受付嬢やルナと別れ、黒崎たちは屋敷へと戻ってきた。
 家に入ると、なにやら獄卒たちがあわただしい。変に思っていると、照柿氏がやって来た。
「黒崎殿。アンナ殿。食堂へどうぞ」
「食堂?」
「ええ。サキ様がお待ちです」
 珍しいこともある。
 屋敷と呼べるほどの邸宅、当然ながら食堂も別にある。その気になれば何十人と食事ができるほどの広さがあるものの、獄卒たちとサキは一緒に食事をすることはない。それは習慣だとかそういう問題ではなく、単に自堕落な生活をするサキと他の面々では時間が合わないのだ。
 そのサキが、夕食時に食堂にいるなど――。
 不思議に思いながら食堂の扉を開けると、
「ッ!?」
 そこは、いつもの空間とは明らかに違っていた。
 いつもはクロスのかかった長テーブルが置かれているだけの空間だ。だが、今日はどこから持ってきたのやら、畳が敷かれ、年季の入ったテーブルが鎮座している。
 そこにいたのは当然、サキ。
「サキ、これはいったい?」
 黒崎はテーブルの上を見やる。そこに並んでいるのは料理だ。それも、いつも食べているものとは、明らかに気合いの入り方が違う。天ぷらに小鉢がいくつか、魚の焼きもの、刺身、中央には大きな土鍋。種類も量も明らかに多い。
「うむ。宴席といえば、やはりこうであろう」
「は?」
 理解できず首をかしげる黒崎に、
「提案しました」
「……ミレイ?」
 ぬっと現れた戦闘アンドロイドは、
「マスターのお元気がなさそうでしたので、サキに相談しました。そうしたら、宴がよい、と」
「当然、酒もあるぞ!」
「料理は我々が用意していますので、ごゆるりと」
 ミレイの後ろで、ライルと照柿氏も手をあげる。その手には日本でも見覚えのある酒瓶。
 そう言われ、ようやく黒崎も得心した。
 なんのことはない。みんなが見てわかる程度には、自分は落ち込んでいたのだ。
 今まで順風満帆――というほどでもないが、大きな壁はなかった。初めて出会った壁に困っていたのを、みんなは気付き、こうして動いてくれたのだ。
 人を救えるのは人。
「そんなところに突っ立っておらんと、はよ座れ! おんしは主なのじゃからな!」
「あ、ああ」
 サキに促されるまま、席につく。
 横に並ぶサキにアンナ、料理を両手に持ったミレイに、酒瓶を持つライル。
 自分は、良い仲間に恵まれた。
「ほれ、乾杯の挨拶は主人がするものじゃ!」
 サキに促され、酒の入ったグラスを渡される。
 自分の柄ではないが、まあ、そのくらいは。
「……じゃあ。みんな、ありがとう。乾杯」
「かんぱーい!!」

◇ ◇ ◇


 屋敷の外。
 食堂が位置する室とは壁を挟んで反対側。
「ふむ」
 ミカエラ・パルパーニは頭にひよこを乗せ、ひとり頷いた。
 今日一日、黒崎の様子を監視し続けてきた。中庭でぼーっとしていたところも、受付嬢たちとお茶をしていたところも、しっかりと見ていた。
 そうして観察し続けた限り、彼が、歩く災害などと呼ばれるような存在であるようには思えなかった。
 とはいえ、今日は何のトラブルも発生していない。力を使うような機会がなかっただけという可能性もある。
「やはり、何かちょっかいをかけてみないと駄目かしら」
 ぴぃ、と頭上でひよこが鳴く。
「そうねえ。やっぱり襲撃を――」
「ならば、手伝ってやろうか?」
 独り言に返事。
 次の瞬間、ミカエラは全力の魔力を込めた拳を振り上げていたが、
「危ないぞ」
 振り下ろす前に、意識の根を刈り取られていた。
 力をなくしたミカエラが倒れる。背後には、二人の男が立っていた。金髪碧眼の男は主、長身の男は従者だ。
 内の一人、長身の男が、ミカエラを担ぎ上げる。一方、エルフの女から意識を奪った碧眼の男は、自分の従者に銘じた。
「運んでおけ」
「はっ」
 無口な長身の男は、エルフの女を肩に、そのまま歩き去る。残った碧眼の男は、小鳥を見下ろした。
「お前は、この娘の使い魔か」
 ぴぃ、とヒナが悲鳴をあげる。そんな小鳥に碧眼の男は、
「お前たちの主人に伝えろ。我に従え、とな」
 傲然と告げた碧眼の男は、にやりと笑う。その口元に、大きな牙が覗いていた。