朝。目覚めた黒崎は、洗面所で顔を洗う。
 鏡を見ると、自分の顔は、いくぶんかマシになっていた。
「……仲間の力、か」
 この大会に参加して、初めて会った仲間たち。
 そんなメンバーが、自分のことを思ってくれた。その事実がたまらなくうれしく、自然、口元が緩む。
 洗面所を出ると、
「ああ、黒崎殿。お客人です」
 照柿氏の大きな顔が、困惑に彩られていた。
「何か、問題でも?」
「問題といえば問題でしょうな。……エルフの客人です」
 その言葉に、残っていた眠気はどこかに飛んだ。
「すぐ案内を」
「では、こちらへ」
 照柿氏の先導で、足早に廊下を進む。
「こちらです」
 客間の前まで来た照柿氏が、扉を開く。向かい合ったソファ。そのかたやに、尖った耳の少女が座っていた。
「シャルロット」
 シャルロット・エリュアール。ユグヴァールの長であり、エルフの隠れ里から絶対に出ないと称していた彼女が、なぜここに。
 それだけ常ならぬことが起きたと想像できる。黒崎はシャルロットの対面に座ると、照柿氏に、ハーブティーを頼んだ。自分はよくわかっていないが、なにげにハーブが好きという照柿氏は、色々な種類を知っている。その中でも、気持ちを落ち着ける効果があるものを頼んだ。
「……」
 シャルロットはソファに座り。膝の上で拳を握ったまま、口を開かない。
 自分から口を開くこともできず、黒崎は待つしかない。
 照柿氏は、すぐに独特な香りのするお茶を運んできてくれた。
 どうぞ、とシャルロットに勧めながら、自分もお茶を口に含む。まずは、落ち着くことが大事だ。
 強いハーブの香りが、鼻に抜けた。
 その香りに誘われたのだろうか。シャルロットはお茶を口に含み、
「……なかなかね」
「ありがとうございます」
「あんたじゃないわ。その鬼が淹れたのでしょう」
 カップを置き、シャルロットは頭を振った。
「本当は、あんたに頼むことじゃないの、わかってる。でも……、エルフではどうにもできないの。私は、この空間に、あんたの他に話したことのある相手がいないわ。だから、誰にも頼めない」
「つまり?」
「ミカエラが……、さらわれたの」

◇ ◇ ◇


 照柿氏に頼み、客間に皆を集めてもらった。
 アンナとブレン、ライル、ミレイ、それにサキ。主要な仲間たちが揃う中で、シャルロットは口を開く。
「昨日、ミカエラは、あんたたちを監視していたの。知っていた?」
 黒崎は答えられなかった。当然だが、一般人に過ぎない黒崎が、そんなことに気づくはずもない。
 だが、シャルロットは構わず続ける。
「夜のことだったわ。ミカエラに同伴させていた使い魔が、一人で帰ってきたの。聞いたら、ミカエラはさらわれた、と」
「どこの、誰に」
「不夜帝国よ」
 ユグヴァールとは別の、多数派レギオンか。
 黒崎がミレイに目線で合図すると、
「不夜帝国。リーダーは吸血鬼のヴァルト・ヴァレンシュタインです」
「そのヴァルト・ヴァレンシュタインが、ミカエラをさらったの」
「何のために」
「私に、従属しろと伝えてきたわ」
「……なるほど」
 強い絆で結ばれた、エルフのレギオン。そのメンバーをさらい、仲間になるよう伝える。そうすれば、エルフの作戦も打ち破れる。
 非人道的ではあるが、立派な作戦ではある。
「それで、君は?」
「君はって?」
「どうするつもりなのか、と」
「……」
 シャルロットは沈黙した。
「……エルフの矜持として、脅しに屈する訳にはいかないわ。戦時中にも、こんなことはたまにあったもの」
「その時は?」
「さらわれるようなエルフは殉職として扱われるわ。己の身も守れぬ者に、戦場で生きる資格はない」
「それは、理屈でありルールであり慣習だ。そうではない、君の行動はどうする?」
 答えは、すぐに来なかった。
 わかっていて問いかける自分はずるいと、黒崎は思う。だが、聞かなければいけないとも思っていた。
 シャルロットは俯きながら、
「ミカエラは……、私が小さな頃から従者として仕えてきたの。ずっと、一緒だったのよ。たまに意地悪もするけど、でも、ずっとずっと、一緒だったの」
「それで?」
「ミカエラが殉職なんて……、認められない」
 それはそうだろう。そうでなければ、自分のところに来る必要などない。今までの作戦通り、里にこもっていればいいのだ。少なくても、シャルロットが外に出なければ、彼女らの作戦が打ち破られることなどない。
 ここに来たということ。それはすなわち――。
「エルフがこんなことを言ってはいけないと、思うけれど。その、お願い。私たちを助けて」
「どうしますか、マスター」
 間髪入れず、ミレイが問いかけてきた。
「皆の、意見は」
 黒崎が視線を向けると、
「クロさんの言いたいことと同じだと思います」
「がるっ」
「卑怯な真似をする連中だな。許しておけない!」
「マスターの御命令のままに」
「おんしの好きにするといい。まあ、地獄の仕事を増やして欲しくはないがの」
 仲間たちの言葉に、黒崎は覚悟を決めた。もっとも、最初から、他に選択肢などなかったようにも思うが。
「わかった。これより僕ら……、『ノーネーム』は、不夜帝国に勝負を仕掛ける。ミレイ、不夜帝国の情報を」
 黒崎の言葉にうなずくアンドロイド。そのかげで、エルフの少女は涙を浮かべた。
「……ごめんなさい。ありがとう」