「マスター!」
 窓から飛び込んできたのは、スラスターを全開まで開いたミレイ。遅れて、どう入って来たのか不明だが、不夜帝国の四人が飛び込む。
「どうした人間。死にそうではないか」
「死んだらちょうどヴァルト様の配下にできますね」
「よいよい。だが、使い道はなさそうだな」
 にやりと犬歯をむき出しにして笑う吸血鬼。そのかたわらでは、従者が油断なく構えている。ミレイなど、最初から銃口をルナから離さない。 
 一方で、フツノミタマノツルギは刀を正眼に構えており、アトラスは巨大化した拳を握りしめている。
「こっちもいるぞ!」
 今度は反対側。部屋の入口が吹き飛び、数名が飛び込む。
 勇者ライル、獄卒サキ。それに、エルフのシャルロット姫に、メイドのミカエラ。少しだけ遅れて、獣人のアンナとブレン。
 こちらもめいめい完全武装のうえ、ルナの隙を伺っている。
「ふうん」
 数だけは揃っている。だが、たいしたものではない。
 窓側には不夜帝国組も含めて揃っているが、ミレイもフツノミタマノツルギも痛んでいる。
 反対側、扉前に立つメンバーも、ユグヴァールの二人は元気だが、ライルもサキも、先ほどルナに投げられている。遠慮容赦のない攻撃だ、ノーダメージなはずがない。
 言うなれば、戦力も半分はボロボロの状態で来ているのだ。先ほどと状況は何も変わらない。
 ――いや。
「来た、だと?」
 そう、彼らはここに揃っているのだ。
 ルナの攻撃は容赦などない。普通の人間なら破裂したっておかしくないくらいの衝撃を与えられているのだ。
 当然、無事なはずがない。なのに、どうしてここに来れた?
「オマエたち、医療術師でもいるの?」
「ミカエラの治癒術は完璧よ!」
 ばん、と胸を張る小さな主。
 エルフの治療術で? ――違う。
 ルナは手加減などしていない。いかにエルフが莫大な魔力を持つ魔法に優れた種族だとはいっても、こんな短時間で回復しきれるはずがない。
 そう、彼らは回復などしていないのだ。おそらくは、ここまで走る体力を戻しただけのこと。
 それだけの状態、来れば今度こそ殺されるかもしれないのに、やって来た。
「ようよう気づいたかの」
 その事実に、ルナは戦慄する。
「バカ、じゃないの? お前たち?」
「うむ。バカじゃな。じゃが、見捨てることなど、できはせん!」
 ぐっ、とサキは拳を握る。
「ク、クロさんを返してください!」
「勇者として……、友に振るわれる非道の数々! 見捨てられるか!」
「マスターは殺させません」
「まだよ! その男には、エルフを笑顔にしてもらわなきゃいけないのよ!」
「シャル様のお気に入りですので、簡単に壊してもらっては困りますゆえ」
「我らを下した男よ……、そうそうやらせるわけにはいかぬだろう」
「ヴァルト様の御命令とあれば」
「だいたいテメエ、猫かぶりやがって! 気に入らねえな!」
「この命、まだ燃えているぞ」
 ずらりと並ぶ面々。
 全員、勝ち目などないことは理解しているはずだ。ここに来れば、死ぬことも。大会のルールの外側。本当の意味で、確実に殺される。
 なのに――やって来た。
 自殺願望と言うにすら生ぬるい。それは、そこにあるのは、
「信頼、だとでも……、言うつもりか」
 仲間を助けたい。ただ、それだけのために。
 それは、ルナがはるか昔に捨てたはずのもので。
「うっ、ぐぅ……!!」
 彼女が、望んでも手に入れられなかった類のもので。
「うぅぅぅぅ……!! うるさああああああああああああああい!!」
 感情が爆発した。
「ふざけるなよ! ふざけるな! そうだよ、お前たちも、お前たちが見た景色も! 全部ぜんぶ、ぶっ壊してやる!!」
 ルナは足を持ち上げると、そのまま思い切り床を踏み抜いた。
 床の石が砕かれ、階下があらわになる。その隙間に、ルナは自分の体を滑り込ませた。
「逃げた、か」
 もっと激戦になることを予想していたノーネームからすれば、むしろ拍子抜けだった。 その中でも、アンナが飛び出し、黒崎の体を抱き留める。
「クロさん、大丈夫ですか? ああ、ひどい怪我を」
「ミカエラ、すぐ治癒を!」
「はい、お任せください」
 メイドが近づき、何やらぶつぶつと唱えると、黒崎の体が青白い光で包まれた。
「くっ……!」
 苦しみながらも、目を開く。
「みん、な。どうして?」
 仲間たちの顔を見て、黒崎はつぶやく。そんな黒崎に、仲間たちは言う。
「何を言っているんですか。当然のことでしょう」
「そうさ。大丈夫か、クロサキ?」
「ぜんぜん大丈夫には見えませんが」
「確かに愚問ではあるな」
「何を言っているのだ。死んでいないのだから無事だろう」
「吸血鬼なんぞと一緒にするな。それよりも、何故、と問うたな。黒崎」
 ずい、と閻魔が顔を寄せる。
「黒崎。おんしはわしに言うたな。わしを信じる者の数が、わしが生きた証だと。その言葉、そっくりそのまま、おんしに返そう」
 サキは両手を広げ、
「見えるか? 今ここにいる者の数こそが、おんしが正しく生きた証じゃ! 胸を張るのじゃ、黒崎! おんしは、立派な主じゃぞ!」
「……立派な、主」
 自分が?
 自分が。
「…………」
 そんなことはない、と声高に叫びたい。
 だが、事実は事実として、受け止めねばならないだろう。
 呼んだわけでもないのに、自分が危機だと知っただけで、これだけの仲間が集まってくれたのだ。自分たちを信じてくれていないはずの、ヴァルトたちまでもが。
 それが、その事実こそが、自分が生きてきた証。
「っぅ!」
 腕の痛みはだいぶ引いていた。立ち上がろうとすると、くらりと揺れたが、二本の足で立つことができた。
「クロさん、無理しちゃ……」
「いや、今、無理しなきゃ、ダメなんだ」
 床に空いた穴を見つめる。
 自分にしか伝えられないことがある。
 これだけの仲間に支えられている、自分でなければ。
「追いかけよう、ルナを。彼女を、止めるんだ」
「止めるって、何を? それに、どこに?」
「それは……」
 言葉に詰まった黒崎。するとそこに、壊れた扉の向こうから声が届く。
「地下ですよ」
 振り返る。いつぞやの受付嬢が、真剣な顔で立っていた。
「センタービルの地下には、幽世のあらゆるフィールドを繋いでいる『鎖』があります。ルナちゃんは、それを砕くつもりです」
「砕かれると、どうなる」
「それぞれのフィールドはバラバラになります。境目はちぎれ、浮いた空間から、次元のはざまに飲まれる者も出ることでしょう」
「……君は、それを知っていても、何もしないのか」
「そういう約束ですから。なので、止められるのは、あなたしかいません。黒崎さん」
 受付嬢の言葉に、黒崎は小さく頷く。
「わかっている」