翌日。学校で、私は誰かに挨拶することも、誰かに挨拶されることもない。
 一人で席に座り、窓の外を眺める。今日も空は青くて、隕石が降ってくる気配はなかった。
「……」
 昨日の小鬼を思い出す。
 あの鬼は、何かを起こそうとしている気配があった。それをタマに言う理由はよくわからないけど、鬼的な挑発とかだろうか。
 もしも、あの鬼が何かを起こしたら。その結果として、町が壊れたり、人が傷つくようなことがあったら。

 あったら、何?

 タマは町の縄張りを守ろうとするだろう。妖怪としてそれなりに古いタマは、町に住む他の妖怪たちから慕われたりもしている。彼女なら、自分たちの生活圏を守ろうとするだろう。
 妖怪には色々な出自の者がいる。タマのような長生きした動物妖怪もいるし、山に住む天狗の類や、水辺に住む河童の類もいる。それらはそれぞれグループに分かれ、人間の目が届かないところで生活しているんだという。
 タマはそんな動物妖怪の長みたいな立場にあるんだとか。動物妖怪にとって、人間の町は、決して暮らしにくくはないそうだ。餌をくれる人間も多いし、生ゴミを食べる妖怪もいるという。野山で食べ物を探すよりは、よほど手に入りやすいと言う人(?)もいるらしい。
 タマは積極的に人間の味方をするわけではないだろうけど、敵対することもしない。彼女にとって大事なのは自分たちの縄張りで、そこに人間が必要な人間を守る、それだけの話だ。
 でも、私はーー人間の味方をする気にはなれない。
 鬼たちが人間を滅ぼそうとするのであれば、私はそれに従ってしまうかもしれない。
 タマは、きっと止めようとするんだけど。

「よろしくお願いします」

 声に、顔を正面の戻した。いつの間にかホームルームが始まっていて、担任と一緒に、知らない女子が教壇のところに立っていた。
 身長はそれほど高くない。黒い髪を頭の両脇でくくって、どこか小動物のような雰囲気がある。
「……?」
 私がクラスメイトを覚えていないとは言っても、見覚えのない子だった。というか、この感じは、たぶん転入生か。
 黒板には、伊藤このみ、と書かれていた。やはり、知らない名前だ。
 ……もっとも、クラスメイトで名前を覚えている相手はいないけど。
「じゃあ、伊藤さんの席は、不知火さんの隣で」
「はい」
 教室を歩いてきた女子生徒は、私の隣に立ち、にこりと笑った。
「よろしくね、シラヌイさん」
「……どうも」
 小動物は隣の空き席に座る。
 私は再び窓に視線を戻す。
 隕石は降ってこないのに、隣人は降って湧くとか。
 世界が滅びればいいのに、なんて思った。

☆   ☆   ☆   ☆


「ねえ、不知火さん」
 声に顔をあげると、小動物の顔があった。
「いつも何を聞いてるの? 音楽」
「……別に」
「えー。じゃあ好きな音楽とかは?」
「特には」
「もー、塩対応〜。でもそういうところもクール可愛いよね〜」
「……何なの」
 小動物が転入してきてから数日経った。
 私の周囲で何が変化したかと言えば、まとわりつく動物が増えた。狐と小動物。
「なんで私に構うの」
「だって可愛いから」
「……」
「じゃあ顔が好みだから? ちなみにアタシはこのみだよ」
「聞いてないわ」
 この小動物は、入学してからというもの、何かと私に構ってきた。
 おかげで聞きたくもない情報を聞かされ、あちらこちらと振り回され、こちらとしてはいい迷惑だ。けど、そう言っても、この子はまったくこたえない。
 今まで私は教室内の腫れ物だった。誰も触れない。私にとってはその方がありがたいことで、会話するつもりもない。
 なのに、この小動物はお構い無しに構ってくる。足元に子犬がまとわりついてくるような感じ。
 そっけなくしているのに、まったくめげない。そういうところが本当にムカつく。
「とにかく、私は誰かと仲良くするつもりはないの。もう何度か言っていると思うけど」
「誰かじゃなくてこのみと仲良くすればいいと思うよ」
「そういう、話じゃ、ない!」
「あ、そうそう。お菓子食べる?」
「いらな……チーたらはお菓子じゃない!!」
 白い棒状の食べ物を押し返しつつ、私は小動物をにらむ。
 他の生徒は私の眼力だけで離れて行くことが多いけど、この小動物はめげる気配がなかった。
「いいじゃない。仲良くしようよー」
「冗談じゃない」
 私は立ち上がる。すると、小動物もついて来た。
「どこ行くのー?」
「トイレ」
「一緒に行こー」
「群れるな!!」
「あだっ」
 小動物の頭を叩き、私は教室を出て行った。
 転校してからというもの、一事が万事でこの調子。
 本当に、調子が狂う。