ブレン氏を連れてアパートに戻ると、ふと、アンナが首をかしげた。
「そういえばクロさん、お食事はどうされましたか?」
「……まだ」
 というか、起き抜けだった。すると、アンナが袋を掲げた。
「じゃあ、私が持ち込んだ食料、少し食べませんか?」
 断る理由もない。
 アンナと、影のように付き添うブレン氏を室内にあげる。アンナの持ち込んだ食料というのは、木の実に乾燥肉だった。
 文明の利器が苦手というアンナの代わりに乾燥肉を炙り、三人で食べる。思えば、誰かと食事をするのも久しぶりのことだ。
「それで、クロさん。これからどうしますか?」
 食事を終えると、アンナはちょこんと小首をかしげた。頭の上で耳がぴこぴこと揺れる。
「その、前に。確認したいことが」
「はい、なんでしょう」
「君たちの、得意なことは」
 勝負というのは、自分の特技を押し通すものだ。
 その点、自分には何の特技もないので、悩む要素はない。むしろ、アンナたちが頼りなのだ。
「そうですね……。お兄ちゃんは魔獣と近い能力があるので、身体能力は人間よりはるかに上です。匂いで敵を探したり、食べ物を見つけたりするのも得意ですよ。私は人型なので、そこまでではありませんが。あとは、さっきも言いましたが、動物との通訳もできます」
「なるほど」
「……やっぱり、私たちだと、足手まといですか?」
「そんな、ことは」
「けど、私たち、戦いは苦手ですし……。勝負して勝つなんて、できるかどうか」
「戦いは、関係ない」
「えっ? だって、勝ち続けなきゃいけないんじゃ」
「もちろん、勝負に負けてはいけない。けれど、戦闘でなければいけない……、というルールでもない。
 殺しはご法度というルールもある通り、直接的な戦闘以外の方法で勝敗を決めてもいいんだ。そうして、最後に他の全員を自軍のレギオンに入れること。それが全てだ。
 僕と、君たちが会って、共同戦線を張ったように……、協力してくれる人を探そう」
「なるほど! その手がありましたね!」
 そう、この大会の肝は、自分という存在を他人に認めさせること。重要なのは勝負で勝つことではない。というか、それは最後の手段であって、基本的には交渉で進めていくべきだろう。そうでなければ、自分たちが勝てる見込みはない。
「まずは、そういう方針で」
「はい!」
 にこやかに笑うアンナ。この笑顔を見られただけでも、彼女を仲間にした意味があったような気がした。

◇ ◇ ◇


 街を歩くと、あちらこちらで参加者らしい人の姿を見かける。
 いや、人というのは語弊があるか。形だけならば人だが、アンナよりもケモノっぽい獣人の類や、悪魔っぽい羽を持った存在もいる。
「やっぱりこの町はいろんな人がいて面白いですね」
「……まあ」
 普通の人間しか見たことのない自分にとっては、普通ではない存在というのは面食らうが。いや、彼らからすればあれが普通なのだから、自分の方がおかしいのだろう。
 そんなことを思いながら歩いて行く。
「ところで、どこに行くんですか?」
「センタービルに」
 センタービルは仕事をあっせんしていると受付嬢も言っていた。どんな世界でも、仕事のある場所に人も集まるものだ。
 まずはたくさんの参加者、その中で、自分たちと理念を共有できる人を探す。とはいえ、黒崎に理念などあってないに等しいから、実質的にはアンナの願い――自然を残したいという要求を叶えてくれそうな人、ということになるが。
 そうしてセンタービルの近くまで来ると、
「そこ行く君たち! ちょっと待ちたまえ!!」
 張りのある声に、黒崎は思わず足を止めた。見れば、奇怪なポーズをした青年がビシッと指を突き付けていた。
 黒崎はまじまじと青年を見つめる。青い上着に、金色のサークレット。腰には剣を下げ、背中にひらめく黒色マント。
 これは誰がどう見ても――
「勇者」
「おお!? そうか、俺のことを知っていたか! その通り、俺の名前は勇者ライル!! 聖剣の勇者ライルだ!!」
「お知り合いですか?」
「いや」
 自分の知り合いに、こういうテンションの人はいない。というか、こんな人が日本の往来を歩いていたら通報ものだろう。
「俺のことを知っているなら話は早い、どうだい、君たち! 俺の仲間にならないか!?」
「……君の?」
「そうさ! 俺は、自分で言うのもなんだが、とてつもなく強い! あの魔王とて、俺にはかなわなかったほどさ! そんな俺は優勝候補だ! 乗るなら今のうちだぜ!?」
「優勝候補」
 まさか自分でそんなことを言うやつがいるとは思わなかった。
 だがまあ、あながち嘘と言う訳でもあるまい。袖から覗く腕には一朝一夕では身につかない筋肉が垣間見えるし、腰の剣だって伊達や酔狂で持ち歩いているわけではないだろう。
 だが、問題はそこではない。
「君は……、優勝して。何を願う?」
「俺の願いか? 決まっているさ、世界の悪を根絶すること! それこそが俺の目標だ!」
「世界の悪、とは」
「わかっているだろう? 魔物や野盗、悪鬼羅刹! そういう連中のことさ」
「……駆逐、とは」
「話せばわかるならそれでもいいが、たいがいそういう連中は話を聞かない。ならば、この剣を届かせるまでだろう」
「……」
 交渉し、決裂すれば実力行使、というわけか。
 それは、何もおかしなことではない。地球でも日々行われていることではある。だが。
「僕たちは、乗らない」
 それは、黒崎の心に、強く反発した。
 彼の言っていることが間違っているとは思わない。戦いは、結局のところ、言葉で解決できなかった先に生まれるものだ。
 だが、平和過ぎる日本に生まれ育った黒崎にとって、戦いとはファンタジー以外の何物でもなかった。ファンタジーは、現実ではないからこそ意味があるのだ。それを、現実の世界で見たいなどとは思わない。
 それに、むしろ。
「君の、その。独善的な正義感で、正義を語ることの方が……、おこがましい」
「なんだと?」
 眉をひそめた勇者は、黒崎をにらむ。
「撤回してもらおう。俺は、決して間違ったことなどしない。何故なら、勇者だからだ」
「勇者という称号をかさに着て、正しいことから目を背け。それのどこが、独善的ではない、と?」
「ちょ、ちょっと、クロさん。何も喧嘩しなくても!」
 そう、その通りだ。ここで彼と喧嘩することには、何一つメリットがない。
 だが、黒崎の胸でざわめく何かが、彼のことをほっておけないと、そう叫んでいた。
「……もしも、君の正義が独善的でないと言うのであれば。それを、証明してみせればいい。君が証明できたなら、君の仲間になろう」
「ほう? いいだろう。勇者である俺と君たち、どちらが正しいか勝負というわけだ。それで? 勝負の方法は? 言っておくが、俺は剣でも魔法でも負けるつもりはないぞ」
「何を、野蛮な。君は町を歩いているだけの町人に、剣で斬りかかるのか?」
 嘲笑った黒崎は、ライルを見やる。
「勝負方法は、どちらが大勢に認められるか。その方が、この大会らしいだろう」

