「クロさん。お手紙が来ていますよ」
 アンナがそんなことを言いながら一通の封書を持ってきたのは、不夜帝国戦から三日後のことだった。
 中庭で日向ぼっこをしながらボーっとしていた黒崎は、封書を受け取った。
 受け取った封書にはロウで封印が施されている。アンナが差し出してくれたナイフで切り開くと、中から流麗な文字で書かれた手紙が出てきた。
 どう見ても日本語ではない。普通ならば読めないだろうが、これもネックレスの力なのか、普通に読むことができた。

『拝啓、クロサキ殿。
 貴殿に勝負を申し込みます。勝負方法はそちらで決定して頂いて構いません。
 本日夕刻。里にてお待ちしております。

 シャルロット・ユグヴァール・エリュアール』

 短い文面だった。だが、これがエルフなりの義、というものなのだろう。
 ようやく、彼女たちを勝負の土台に引き込むことに成功したのだ。
「勝負、ですか」
 アンナの顔にも緊張が走る。
「エルフは強いですよ」
「ああ。わかってる」
 ヴァルトはミカエラを捕虜にできたが、あれは不意打ちのようなものだと聞いた。ガチで戦えば、必勝とは言えない。
 勝負方法はこちらにゆだねるというのも、自信の表れなのだろう。どんな勝負でも勝つ自信があり、それだけの層があるということ。
 もちろん、こちらもガチバトルならば、簡単には負けないだろう。圧倒的戦闘力を持つアンドロイドや、魔王すら凌駕する勇者、巨人も圧倒できるほどの鬼など。協力してくれるメンバーもいる。
 だが。
「……何か、違う気がする」
 そう、勝てばいい、というものではない気がするのだ。それは、先日の不夜帝国戦でも思った。
 相手にただ勝つだけでは、相手を屈服させたとは言えない。どんな相手からも認められるようになるためには、それこそ相手の土台に立って、そのうえで勝つくらいのことができなければ。
 だが、そんな勝負方法など――。
「……そうか」
 ふと思いつく。そう、それならば、たとえ負けたとしても、自分は納得できる。
 そこで、黒崎は顔を上げた。
「少し、思いついたことがあるんだが」
「はい、なんでしょう」
 黒崎が勝負方法を説明すると、アンナは目を丸くした。
「それは、また……。独創的ですね」
「だが、これに勝てば、きっと彼女たちも認めてくれる気がするんだ」
「それは、ええ、そうだと思います。でも、その方法ですと、必勝とはいかないですよね?」
「そう、それが問題でもある」
 この方法、勝てば彼女たちも認めてくれるとは思う。だが、負ける可能性も高い。というか、普通に考えれば、負ける確率のほうが高いかもしれない。
 そんな、分の悪い賭け。最初の戦いならば、負けるのは自分だけだった。だが、今は違う。負ければ、仲間たちの命運すら左右しかねないのだ。
 だからこそ迷う黒崎。そんな黒崎の手を、アンナは握る。
「でも、いいと思います。それでいきましょう」
「……だが、負けたら」
「大丈夫です。黒崎さんは勝ちます。それに、黒崎さんが努力して、それで負けたとしても、怒るような仲間はいません」
「アンナ……」
「一番最初の仲間である私が保障するんです。信じてください」
 アンナの言葉に、黒崎は苦笑すると、小さく頷いた。

