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午後六時半。 外も暗くなり、残り投票時間は30分となった。 ライルの得票数は97。対する黒崎の得票数は、わずか10。 「勝負あったな」 隣に立つライルには疲労の色もない。魔王を倒したという言葉の通り、体力は黒崎と桁が違うのだろう。 対する黒崎はすでに体力が尽きており、座り込んでいる有様だった。 「これでわかっただろう、クロサキ。勇者とは、皆の希望を背負うものだ」 「……ライル。君は、勘違いしていないか」 「何をだ」 「みんなが望んだのは……、平和だ」 「当たり前だろう。町に生きる普通の人間が、当たり前の人生を送れる生活。それが皆の望んだものだ」 「それがわかっているのなら、何故……、剣なんて持っているんだ」 黒崎のまなざしが、ライルを捉える。 その目に色はない。 「魔王を倒し。魔物を駆逐し。野盗を退け、悪鬼羅刹を屈服させ。それが君の正義だという。そこに至る理由など、考えもせず」 「悪に理由があるか」 「君の剣は魔王を殺した。王を失った臣下たちは? 魔物たちは? 野盗とて、盗まねば生きられない理由があったかもしれない。悪鬼羅刹とは言うが、そうならざるをえない理由があったのかもしれない。君はそんな交渉の余地もなく、断罪したのだろう」 「それがどうした。話してわかるような連中じゃない」 「話したのか」 「それは……」 ライルは口をつぐむ。 実際、魔王と話をしようなどと思ったことはない。人の悲しみをすするという魔族、その王。問答無用で殺さねば、自分が殺されるような状況だった。 ――いや、それは言い訳だ。 交渉しようと考えていなかったのだ。自分が殺されない状況を造ろうとしたことなどなかった。ただ、相手を力で打ちのめす、それしか考えてなかった。 ましてや、盗賊たちなど、同じ人間だった。確かに、彼らが生活できない理由はあったかもしれない。魔物によって住処を奪われたのかもしれない。 その後処理など考えることもなく、奪ったという、ただそれだけで、この剣で斬り倒してきたのだ。 そこに、疑問を感じたことなどない。 「僕が許せないのは、君の、そういう独善的なところだ」 「……ふん。うるさい。君がどう思おうと、俺の勝利は揺るがない」 「それは、どうかな」 黒崎はそっと顔を上げた。その視線が、扉に向かう。 その視線を追いかけたライルは、初めて気がついた。 「な、んだ!? 土煙!?」 センタービルの遥か向こう。通りを駆けてくる無数の影。 よくよく見れば、それは獣たちの群れだった。犬、猫、烏のような町でも見かける動物から、猪、鹿、狸などの山の動物。果てはやけに大きい狼、立派な牙を持つ象、何故か六つ足の獅子などもいる。 「ま、魔物!? いや……、参加者か!?」 「全員が参加者、というわけでは、ないだろうが」 獣たちの集団、その先頭を駆けてきた少女が、センタービルに飛び込んでくる。 「遅くなりました、クロさん! 間に合いましたか!?」 「ああ。ありがとう、アンナ」 ずらりと居並ぶ獣たち。その数は100ではきかない。 「山を駆け巡って、いろんな方々にお願いしてきました! みんな、クロさんに投票してくれるそうですよ!」 アンナの言葉に、がう、とか、ばう、と返事が飛び交う。 「バカなッ!? まさか、動物たちと交渉したのか!?」 「……ルールは、1生命につき、1投票権だ。人間ではないからといって、投票権がないわけじゃない」 「っ!! まさかお前、最初からこれを狙っていたのか!?」 黒崎は小さく頷く。 アンナが動物と会話をできることは聞いていた。ならば、交渉の余地もあると踏んだのだ。 町を行きかう人型の参加者たちは、歩いて来た限り、さほど多くはない。まして急きょ始まった人気投票戦、センタービルを訪れなければ、知ることもあまりないだろう。参加者の分母が少なければ、動物たちが勝るのは道理。 「くっ、卑怯な!」 「卑怯だろうか? 君は、動物たちから票を集められると、欠片でも思ったか?」 「それは――」 「戦いなんだ。自分が考えもしなかった戦法で相手が戦ってきたからといって、それを卑怯と呼ぶのはおかしい。それは単に、君の思慮が浅かっただけのことだ」 「……」 ライルは何も言い返せない。