◇ ◇ ◇


 センタービルで再会した受付嬢に頼むと、普通に請け負ってくれた。
「いいですねいいですねー。面白い! そういう面白いことは大賛成です!!」
 ぽちぽちと端末を叩き、用意をする。
「では、開催時間は午後2時から夜7時まで! 勝負方法は『人気投票』、投票する権利は一人……、だと人間じゃない人の方が多いので、生命ひとつにつき一票! 投票方法は端末から入力するか、ここに来て参加者前のボックスに投票シートを入れること! 勝った方が負けた方のレギオンに加入! 以上の条件でよろしいですか?」
「はい」
「ああ」
 黒崎とライル、二人で頷く。
 センタービルの1階。それなりに広い空間でもあるこの場所で、黒崎たちのために、簡易的なステージまでしつらえられていた。本当に、この大会の運営委員会は、なんでもありなのだろうか。
 片方には黒崎の名前が、もう片方にはライルの名前がでかでかと掲示されている。二人の前には選挙で用いるような箱が用意されていた。こんなものを一瞬で用意するあたり、やはりこの大会の運営委員は侮れない。
 二人の周囲では遠巻きに参加者らしい人が見守っている。昨日とは違い、それなりに人数がいるのは、仕事でも探しに来ているのだろうか。
「ではでは、人気投票戦! スタートです!!」
 受付嬢が旗を振るが、誰も動かなかった。最初に動いたのはライル。
「みんな、聞いてくれ! この勇者ライル、正義を曲げるつもりはない!! 弱きを助け強きをくじく、その何がおかしいというのか!! みんな、俺に投票してくれ!!」
 ライルが叫ぶと、
「あ、はーい。じゃああたしがー」
 とことこ、と現れたのは、どこから出てきたのか、昨日のステージに出ていた少女だった。たしか、ルナといったか。
「やっぱり人気投票っていったらー、顔のいい方がいいしー?」
 そう言いながら、赤い紙をライルの前に備え付けられた箱に入れる。
「そうだな、やっぱ訳のわからねえ男に入れるよりは……」
「それにあいつ、人を殺しそうな目つきだものね。どっちか選べって言われたら、まあねえ」
「ルナちゃんが入れたんならオレも!!」
 センターにいた人々がルナにつられるように動き、次々と投票をしていく。だが、票が集まるのは勇者ばかり。
「どうだい、クロサキ。これが俺の実力ってわけだ」
「……」
 黒崎は、黙ってアンナたちが出て行った出入り口を見やる。彼女たちは、投票開始直前からセンターを飛び出し、いずこかへ駆け去っていた。
「もう敗北宣言してもいいんだぜ」
「何を、焦っている?」
「何?」
「先は、まだ長いんだ。そんなに慌てることもないだろう」
「……ふん。まあいい。結果は変わらないんだからな」
 つぶやくライルの言葉など、黒崎は聞いてもいなかった。