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ブレン氏を連れてアパートに戻ると、ふと、アンナが首をかしげた。 「そういえばクロさん、お食事はどうされましたか?」 「……まだ」 というか、起き抜けだった。すると、アンナが袋を掲げた。 「じゃあ、私が持ち込んだ食料、少し食べませんか?」 断る理由もない。 アンナと、影のように付き添うブレン氏を室内にあげる。アンナの持ち込んだ食料というのは、木の実に乾燥肉だった。 文明の利器が苦手というアンナの代わりに乾燥肉を炙り、三人で食べる。思えば、誰かと食事をするのも久しぶりのことだ。 「それで、クロさん。これからどうしますか?」 食事を終えると、アンナはちょこんと小首をかしげた。頭の上で耳がぴこぴこと揺れる。 「その、前に。確認したいことが」 「はい、なんでしょう」 「君たちの、得意なことは」 勝負というのは、自分の特技を押し通すものだ。 その点、自分には何の特技もないので、悩む要素はない。むしろ、アンナたちが頼りなのだ。 「そうですね……。お兄ちゃんは魔獣と近い能力があるので、身体能力は人間よりはるかに上です。匂いで敵を探したり、食べ物を見つけたりするのも得意ですよ。私は人型なので、そこまでではありませんが。あとは、さっきも言いましたが、動物との通訳もできます」 「なるほど」 「……やっぱり、私たちだと、足手まといですか?」 「そんな、ことは」 「けど、私たち、戦いは苦手ですし……。勝負して勝つなんて、できるかどうか」 「戦いは、関係ない」 「えっ? だって、勝ち続けなきゃいけないんじゃ」 「もちろん、勝負に負けてはいけない。けれど、戦闘でなければいけない……、というルールでもない。 殺しはご法度というルールもある通り、直接的な戦闘以外の方法で勝敗を決めてもいいんだ。そうして、最後に他の全員を自軍のレギオンに入れること。それが全てだ。 僕と、君たちが会って、共同戦線を張ったように……、協力してくれる人を探そう」 「なるほど! その手がありましたね!」 そう、この大会の肝は、自分という存在を他人に認めさせること。重要なのは勝負で勝つことではない。というか、それは最後の手段であって、基本的には交渉で進めていくべきだろう。そうでなければ、自分たちが勝てる見込みはない。 「まずは、そういう方針で」 「はい!」 にこやかに笑うアンナ。この笑顔を見られただけでも、彼女を仲間にした意味があったような気がした。 街を歩くと、あちらこちらで参加者らしい人の姿を見かける。 いや、人というのは語弊があるか。形だけならば人だが、アンナよりもケモノっぽい獣人の類や、悪魔っぽい羽を持った存在もいる。 「やっぱりこの町はいろんな人がいて面白いですね」 「……まあ」 普通の人間しか見たことのない自分にとっては、普通ではない存在というのは面食らうが。いや、彼らからすればあれが普通なのだから、自分の方がおかしいのだろう。 そんなことを思いながら歩いて行く。 「ところで、どこに行くんですか?」 「センタービルに」 センタービルは仕事をあっせんしていると受付嬢も言っていた。どんな世界でも、仕事のある場所に人も集まるものだ。 まずはたくさんの参加者、その中で、自分たちと理念を共有できる人を探す。とはいえ、黒崎に理念などあってないに等しいから、実質的にはアンナの願い――自然を残したいという要求を叶えてくれそうな人、ということになるが。 そうしてセンタービルの近くまで来ると、 「そこ行く君たち! ちょっと待ちたまえ!!」 張りのある声に、黒崎は思わず足を止めた。見れば、奇怪なポーズをした青年がビシッと指を突き付けていた。 黒崎はまじまじと青年を見つめる。青い上着に、金色のサークレット。腰には剣を下げ、背中にひらめく黒色マント。 これは誰がどう見ても―― 「勇者」 「おお!? そうか、俺のことを知っていたか! その通り、俺の名前は勇者ライル!! 聖剣の勇者ライルだ!!」 「お知り合いですか?」 「いや」 自分の知り合いに、こういうテンションの人はいない。というか、こんな人が日本の往来を歩いていたら通報ものだろう。 「俺のことを知っているなら話は早い、どうだい、君たち! 俺の仲間にならないか!?」 「……君の?」 「そうさ! 俺は、自分で言うのもなんだが、とてつもなく強い! あの魔王とて、俺にはかなわなかったほどさ! そんな俺は優勝候補だ! 乗るなら今のうちだぜ!?」 「優勝候補」 まさか自分でそんなことを言うやつがいるとは思わなかった。 だがまあ、あながち嘘と言う訳でもあるまい。袖から覗く腕には一朝一夕では身につかない筋肉が垣間見えるし、腰の剣だって伊達や酔狂で持ち歩いているわけではないだろう。 だが、問題はそこではない。 「君は……、優勝して。