拡声器越しの声は、城内に響き渡っていた。
「終わったか」
 アトラスを踏みつけながら、サキはひとりごちる。
「残念じゃったのぅ、巨人。貴様らの負けじゃ」
「ぐっ、くそっ……! テメエ、絶対に許さねぇぞ!」
「吼えるな下郎。強い言葉は、強くなってから使うものじゃ」
「んだと、テメエ!」
「貴様、まだ理解しておらぬのか? 加減されておったことも分からぬか?」
「っ……」
 横たわり、立ち上がることさえできないアトラス。膂力を全開にしたところで、起き上ることはかなわない。それだけ、力に歴然とした差があるのだ。
「わしは逃げも隠れもせぬ。強うなったら、また遊んでやろうぞ」
「……いいだろう、それまで、預けておいてやるぜ」
「うむ、確かに預かった」
 にやりと笑ったサキはアトラスに乗せていた足をどかすと、
「さて、疲れたのぅ。帰ってゲームがしたい。無双とかやりたいのぉ」
 そんなことをつぶやいた。

◇ ◇ ◇


 フツノミタマノツルギは、振りかざした刀をゆっくりと降ろした。
「……仕舞いか」
「そう、みたいだな」
 壁に叩きつけられたライルは、九死に一生を得た事実に、ほっと息を吐く。
 震える足を叱咤し、剣を杖代わりに、よろめきながら立ち上がった。
「やっぱりあんた、強いな」
「当然だ。だが……、貴様もなかなかやる。何より、力量では遥かに劣るくせに、魔術の類を駆使して、とにかく負けないように立ち回る。その点は驚嘆に値する」
「当然だ。今回は、お前を動かさないことが俺の役目なんだから」
「理屈ではそうであろうがな。貴様、それでも武人か?」
「武人だからこそ、だ。今回、魔王を倒すべき勇者は俺じゃなかった。なら、王国の兵士たちが俺を支えてくれたように、俺もあいつを支えるべきだろう」
「……あるいは、我々の敗北は、その覚悟の違いかもしれんな」
 刀を鞘に収め、フツノミタマノツルギはライルを見下ろす。
「貴様、筋は悪くない。望むなら稽古くらいはつけてやろう」
「本当か? 助かる」
「仕方あるまい。敗者は、勝者と同じ道を向く。それが規則よ」
「冷たい言い方だなぁ、おい」
 苦笑するライルに背を向けるフツ。
 その顔に、微笑が浮かんでいた。

◇ ◇ ◇


 小さな爆発が連続して起こり、ようよう戦いが収まる。
「……負けましたか」
 ワイヤーを巻き取り、マクシミリアンはつぶやいた。
「戦闘行動を終了します」
 同じように全力展開していた兵装を収納しながら、ミレイは執事の男を見やった。
「我々の勝利です。停戦を要求します」
「停戦もなにも、勝負は終わったのでしょう」
「その通りですが」
「では、我々が戦う理由はありませぬゆえ」
 慇懃に礼をし、立ち去ろうとするマクシミリアン。その背中に、ミレイは声をかける。
「あなたは、これで満足なのですか?」
「私にとっては、ヴァルト様が全てゆえ」
「違います。主が全てであろうとも、自分自身の幸せは、手に入れられるはずです」
 マックスの足が止まった。ゆっくりと、振り返る。
「これはこれは異なことを。機械人形に幸せを説かれるとは」
「自分のマスターは、自分に、幸せを求めるよう指示しました。なんでもない日常、それこそが、幸せであると」
「我が喜びとは主の喜び。主が支配を求めるのであれば支配を、破壊を求めるのであれば破壊を献上することこそが、我が喜び」
「盲目ではありませんか」
「なんとでも。我々は今までも、そしてこれからも、これでよいのです」
 音もなく立ち去る執事の男に、ミレイは首を傾げた。
「……難しいものですね、命とは」

◇ ◇ ◇


 昼前に勝負が終わった関係で、昼過ぎにはシャルロットも不夜城に到着していた。
 不夜城の客間、天蓋のついた豪奢なベッドに寝かされていたミカエラ。その前に、エルフの少女が立つ。
 部屋の隅には、ノーネームの面々も揃っていた。
「もう、ねぼすけ」
 ブレンから薬を渡されたシャルロットは、ベッドの上に乗っかり、従者の口元に薬を垂らす。
 液体が口の中に吸い込まれ、
「んっ……」
 効果はてきめんだった。ゆっくりと、ミカエラは瞼を持ち上げる。
「ここ、は?」
「おはよう、ミカエラ」
「シャル様……? これは、失礼しました」
 起きあがったミカエラは、周囲を見渡す。
「あの、シャル様。ここはどこでしょう? 私は……、そう、確か偵察を? それに、彼らは、ノーネームでは?」
「いっぺんに聞かないで。それよりも」
「あら」
 ぎゅっ、とミカエラを抱きしめ、シャルロットは言う。
「おかえり、ミカエラ」
「どうされましたか、シャル様。甘えん坊に戻りましたか」
「るさいわね昔のこと話さないで」
「いいじゃないですか」
 シャルロットの頭をなでてやりながら、ミカエラは黒崎を見やる。
「何やら経緯はわかりませんが、世話になったようですね」
「僕らは、たいしたことは。自分たちのためにしたことだ」
「そうですか。ですが、エルフは義に厚い種族。恩は返します」
「そうか、それじゃあ楽しみにしている」
 行こう、と皆を促し、黒崎は部屋を出た。まっさきに出た黒崎を追いかけるように、仲間たちも部屋を出て行く。
 ベッドの上に残ったシャルロットとミカエラは、いつまでも抱き合っていた。