事実、その通りだからだ。 魔族と戦ってきた。敵は、どんな手も使ってきた。まっとうなバトルならば、自分が負ける要素など、ひとつもなかっただろう。 だが、今回の戦いは人気投票。自分という存在の魅力をいかに伝えるか、それだけの勝負だ。 そして、自分の魅力は――戦いの中にしかなかった。 「君は、魔族を交渉の相手とは考えていない。人間以外の種族を、認めていないんだ。だから、人ではない彼らの協力など、考えもしない。それが、君の敗因であり……、僕が君を、許せなかった理由だ」 「……お前、まさか。仲間のために?」 「……」 黒崎は答えなかった。 だが、今ならばわかる。きっと彼は、自分の仲間を――獣人をバカにされたような気がして、だからこそ本気で怒ったのだ。 仲間のために本気になれる男。 「――負けた。俺の負けだ」 がっくりとうなだれるライル。そんな青年に、黒崎は手を差し伸べる。 その手を見上げ、ライルはまなじりを吊り上げた。 「何のつもりだ」 「これから、よろしく、と」 「何?」 「ルールを覚えていないのか? 負けた方は、勝った方のレギオンに所属する。君は負けた。だから、これからは、僕の仲間だ」 「たった今、負かした相手を仲間にするのか?」 「勇者はそうしないかもしれないが、勇者の父はそういうものだ」 「何の話だ」 くすりと笑ったライルは、黒崎を見上げる。 何の変哲もない青年だ。町ですれ違えば、次の瞬間にはすれ違ったことさえ忘れてしまいそうなほど影の薄い青年。だが、自分という、明らかに勝ち目がない相手に、堂々と戦いを申し込んだ、その度胸。 何より、自分より彼の方が、ずっと正しかった。 「かなわないな、お前には」 その手を握る。 得票数。 ライル・ヘリオス。97票。 黒崎誠一。368票。 勝者、黒崎誠一。以降、ライル。ヘリオスは、黒崎のレギオンに所属することとする。 夜半。 黒崎が部屋の窓から月を眺めていると、扉がノックされた。 開けてみると、アンナが立っている。 「ちょっとだけ、お話してもいいですか?」 「ああ」 答えながらも、黒崎の内心はドキドキだった。 夜中に、少女が、男の部屋に。 これは期待してもいいんだろうか。そんなフラグなんかあったろうか。そもそも自分にそんな度胸はあるのか云々。 明かりをつけていない部屋では、月明かりのもと、神秘的な空気が漂っている。 「聞きたいなって思ったことがあって。でも、ライルさんの前だと、聞きづらいですし」 「聞きたい、こと?」 期待が急速にしぼむ中、黒崎は首をかしげる。 「クロさんが、ライルさんに怒ったことです。私、クロさんが怒るなんて、思いもしませんでした」 「ああ、あれか。そんなに、おかしかっただろうか」 「おかしくはありませんよ。ただ、なんで怒ったのかな、って」 アンナの大きな瞳が、黒崎を捉える。 「……彼の言っていることに、納得できなかった。それだけだが」 「ほんとですか?」 ずい、と迫るアンナ。その瞳に、自分がうつっている気がする。 「ちょっとだけ、期待しちゃって。私たちのために怒ってくれたのかな、って」 「君たちの、ために?」 「はい。私もお兄ちゃんも、獣人だから。ライルさんからすれば、敵、ですよね。人間の生活を脅かす魔族」 「……」 その気持ちは、確かにあった。 ライルの斬ってきた敵というのは、つまるところ、人間ではないからという理由だ。交渉の余地など考えることさえなく、人間の生活と相容れぬという判断のもと、敵を斬り捨ててきたのだ。 その中には、ブレン氏のような、人語が苦手なだけの存在もいたことだろう。 黒崎は、ライルの世界を知っているわけではない。本当に魔族とは、ただ斬るしかない存在だったのかもしれない。 ただ、それでも、黒崎には認められなかったのだ。 「そうだったら、ちょっと嬉しいな、って。それだけなんですけどね」 「嬉しい?」 「はい。人間でも、私たちのことを思って、本気で怒ってくれる人がいるんだって。それって、人間と私たちが和解できるってことでしょう?」 「……ああ」 アンナの頭をそっとなでてやる。妹を思い出す。 「できるよ。人間と、獣人は、分かり合える」 「そうでしょうか。そうだと嬉しいんですけど」 「きっとだ」 月明かりの下、二人で過ごす時間。 その温かさに、黒崎はそっと身をゆだねていた。 |