何を願う?」 「俺の願いか? 決まっているさ、世界の悪を根絶すること! それこそが俺の目標だ!」 「世界の悪、とは」 「わかっているだろう? 魔物や野盗、悪鬼羅刹! そういう連中のことさ」 「……駆逐、とは」 「話せばわかるならそれでもいいが、たいがいそういう連中は話を聞かない。ならば、この剣を届かせるまでだろう」 「……」 交渉し、決裂すれば実力行使、というわけか。 それは、何もおかしなことではない。地球でも日々行われていることではある。だが。 「僕たちは、乗らない」 それは、黒崎の心に、強く反発した。 彼の言っていることが間違っているとは思わない。戦いは、結局のところ、言葉で解決できなかった先に生まれるものだ。 だが、平和過ぎる日本に生まれ育った黒崎にとって、戦いとはファンタジー以外の何物でもなかった。ファンタジーは、現実ではないからこそ意味があるのだ。それを、現実の世界で見たいなどとは思わない。 それに、むしろ。 「君の、その。独善的な正義感で、正義を語ることの方が……、おこがましい」 「なんだと?」 眉をひそめた勇者は、黒崎をにらむ。 「撤回してもらおう。俺は、決して間違ったことなどしない。何故なら、勇者だからだ」 「勇者という称号をかさに着て、正しいことから目を背け。それのどこが、独善的ではない、と?」 「ちょ、ちょっと、クロさん。何も喧嘩しなくても!」 そう、その通りだ。ここで彼と喧嘩することには、何一つメリットがない。 だが、黒崎の胸でざわめく何かが、彼のことをほっておけないと、そう叫んでいた。 「……もしも、君の正義が独善的でないと言うのであれば。それを、証明してみせればいい。君が証明できたなら、君の仲間になろう」 「ほう? いいだろう。勇者である俺と君たち、どちらが正しいか勝負というわけだ。それで? 勝負の方法は? 言っておくが、俺は剣でも魔法でも負けるつもりはないぞ」 「何を、野蛮な。君は町を歩いているだけの町人に、剣で斬りかかるのか?」 嘲笑った黒崎は、ライルを見やる。 「勝負方法は、どちらが大勢に認められるか。その方が、この大会らしいだろう」 センタービルで再会した受付嬢に頼むと、普通に請け負ってくれた。 「いいですねいいですねー。面白い! そういう面白いことは大賛成です!!」 ぽちぽちと端末を叩き、用意をする。 「では、開催時間は午後2時から夜7時まで! 勝負方法は『人気投票』、投票する権利は一人……、だと人間じゃない人の方が多いので、生命ひとつにつき一票! 投票方法は端末から入力するか、ここに来て参加者前のボックスに投票シートを入れること! 勝った方が負けた方のレギオンに加入! 以上の条件でよろしいですか?」 「はい」 「ああ」 黒崎とライル、二人で頷く。 センタービルの1階。それなりに広い空間でもあるこの場所で、黒崎たちのために、簡易的なステージまでしつらえられていた。本当に、この大会の運営委員会は、なんでもありなのだろうか。 片方には黒崎の名前が、もう片方にはライルの名前がでかでかと掲示されている。二人の前には選挙で用いるような箱が用意されていた。こんなものを一瞬で用意するあたり、やはりこの大会の運営委員は侮れない。 二人の周囲では遠巻きに参加者らしい人が見守っている。昨日とは違い、それなりに人数がいるのは、仕事でも探しに来ているのだろうか。 「ではでは、人気投票戦! スタートです!!」 受付嬢が旗を振るが、誰も動かなかった。最初に動いたのはライル。 「みんな、聞いてくれ! この勇者ライル、正義を曲げるつもりはない!! 弱きを助け強きをくじく、その何がおかしいというのか!! みんな、俺に投票してくれ!!」 ライルが叫ぶと、 「あ、はーい。じゃああたしがー」 とことこ、と現れたのは、どこから出てきたのか、昨日のステージに出ていた少女だった。たしか、ルナといったか。 「やっぱり人気投票っていったらー、顔のいい方がいいしー?」 そう言いながら、赤い紙をライルの前に備え付けられた箱に入れる。 「そうだな、やっぱ訳のわからねえ男に入れるよりは……」 「それにあいつ、人を殺しそうな目つきだものね。どっちか選べって言われたら、まあねえ」 「ルナちゃんが入れたんならオレも!!」 センターにいた人々がルナにつられるように動き、次々と投票をしていく。だが、票が集まるのは勇者ばかり。 「どうだい、クロサキ。これが俺の実力ってわけだ」 「……」 黒崎は、黙ってアンナたちが出て行った出入り口を見やる。彼女たちは、投票開始直前からセンターを飛び出し、いずこかへ駆け去っていた。 「もう敗北宣言してもいいんだぜ」 「何を、焦っている?」 「何?」 「先は、まだ長いんだ。そんなに慌てることもないだろう」 「……ふん。まあいい。結果は変わらないんだからな」 つぶやくライルの言葉など、黒崎は聞いてもいなかった。 |