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ケモノ耳の少女と連れ立ち、黒崎はアパートの裏手にまわった。 そこにはうっそうとした森が広がっている。森林エリア、というやつだろう。 「お兄ちゃん、今朝、鳥さんと喧嘩しちゃって。そのまま連れ去られちゃったんです」 「鳥と、喧嘩」 何を言っているのかわからないが、まあ、いちいち突っ込んでも仕方ないだろう。 「それで?」 「ですから、お兄ちゃんを連れ戻しに行きたいんですけど……」 「……勝手に帰ってくるのでは?」 「鳥さんと喧嘩して、降りられないところに連れていかれてたら困りますし……」 獣人が降りられないところなら、自分が行ってもどうにもならないのでは。 それに面倒ごとには付き合いたくないというのが本音でもある。そうでなくても初対面の相手、しかも女の子に頼みごとをされるなど、今までの人生ではほとんどなかった。せいぜい、中学の頃、女子の代わりに掃除をしたくらいだ(あれは週に1回くらいあった)。 とはいえ、断るのもできない。そんな優柔不断。 「じゃあ、行きましょう!」 「あ、はい」 手を引かれるまま、森の中に分け入る。 右も左も大差のない、深い森。どこに何があるかなど、さっぱりわからない。 「お兄さんがどこにいるのか、わかるのか?」 「はい、匂いで……。あ、こっちですね!」 少女に引かれるままついて行くと、開けた場所に出た。 高校の校庭くらいある、開けたスペース。その中心に大きな樹が一本、そそり立っている。 その、上の方。 「がるるるるっ!」 「くけぇぇぇぇぇぇ!!」 鳥と狼が喧嘩していた。 樹の太い枝に乗っかった狼と、鷹だか鷲だか、そんなような鳥が喧嘩している。ばっさばっさと鳥が羽ばたきながら威嚇し、狼は狼で唸りながら毛を逆立てていた。 「あ、お兄ちゃん!」 「……あれが?」 なるほど、確かに降りられないといえば降りられないだろう。喧嘩をやめない限り。 ――で、自分にどうしろと言うのか。 「お兄ちゃーん! 喧嘩はやめなさーい!!」 隣の少女が叫ぶが、狼氏はまったく聞く耳を持たない。動物的に聞こえないわけではないだろうから、それだけ鳥に怒り心頭というわけだろう。 とはいえ、ならばどうすべきか。 「ふむ」 まずはお互い、冷静になるべきだろう。そして、喧嘩の原因を探る。 「……彼らは、何故喧嘩を?」 「あ、はい。お兄ちゃんが今朝、狩りをしてきたんですけど。どうもそこが鳥さんの縄張りだったみたいで……。縄張りに入ったこと、凄く怒っているみたいなんです」 「それだけで?」 果たしてそれだけで、連れ去るほど怒るだろうか。 普通、獣であれば、もちろん縄張りに入ることは怒るが……、出て行けば捨て置くはず。縄張りを守ることこそが目的であり、あえて縄張りの中に敵を入れることはしない。 アパートが縄張りの中というのであれば納得できるが、それなら自分や、この獣人の少女も怒られているはず。 つまり、何か別のものが怒りの原因。 黒崎は少女を見やり、 「今朝。お兄さんは、狩りで、何を持ってきた?」 「何って、えっと、野兎を二羽ばかり、ですけど」 「それ以外は?」 「それ以外?」 きょとんとした少女は、ああ、と手を叩く。 「そういえば、こんなのも持っていました」 少女がポケットから出したのは、きらきらと光るコイン。運営が渡してくれた金貨などとは違い、どこか偽物っぽい輝きがある。 「もしかして、それかもしれない。貸してくれるか?」 「え? はい、どうぞ」 コインを受け取った黒崎は、樹に近づく。 ばっさばっさしている鳥を見上げると、 「おーい! 探し物は、これか!?」 黒崎がコインを掲げると、鳥はギロリとこちらを向いた。続き、 「けえええええええ!!」 「うわっ!?」 ものすごい勢いで飛び降りてくる。思わずしりもちをつく黒崎だったが、手だけは上げていた。 すると、そのまま黒崎の手先から器用にコインだけをかっさらい、鳥はいずこかへと飛び去ってしまった。 「……なるほど、これで正解、か」 あのコインが何なのかは分からないが、鳥にとっては、とても大事なものだったのだろう。 大切なものを奪われたから怒る。当然のことだ。 「あ、お兄ちゃん!」 見上げると、狼氏が枝から枝に飛び移り、降りてきていた。 すたっ、と自分の横に飛び降りると、 「がるっ」 「……はい?」 思わず返事をしてしまったが、狼氏が何を言いたいのか分からない。困って、獣人の少女を見上げると、くすくすと笑っていた。 「お兄ちゃんが、褒めてつかわす、ですって」 「あ、はい。ありがとうございます」 「いいんですよ、怒っても? お兄ちゃん、態度が尊大だから」 「がるっ!」 お怒り気味の狼氏をこれ以上、怒らせても仕方ない。 立ち上がり、尻をはたく。そこで、ふと思い出す。 「……このネックレスは。言語を変換するのでは」 「話した言葉が相手に伝わるように変換されるんですよ。だけど、お兄ちゃん、首に何かあるのは嫌がるので」 なるほど。首輪を嫌う猫みたいなものか。 「改めて、ありがとうございました。そういえば、まだ名前も名乗っていませんでしたね。私はアンナ・ベルベットといいます。こっちは兄で、ブレン・ベルベット」 「黒崎誠一と、いいます」 「クロサキ……、クロさんですね。よろしくお願いします!」 「……」 訂正するのも野暮なのでやめておいた。だいたいめんどくさい。 アンナ・ベルベットと名乗った少女は、くりくりとした目が、どこか幼い感じに見えた。