シャルロットを屋敷に残し、黒崎はミレイを連れて不夜帝国の拠点へと向かった。
 場所は荒野エリア。周囲が開けた、殺伐とした土地に、古城が構えている。
「あれが不夜帝国の拠点です。不夜城と呼んでいるようです」
「ああ」
 隠れる場所もない荒野。構わず突き進むと、
「マスター。敵兵です」
 ミレイに促された直後、城門がゆっくりと開いた。
 シルバーグレイの髪をオールバックでまとめた執事のような男性が、城門のところで頭を下げていた。
「ようこそいらっしゃいました。クロサキ殿」
「ヴァルト氏と話がしたい」
「どうぞ。我らの主人が謁見の間でお待ちです」
 執事の男の先導で、黒崎たちは城の中を進む。
 外見通りの歴史を感じさせる城内。真っ赤な絨毯が敷かれ、明かりは揺らめく蝋燭の炎。当然ながらわだかまる闇を振り払うには物足りず、どこか恐怖心をあおる。
 執事が案内したのは、そんな城内の最奥。ひときわ大きな扉の前だった。
 扉を開くと、正面に背の高い椅子が置かれ、一人の青年が座っていた。
 ひじ掛けに頬杖を突き、退屈そうに見つめ返す碧眼の青年。
 左右には、従者らしき者たちが控えている。長身の男と怜悧な眼差しを携えた美青年だ。
 相手の数を確認した黒崎は、椅子に座る青年を見つめる。
「君が、ヴァルト氏か」
「いかにも、勇猛果敢な人間。ここを訪れたことを褒めてやろう」
「たいしたことじゃない」
 首を振った黒崎は、
「単刀直入に。ミカエラさんを、ユグヴァールに返してくれ」
「お前はエルフでもなんでもないだろう。どうしてユグヴァールに肩入れする?」
「そうしたいからだ」
「なるほどな。では、浅慮なお前に教えてやろう。エルフは人間を生き物とは見ていない。お前が協力したところで、奴らは何も返さないぞ」
「そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。そんなことは、どうでもいい。僕はただ、君を許せないと、そう思っただけだ」
「ほう。面白い」
 にやりと笑う。口元から、牙が覗く。
「おい」
 ヴァルトが声をかけると、長身の男が席を外した。
 黒崎も入ってきた入り口から出て行くと、すぐに戻ってくる。その肩に、ミカエラを担いでいた。
「お前が返せというのは、この女のことだな?」
 黒崎は頷く。
 本人を連れてきたからといって、油断はできない。数ではこちらが劣るのだ。もっとも、そうでなければ、謁見の間まで通されることもなかっただろう。
 こちらは最低限、逃げるだけならば、ミレイがなんとか退路を確保してくれる。そう信じているからこそミレイだけを連れてきたのだ。彼女は、命令さえなければ、余計なことも言わないし、表情にも出ない。そういう意味で、交渉事にも向いている。
 交渉は黒崎が。万が一の場合はミレイが。それぞれ活躍するという役割分担だ。
「ミカエラさんに、何を?」
「ヴァンパイアの魔術よ。眠りについたが最後、目覚めることはない。おっと、勘違いするなよ。眠っているだけだ。死んだわけじゃないから、ルール違反ではない」
 眠り続けるミカエラ。
 それを取り返すのは、簡単なことではあるまい。今、襲撃してミカエラを奪取できたとしても、彼女を担いで逃げ切るのは不可能だ。
「解毒剤はここにある。この薬を飲ませれば、その女も目覚めるだろう」
 ヴァルトは懐から、青い小瓶を取り出した。その中で液体が揺れている。
「我は、エルフ共に、その女を返してほしくば我が軍門に加われと言ってある。乗るかどうかは連中次第だがな」
「期限は?」
「……ほう」
 ヴァルトは目を細め、
「よいところに目をつけるな。もって明日の日没といったところだろう」
 ――やはり。
 どれほど特殊な魔法か知らないが、人を一人、眠らせる魔法。それが永遠に続くわけもない。
 魔法が解除できる期限がある。それを超えれば――。
「今はまだ仮入眠だ。だが、明日の日没を超えれば、その女は本当に目覚めることなどないだろう。そうなれば、この解毒剤も効かぬ」
「わかった」
 黒崎は頷く。そんな青年に、ヴァルトはますます笑みを深くする。
「貴様、面白いな。それで? 貴様は何を望み、何を見返りにする」
「僕と勝負をしよう」
 黒崎の提案に、ヴァルトは笑みを消した。
「条件は」
「明日の日没までに、僕らがその薬を手に入れられれば、僕らの勝ち。手に入れられなければ、君たちの勝ち。勝負の参加人数に上限は設けないが、互いのレギオンメンバーに限るものとする。勝負の開始時間は明日の朝、日の出と同時」
「……総力戦か。よかろう。その勝負、乗った」
 そう言って、ヴァルト・ヴァレンシュタインはにやりと笑ってみせた。

◇ ◇ ◇


 黒崎たちが帰った後。
 謁見の間には、ヴァルトと配下の二人がまだ残っていた。
 配下の内の一人、怜悧な眼差しの青年が問う。
「ヴァルト様」
「なんだ」
「どうして、勝負をお受けに? あの場で眠らせてしまってもよかったのでは」
「意味がなかろう。レギオンの行方はリーダーのみが決められる。レギオンリーダー自身を人質にしたところで、交渉する相手がおらぬ。それに、奴の配下。あれは生物ではない、自動人形の類だ。我の魔術は効かぬ」
「ですが、彼を人質に、新しい人質を手に入れるという方法もあったのでは」
「面倒だ」
 言い切ったヴァルトは、隣に立つ青年を見やる。
「それに、問題はないだろう。明日、勝負で負かせば、獄卒の連中までまとめて手に入る。願ったりではないか」
「それは、そうでしょうが」
「おい、フツ。ゴチャゴチャうるせえよ。要するに、連中をぶちのめせばそれでいいんだろ?」
 反ばくしたのは、反対隣に立つ長身の男。
 そんな長身の男に、フツと呼ばれた青年は眉をひそめる。
「アトラ。お前は脳みそがないのだから黙っていろ」
「んだと? テメエ、喧嘩売ってやがんのか、ええ?」
「事実であろう」
「ふざけやがって、テメエをぶち殺してやってもいいんだぜ!」
「お前はもう規約を忘れたのか。殺せば敗退だ。ヴァルト様の手駒を勝手に減らすことは許されん」
「テメエ!」
「……やめろ、お前ら。やかましい」
 ヴァルトが口を開くと、二人もぴたりと口を閉ざす。
「なに、フツ。お前は少し慎重すぎる。アトラ、お前は確かに考えが足りないことも多い。双方同じだ。それに、いずれは連中とも戦わねばならん。あの条件なら我々が負けることはない、そういう条件で勝負を仕掛けたあやつの愚鈍さを利用すればよかろう」
「確かに、我々が有利な条件ではあります、が」
 日没までに薬を手に入れる勝負。
 とはいえ、こちらはホームグラウンドなのだ。どんな罠を張るのも自由。彼らは、そんな敵陣に飛び込むつもりなのだ。
「……何か、秘策でもあるのでしょうか」
「さあな。まあ、あったところで、どうにもなるまい」
 ヴァルトは退屈そうにあくびをしていた。
 その横に立つフツは、言いしれない不安を抑えきれないでいたのだが。