◇ ◇ ◇


 廊下を歩くノーネームの面々。
 サキは、先頭を歩く黒崎に問いかける。
「よかったのかの」
「よかった、とは?」
「今回の礼として、ユグヴァールを吸収してもよかったであろう」
「それは……、考えなかったな」
「嘘をつけ。じゃが、そう言わなかったのは、なんぞ理由があるのか」
 サキの問いに、黒崎は苦笑する。
「だって、それは誠実じゃないだろう。相手の弱みにつけこんでいる」
「勝負など、そういうものであろう」
「勝負は大事だ。けど、この大会は、僕という人間が、全員に認められるための大会でもある。僕を認めてもらったわけじゃないのに、成果だけ得るのは、不公平だ」
「……バカじゃのぅ、お主」
 笑ったサキ。と、その足が止まる。
「黒崎。客人じゃぞ」
 全員が足を止めた。振り返ると、不夜帝国の四人が揃っていた。
「ヴァルト……」
「――今回、確かに貴様らに負けた。だが、我は貴様など認めんぞ」
「結構だ。認めさせてみせる」
「たいそうな口をきくな」
 ふん、と鼻を鳴らすヴァルト。と、後ろに立つフツノミタマノツルギが続ける。
「ヴァルト。素直に負けを認めたらどうだ。お前が言ったんだろう、薬だけ隠しておけば負けはしないだろう、と」
「ぬぐっ」
「全て貴様の、見通しの甘さが招いた敗北ではないか。一騎当千の兵を三人も連れたからといって、努力を軽んじた。相手の戦力をよくよく考察すれば、薬の探索も可能とわかったはずだ」
「うるさいっ! 貴様、我の親か!」
「マックスは言わないだろうからな」
「はて。私もヴァルト様とは血縁にありませんが」
「そんなもの、皆そうだろう」
 フツは視線を変え、
「我らの生まれた世界――幻魔界とは、お前たち人間の信仰と思想によって成り立つ世界だ」
「……信仰と思想、とは?」
「お前たちが巨大な生物を妄想することでアトラスが生まれ、刃を信仰することで私が生まれた。同様、ヴァルトが生まれたのは、死者や死というものに対する恐怖だ。死者が蘇り、血を吸う魔物となる。そんな信仰から、吸血鬼という存在が生まれた」
「そんな世界が……、あるのか」
「お前たちは知らぬだろうがな。だから、我々に親はない。ただ、信仰の強さによってのみ、力の強さが決まる。ヴァルトの持つ力は、それだけ死が恐れられた証だ」
 なるほど、だからヴァルトが主なのか。
 死という、誰もが一度は恐れる存在。その具現化した存在が、ヴァルトというわけか。
「ゆえにこそ、我々は人間にかなわなかったのかもしれんがな。力はあれど、戦いもなければ、その使い方も知らぬ。そんなところだったんだろう。まあ、どの道、お前の勝ちは揺るがないのだ。胸を張るといい、黒崎」
「ふん! 我は貴様の命令など聞かないからな! 絶対だ!」
「ヴァルト。子供ではないのだから」
「いいや、ヴァルトが正しいぜ! 俺も絶対に聞かねー!」
「アトラ。お前は脳みそまで筋肉しかないのだから人の話くらい聞け」
 どすどすと床を踏み鳴らし、立ち去ってしまうヴァルトとアトラス。マックスはその後をしずしずと続き、残ったフツは嘆息した。
「まあ……、これからは、お前が我ら幻魔を率いるのだ。覚悟するといい、あいつらは本当に人の話を聞かないぞ」
「……肝に銘じておくよ」
「ではな」
 軽く手をあげ、立ち去るフツノミタマノツルギ。
 そんな彼らを見送り、サキは苦笑を浮かべた。
「何やら、チンドン屋みたいな連中じゃの」
「意外と、面白い方たちですね」
「愉快といえば愉快な連中だが……、けど、本当に強いんだよなぁ」
「ユーモア。学習します」
「がるっ」
 こちらも十分、ユニークなメンバーだろう。
 そんなことを思いながら、黒崎もまた、苦笑を浮かべる。
「さあ、帰って、食事にしよう」
 食べて、とにかく寝たい。
 今は、そのくらいしか考えられなかった。