なんとなく、実家に置いてきた妹を思い起こさせる。 ブレン・ベルベットというお兄さんは、どう見ても狼だった。ただし大きさは尋常ではなく、黒崎がまたがることすらできそうだ。 「君たちが、兄妹? なのか?」 「はい。私、半獣人なんです。お父さんは魔狼なんですけど、お母さんは人間で。お兄ちゃんはお父さんに似ていて、私はお母さん似なんです」 「半獣人」 狼と結婚した人間の女性。 一瞬、不埒なことを考えそうになったが、黒崎は慌ててかぶりをふった。人様の事情だ。あまり突っ込むのも良くない。 「あのアパートに住んでいるんです。クロさんも、あのアパートに?」 隣人だったか。黒崎は頭を下げ、 「それは。ご挨拶が、遅れました」 「あ、いえ。そういう意味では。それに、助けてもらったのはこちらですし。私じゃ、鳥さんがなんで怒っているのか、きっとわからないままだったと思います。あの鳥さん、怒り過ぎて、何を言ってるのかわかりませんでしたし」 「……? じゃあ、怒っていなければ、会話も?」 「はい。私、動物さんとお話するのが得意なんです」 なるほど、獣と通訳できる能力か。ネックレスなしで相手の言葉を理解できるのは強みになるかもしれない。特に、野生の動物に、いちいちネックレスをかけさせるわけにもいかないだろう。 野生の動物とコミュニケーションしなければいけないかどうかはともかく。何もできない自分などよりはよほど良い。 「……あの。どうして、大会に?」 ふと、黒崎はそんなことを聞いた。 見た目通りの礼儀正しい子。言い換えれば、なんでもありのヤクザな大会には、あまりふさわしくないようにも見えた。 すると、アンナは頭の上の耳をぺたんと伏せさせる。 「えっと、私の住んでいる森が、ちょっと困ったことになっていて。それで、優勝すれば、なんとかなるかなー、なんて」 「困ったこと?」 言いよどむアンナ。しばらく待っていると、ようよう口を開いた。 「開発が進んでいるんです。人間の」 「……」 だから言いにくそうだったのか。自分が、人間だから。 「別に、クロさんが悪いなんて思っていませんよ? 人間が嫌いってわけでもないんです。ただ、事実として、というか。人間が作る町って、どうしても私たちには住みにくいんです。私は、ほら、こうして人間と変わらない形なので、生活もできますけど。お兄ちゃんだと、扉も開けられませんから」 「なるほど」 「それに、人間は路地を踏み固めます。馬車なんかが通りやすいように、ですね。それが、私たちにはなじまなくて。やっぱり、柔らかい土の上を走りたいですもの」 「それは……、仕方ありませんね」 言うなれば、生活習慣の違いだ。人間の生活と、動物の生活は、どう見ても異なる。日本でだって、バリアフリーと言われるようになったのは、つい最近のこと。言うなれば、彼女たちの世界でのバリアフリーは、まだ進んでいないということなのだろう。 「だから、大会に参加して、力が手に入れば……、人間と獣人が、それぞれ生活圏を分けるようなルール造りをできるかなって。お兄ちゃんは人間なんて滅ぼしちゃえなんて言うんですけど、私、そういうのは嫌だから……」 「がるっ」 ブレン氏が吼える。 だが、ブレン氏の言い分もわからないでもない。戦争は、結局のところ、衣食住が満たされないから起きるのだ。満ち足りていれば、誰だって争いなんかしない。 「なら」 口は、自然に開いていた。 「僕が、その世界、作ります」 「……あなたが?」 きょとんとするアンナ。だが、黒崎は、当たり前のように言っていた。 「誰かが、困るのでもなく。誰かが、嫌な思いをするでもなく。みんなが、納得するような世界設計は……、誰がか、すべきだと」 言いながら、何を偉そうなことを、と思う自分がいる。 今まで何もなしてこなかった。何もできなかった。そんな自分に、何ができるのか。 わからない。だけど、自分が神様になったら、どんな世界を作りたいか。それは、漠然とイメージできていた。 誰かが泣いている姿は見たくない。それは、獣人といえど同じ。 争いは嫌いだ。ならば、そうしないで済む世界は、自分も見たい。 じっと黒崎を見つめていたアンナは、やがて、口元を緩めた。 「ふふ、面白い人ですね。面と向かって、自分が世界を作る、なんて言った人、初めて会いました」 それはそうだろう。ただの危ない人ではないか。 内心で冷汗をかきながらも、それが顔に出ない鉄面皮を、これほど喜ばしく思ったことはない。 「……そうですね、クロさんは親切な方です。見ず知らずの私のために力を貸してくれたり。私も、クロさんなら信頼できる気がします」 「そう、ですか」 「ええ。どこか、お兄ちゃんに似ていますし」 「がるっ!!」 「もう、怒らないで、お兄ちゃん」 ブレン氏と自分のどこが似ているのかはわからなかったが、まあ、納得してもらえたなら、それでいいのだろう。 「えっと。じゃあ、私を、あなたのレギオンに入れてもらえませんか?」 「僕、の?」 「はい。私、リーダーって柄じゃないですし。でもお兄ちゃんは、私がやるって言ったことだから、私がリーダーだろうって。それはそうなんですけど、やっぱり向き不向きというか。見知らぬ相手に優しくできるクロさんだったら、信頼できる気がするんです。ケモノの勘、ってやつですね」 「それは……、まあ、こちらこそ」 ケモノの勘はわからなかったが、仲間が増えるなら、こんなに頼もしいことはない。 黒崎とアンナは、そっと、握手を交わした。 |