◇ ◇ ◇


 エルフの里がある森を訪れると、ミカエラが待ってくれていた。
「ようこそいらっしゃいました。先日は、大変お世話になりました」
 頭を下げるエルフに、黒崎もまた、頭を下げる。
 黒崎の後ろには、仲間たちもついて来ていた。アンナ、ブレン氏、ライル、ミレイ。サキは家でゲームをしているから来なかった。ヴァルトたちにも声をかけたが、
『エルフを襲った我らを連れてどうする』
 と一蹴された。あれはあれで、ヴァルトなりの優しさなのかもしれない。
 頭をあげたミカエラは、ぱちんと指を鳴らした。すると、空間が揺らぎ、裂ける。その向こう側に、いつぞやのエルフの里が覗いていた。
 五人で揃って裂け目を通ると、自動的に閉鎖される。里の中心、広場のような場所では、小柄なエルフの少女が待っていた。
 少女の背後にはエルフの兵士たち。弓やナイフで武装した彼らは、総勢二十人以上はいるか。きっと、どの人も自分よりは強いだろう。黒崎は、そんなことを思う。
 だが、そんなものは、今さらだ。
「よく来たわね、人間。この間は世話になったけど、勝負は別よ」
「もちろんだ」
「たいした自信ね。それで? 勝負方法は決めてきた? 言っておくけれど。どんな勝負でも、私たちユグヴァールの民は負けやしないわ」
「そうかもしれないな」
 頷いた黒崎は、後ろからついてきたミカエラを見やる。
「勝負に参加するのは、僕と、ミカエラさん。それでどうだろう」
「はい? わたくしですか?」
 きょとんとするミカエラ。それはそうだろう。わざわざ彼女を指名する理由はない。
 シャルロットは、はん、と鼻を鳴らす。
「言っておくけれど、ミカエラはユグヴァールの中でも最も優秀なエルフよ。ミカエラにできないことはないわ」
「お褒めに預かり光栄です、シャル様」
 恭しく一礼するミカエラ。そんな彼女に、黒崎は勝負を申し込む。
「勝負方法は……、シャルロットを笑わせた方が勝ち、で」
「はぁ!?」
 あらかじめ勝負方法を聞いていたノーネームの面々は驚かない。だが、エルフたちの動揺は激しかった。
「あ、あんた正気!? そんなの、私のさじ加減ひとつじゃない! あんたのジョークで笑わなければいいだけでしょう!?」
「だが。これに勝てば、君たちは僕を認めざるをえない。だろう?」
「……狂ってるわ」
 震えるシャルロットに対し、ミカエラは目を細め、じっと黒崎を見つめる。
「では、勝負方法は、シャル様を笑わせた者の勝利。よろしいですね?」
「ええ」
 頷く黒崎に、ミカエラはにこりと返す。
「素晴らしいですわ、クロサキ様。では、先攻後攻は、どうやって?」
「それは……、考えてなかったな」
「では、コイントスではいかがでしょう」
 ミカエラが取り出したのは、町でも使える金貨だった。表面に女性の絵が、裏面に太陽が描かれている。
「では、僕は太陽の面で」
「それでは、わたくしは顔の面で。では、参ります」
 ピン、とコインを弾く。くるくると回転したコインはミカエラの手に収まり、
「表。わたくしの先攻です」
 手の甲に乗ったコインを見せてきた。黒崎は頷き返す。
「いいわよミカエラ! さっさと決めなさい!」
 きゃんきゃん騒ぐ主の前に、従者は立つ。
 小さな主を見下ろし、
「シャル様。シャル様は、人間をどう思ってらっしゃいますか」
「……何よ、いきなり改まって。人間なんて根絶やしにすべきだわ」
「本当に、そう思ってらっしゃいますか」
「何が言いたいの」
 じろりと見上げるシャルロットに、ミカエラは続ける。
「クロサキ様は人間です。ですが、吸血鬼に拉致されたわたくしを助けるべく、尽力してくださいました」
「それが何よ。人間にも良い奴はいるって? そのくらい、知っているわ。けど、それ以上に! 私たちが受けた傷は癒えない!」
「そうですね。エルフの負った傷は、きっとどうやっても癒すことなどできないでしょう。人間は、あがなうことのできない罪科を背負ったのです」
「そうよ! だからこそ、根絶やしにするしかないの! 人間なんて、ただの一人も生かしてはいけないの! 生き残れは、奴らはまた増える! そして、また同じ悲劇が起きるのよ!!」
「そうですね。人間は、きっと何度でも間違えることでしょう。何故ならば、彼らは短命種だから。親の過ちを子は知りません。それは、きっと何度でも繰り返されていく」
「そうよ! だから、私は間違ってなんかいないの!」
「ですが……、人間を駆逐したその先で。果たして、シャル様は笑ってくださるでしょうか」
「当然よ!!」
 憤る主の前で、従者は首を横に振る。
「わたくしの知るシャル様は、とてもお優しい方です。戦争が始まってからというもの、シャル様が笑うことは、少なくなりました。人間の放つ怨嗟の声を耳にするたびに」
「そんなことないッ!」
「わたくしは知っていますわ。夜、眠るたび、シャル様が悪夢に苛まれていることを。人間の放った恨みつらみに、縛られているということを」
「それはッ! ……そんな、こと」
「わたくしに、シャル様の持つ人間への恨みを晴らすことはできません。同様、シャル様に本当の笑顔を取り戻すことも、きっとわたくしにはできないのです。わたくしもまたエルフ。人間を憎まぬわけではありません」
 そこで、ミカエラは言葉を切り、こちらを向く。
「彼は、不思議な人間でした。少なくても、あの商人のような、わたくしたちを商品としか見ない男とは違う」
「そんなの、そんなの今だけよ。力がないからよ。私たちを好き勝手にできるようになれば、きっとあいつも、私たちを慰み者にするわ」
「そんな方が、果たして、あんな分の悪い勝負を挑むでしょうか。吸血鬼たちはそうしませんでしたが、わたくしを盾にすれば、きっともっと不利になったことでしょう」
「……」
「手も足も出なくなる可能性もあった。なのに、彼らは挑んだのです。わたくしを、あなたを救う、ただそれだけのために」
 もはや、シャルロットは口を開くこともできなかった。ただ、ミカエラをじっと見上げる。
「わたくしには未来が見えるのです。彼ならば、シャル様の、本当の笑顔も取り戻せると。その時こそ、彼らの勝利だと言えるかと思います」
 一礼し、ミカエラは黒崎を見返す。
「わたくしのターンはここまで。あなたにターンをお譲りします」
「――いいんですか?」
「ええ。わたくしたちは、かくあるべきだと思うのです」
「わかりました」
 黒崎は小さく頷くと、シャルロットの前に立つ。腰をかがめると、うつむく少女と高さを合わせた。
「僕を、信じてくれないか」
 しばし俯いていたシャルロットは、やがて、ゆっくりと顔を上げた。
 その顔に浮かんでいたのは、不敵な笑み。
「ミカエラは、私が最も信頼する部下なの」
「ああ」
「部下の見た未来。私に、見せてみなさい」
「ああ。任せてくれ」
 力強く頷くと、くすりと笑いながら、シャルロットが手を差し出してきた。
 その手を握る。
 ここに、ノーネームの勝利が確定した。