば、未来はどうすべきなのか。
 その答えが見つからぬまま、黒崎は空を眺めていた。すると、
「あ、クロさん」
 視線を下げると、獣人の少女がにこにこと笑っていた。
「こんなところにいたんですか」
「ああ、何かあったか?」
「いえ、何も。だからこそ、と言いますか」
「だからこそ?」
 はいっ、と笑ったアンナは、
「一緒にお散歩行きません?」
 そう、誘ってきた。

◇ ◇ ◇


 戦闘用アンドロイド・ミレイは、豪奢な室の前で、センサー周りのチェックをしていた。
「システムオールグリーン。では突撃」
 ノックという社会通念を知らないミレイは、そのまま部屋に入る。そこでは、ライルとサキが、テレビゲームに興じていた。
「ぬおおおお!?」
「どうした勇者! その程度かの!?」
 今日も今日とて楽しそうだ。
 今日はレースゲームをしているようだった。本格的な車が出る方ではなく、人間むき出しのカートレースな方。
 ライルが操作する赤い配管工が、緑の甲羅を持つラスボスに蹂躙されている。
「お、お前っ、甲羅を投げるなああああ!?」
「何を言うておる! これぞ勝負よ!」
「ぬぐぐ! あ、これは……、これだ! 正義の雷を喰らえ!!」
「ぬうううう!? サンダーはずるいぞ勇者!!」
 実に楽しそうだ。
 なんだかんだ周回を繰り返し、ゴール。
「どうじゃ! わしの勝ち!」
「くそっ! これが正義か……!」
 さっき初めてルールや操作方法を知ったばかりのライルがサキに勝てるはずもないのだが、それはさておき。
「サキ、ライル」
 ミレイは仲間二人を見やる。と、コントローラーを置き、二人も顔を上げた。
「なんじゃミレイ。おんしもやるか? 三人でもプレイできるぞ」
「そうではなく。なんだか、マスターの元気がないように感じられましたが、何かご存知でしょうか」
「ふふん、感じる、とな。コンピュータのおんしが言うとはの」
 きひひ、と笑ったサキは、
「わしにはない。じゃが、なんとなく想像はついておる。そうじゃろう、ライル」
「……まあ、俺も詳細を知っているわけじゃないけどな。たぶん、エルフに会って、何か言われたんじゃないかと思ってる。エルフの人間嫌いは世界共通だからな」
「何か、とは」
「こう、傷つくような何か、だよ。そうでなくてもエルフは人間が嫌いなんだ。拒絶されてしかるべきだし、体に怪我がないだけマシってもんだよ」
「では、どうすれば元気になるでしょう」
「どうすれば、って言ってもな……」
 うーん、とライルは首をかしげる。
 なんにせよ、言葉と言葉の応酬だったろうと想像がつく。そして、言葉によって負った傷は、自分でなんとかするしかないのだ。
 言葉を解釈し、受け止め、咀嚼し、吸収する。そこまですれば、自分の中で決着はつくだろう。
 さしずめ、今はまだ解釈している段階といったところか。
「そうじゃなあ。ひとつ言えることがあるとするなら、考えるのをやめることじゃな」
「考えるのを、やめる?」
「そうじゃ。考えたり悩んだりするのは、それだけ答えが出にくい問題ということじゃ。ひとつの答えにはメリットがありデメリットがある。他方も同じ。だから迷う。あるいは、答えそのものがない問題ということもあろうがの。何をしても悪手、といったような場合じゃな」
「手詰まり、と?」
「そうじゃ。そんなときは、一度、考えるのをやめてしまうのも手なのじゃ。答えが出ないのは答えがないということでもある。だが、時間を置けば、答えが生まれることもあるじゃろう。それまで待つ、というのも立派な手立てじゃ」
「なるほど」
 小首をかしげたミレイに、
「では、考えるのをやめるにはどうすればいいでしょうか」
「そうじゃなぁ。獄卒ならば、宴でも開くところじゃが」
「宴」
「そうじゃ。鬼は単純じゃからの。酒飲んで騒げば忘れる」
「了解しました」
 ぺこり、と頭を下げたミレイは、部屋を出て行こうとする。その背中を、ライルは慌てて追いかけた。
「お、おい! 何する気だ!?」
「マスターに酒を呑ませようかと」
「いきなり飲ませたら訳が分からないだろうが! まずは準備だろう、準備!」
「はい?」
 ミレイは再び、小首をかしげた。