のんびりと道を歩く黒崎とアンナ。
 思えば、こうして二人きりで歩くのは、初めてだったかもしれない。いつもはブレン氏がいたり、他の仲間がいたりする。
「私、日の下を歩くの好きなんです。気持ちいですよね」
 のびー、と背伸びするアンナ。そのにこやかな表情に、思わず黒崎も頬が緩む。
「君が楽しそうで、何よりだ」
「私だけ、ですか?」
 足を止めたアンナは、黒崎を見上げる。
「クロさんは優しい人です。それは、一緒に生活していたらわかります」
「君ほどじゃないよ」
「そんなことありませんよ。私を仲間にしてくれた時も、ライルさんと戦った時も、ミレイちゃんを誘った時も。いつだって、クロさんは優しかったですから」
「……」
 そうだろうか、と思う。
 その場その場で、最善と思うことはしてきた。だが、それが優しさと呼ばれるほどのものであるかということについては、疑問が残る。
 自分などに、何ができるわけでもない。それをよく知っているつもりだからこそ、あがいて――その結果が、これだ。
 立ち行かない壁。それを見せつけられて、初めて、足が止まった。
「エルフさんに、何を言われたんですか?」
 見上げる獣人の少女は、そんなことを言った。
「クロさんのことですから。きっと、エルフさんに親身になりたいのかなって。でも、拒絶された。そんな気がしてます」
「そんな……、立派なものじゃないさ」
「だったら話してください。私もクロさんのレギオンメンバーです。クロさんの力になりたいです」
「それは……」
 少しだけ悩み、黒崎は首を横に振る。
「僕が話すことは、僕以上に、彼女たちが望まないと思う」
「……それは」
「彼女たちは僕に打ち明けてくれた。けれどそれは、僕を認めてくれたわけでもなんでもない。ただ、僕の正体がつかめないから、譲歩しただけだ。僕が取るに足らないただの人間だと知れば、きっと彼女たちは、僕たちを歯牙にもかけないだろう」
 実際、自分は歯牙にかかるほどの人間ではないのだ。
「クロさん……」
 アンナもまた、何も言うことはできなくなり、互いに沈黙する。
 こうなると、悲しきかな、コミュニケーション能力の欠如が浮き彫りになる。何を言えばいいのかわからない。どんな話題を切り出せばいいのかわからない。
 そもそも、アンナは、おそらく元気をなくした自分を心配して、こんなことを言ってくれているのだ。その親切心、やはり彼女の方がよほど尊敬されるべき人物だ。それに引き換え自分は――。
 黒崎特有の暗黒思考。考えれば考えるほどマイナス方向に進む負のスパイラル。そのことに気づきもせず、互いに路上で茫然と立ち尽くしていると、
「あれー、黒崎さんじゃないですか」
 どこかで聞いたような声に、黒崎は顔を上げた。
 見れば、ふんわりと微笑む人当たりの良い顔。
「受付の……」
「はーい、受付嬢です」
 ひらひら、と手を振っていたのは、大会参加の時に受付で会った女性。そういえば、名前も聞いていなかった。
 そして、その隣には、サングラスをかけた少女が一人。
「なになに、お友達?」
「ああ、参加者の人。大会開始の時にね」
「あー、なる。こんちゃー」
 ビシッ、と手をあげたサングラスの少女は、少しだけ眼鏡をずらす。
「……あ」
 その顔にも見覚えがあった。
 大会初日。オープニングセレモニーの時に、マイクを握っていた少女だ。たしか、ルナといったか。
「ふふん、ルナ・パルフェちゃんを覚えていてくれたかなー? ありがとー」
「いえ、こちらこそ?」
 何がこちらこそなのかもわからぬまま、黒崎は小さく頷く。
「お二人は、どうしてここに?」
「今日はお休みなのでー、ちょっとそこの喫茶店でおしゃべりでもしようかとー。ルナちゃんは友達なんです」
 にこりと笑う受付嬢。
 そういえば、彼女も今日はどこぞの事務員みたいな堅苦しい格好ではなく、白っぽいワンピース姿だった。
 ルナはアイドルらしいというか若い子らしいというか、カラフルな服を重ね着している。服飾に詳しくない黒崎ではそれをなんと呼ぶのかわからないが、まあ、ボーイッシュなコーディネート、とでも呼ぶのだろうか。サングラスは、きっと目立たないようにとの配慮だろう。
 と、気づけばルナがじろじろと眺めていた。
「何か」
「んー? んんー? お兄さん、何か隠し事してる?」
「隠し事?」
「そ。何か面白そうなことを隠していない? 話してほしーなー?」
「君に話すようなことじゃ」
 アンナならともかく――正確にはアンナにすら話すべきことではないが――とにかく、ほとんど初対面のような少女に話すような内容ではない。
 そう思い、黒崎がやんわりと断ろうとすると、
「ねえ、い、い、か、ら? 話せ」
「ッ!?」
 ぞくり、と背筋が震える。
 ずれたサングラス。その奥に覗く瞳。
 そこに、何か、悪鬼のような光が見えた気がした。
「ねえ、おねがーい」
 次の瞬間には、愛らしい少女に戻っている。まるで、先ほどの光は白昼夢か何かだったように。
「……わかった」
 気づけば、黒崎は頷かされていた。