放課後。
「一緒に帰ろー」
「嫌です」
 すたすたと歩く私の後を、小動物がひょこひょことついてくる。
 小動物から逃げるために割と早く出たせいで、並木道には他の生徒も見えた。
「まったくもう……。ん?」
 ふと見ると、木陰に見慣れたもふもふの獣がいた。
「タマ」
 声をかけると、獣が顔を出す。今は他の生徒もいるから、人間モードになれない。ただの狐だ。
「えー、何この子! 不知火さんの飼い犬?」
 タマを抱き上げながら、小動物が黄色い声を出す。犬じゃなくて狐なんだけど、まあ、普通の人には狐なんて思い付かないんだろう。
「こぉん、こぉん!!」
「おー、暴れおる。なんかそういうとこまで飼い主に似てるなー」
「うるさい。それより返しなさい」
 私は小動物からタマを取り返すと、小動物に聞こえないようにささやく。
「何? 目立つから来るなって言ってるでしょう」
「鬼が出た。この間と同じか分からぬが、人に害意がある」
「……で?」
 正直なところ、妖怪が人を傷つけようと、私の知ったことではない。それをわざわざ知らされても困る。
「自分の身は自分で守るし。問題ないわ」
「お主の力はわかっておる。じゃが、相手は本物の妖怪じゃ。お主は戦いの経験もさほどなかろう。心配にもなる」
「心配せんで結構。それより、来るなって言ったのに約束を破ったから、お仕置きね」
「こゃん!?」
「せーのー」
 ピッチャー振りかぶって、第一球!

「こぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉん!?」
 
 全力投タマ。遥か遠くへ投げ飛ばされた狐はお空の星となった。
「……だ、大丈夫なの? あの飼い犬」
「犬じゃなくて狐」
「そういう問題じゃなくて」
「まあなんとかなるでしょ。私よりは丈夫なはずだから」
 いつも雑に扱っているけど怪我したことはないし、たぶん大丈夫だろう。
「……?」
 そうこう言っている間に、並木道の人はいなくなっていた。
 その事実に、少し違和感を覚えた。
 生徒がいなくなるには、少し早すぎるような……。
「ん」
 小動物が私の前に出た。
「どうかした?」
「その、ちょっとまずいかなー、なんて」
「まずい?」
 がさり、と横の草木が揺れる。
 木々をかき分け、ぬう、と赤黒い何かが現れた。それは、鬼だった。
 身の丈は私の半分ほど。たいした大きさではないけど、額には二本の長い角がある。
 鬼の強さは、角の数と大きさで判断できる。上位の鬼ほど角が少なく、長く、太くなる。ちなみに、獣の強さは尻尾が増えるほど強いそうだ。
 この鬼は、サイズはそれほどでもないけど、角を見ればわかる。それなりに強い。
「……それで」
 人がいなくなったのは、この鬼の妖気が原因か。おそらくは結界。ターゲットを逃がさないためのものだろう。
 ただ、しょせんはそれなり程度の相手だ。争いになっても、私が負ける心配はなさそうな相手。
 それよりも気になるのは、私の前に立つ小動物が動揺していないこと。
 小動物が口を開く。
「……あなた、鬼ね。何をするつもり?」
「腹が減っててな。ちょうど、霊力が強そうなうまそうな人間がいたから、食ってやろうかと思ってなぁ」
「人払いしたのはあんた?」
「俺様が本気を出したら、人間どもが騒ぎかねないからな」
「ふうん」
 小動物は落ち着いていた。鬼という存在を認識し、その事実に動揺していなかった。
 その答えはひとつ。”知っている”からだ。
「あんた……」
「ごめんね。今、それどころじゃない」
 まあそれはわかるけど。
 まさか、転校生が霊力持ちとは……。これ、私もそっち側だってバレたらめんどくさいかな。めんどくさいだろうな。黙ってるか。
 私が黙して眺めていると、赤鬼はニヤリと笑った。
「はん。小娘風情が、調子に乗るなよ」
「!?」
 ぐっ、と鬼が全身に力を込める。すると、急に体が大きくなった。私の半分ほどしかなかった背丈は3倍ほどになり、腕は丸太のように太くなる。
 なるほど、巨大化か。妖気はたいしたことないけど、自分のサイズを変化させられるとは面白い。
「ぐははは! 鬼を相手にするということ、理解させてくれるわ!!」
 巨大化した鬼は、小動物に襲いかかる。さながら、トラックが迫ってくるような圧迫感。
 対する小動物は冷静だった。腰を落とした構えは、さながら居合。
「ーー来光流」
 右手に集まった霊力が高まり、それは形を成す。
「紫電一閃!!」
 腕を振り抜くと同時、力強く踏み込む。
 鬼の体当たりを回避した、直線的な軌道。私の目でもギリギリ追えるほどの速度は、鬼の認識をおいてけぼりにした。
 残心。振り切った手には、刀と化した霊力があった。
「霊刀……。珍しい……」
 霊力で物理的に干渉できる何かを作るというのは、かなり難しい。ましてや、それを”鬼が切れる”ほどの強度で作ろうとすれば、かなりの訓練が必要になるだろう。
 そう考えると、小動物は霊能力者としても優秀なのかもしれない。
「ぬう、ちょこまかと……!」
 今ごろ背後を取られたと気づいた赤鬼だけど、すでに遅い。
「今度は逃げられないよう、ひねりつぶして……」
「腕もないのに?」
 小動物の問いかけに、ようやく鬼は気づいたらしかった。

 ーー右腕が斬り落とされているという事実に。

「なっ……」
 気づいた鬼は、驚愕に顔を歪める。
「き、貴様ぁぁぁぁ!!」
 もしこの場で、鬼が逃げに徹したとしても、運命は変わらないだろう。
 鬼よりも圧倒的に早い小動物からは、逃げることも、立ち向かうことも無意味だ。
「来光流、紫電一閃」
 ふたたびの一刀。その一撃は、鬼の体を両断した。
 鬼が倒されたことで、あたりから妖気が消える。私たちを閉じ込めていたらしい結界も消えた。
 小動物はふーっ、と息を吐く。
「えっと、その、えへへ」
「……」
 私が無視して歩き出すと、小動物は慌てて前に出る。
「ちょいちょいちょーい!! それはないんじゃない!?」
「どれよ」
「今の化け物は何!? とか!! なんで戦えるの!? とか!! 色々と疑問が湧いてもいいと思うなー!!」
「私は思わないなー」
「思え!!!」
「面倒」
「……今のは鬼よ。赤鬼、それも相当に強い」
 構わず語り出した。聞いてないってば。
「うちはね、剣術道場なの。妖怪退治ができる特別な剣術を教えてる」
「来光流?」
「そう。光が来るって書くんだけど、正しくは頼る光。源頼光が伝えた剣術って言われてるわ」
 源頼光。平安時代、あまたの鬼を退治したとされる侍だ。
 当時の武士は、タマいわく、ただしく悪鬼羅刹を調伏せしめた。頼光はその筆頭だ。
 まあ、私には関係ないんだけども。
「ふうん。それは大変ね」
「まあまあ待て。待ちなさい。待とうよ」
「何」
「なんで明かしたかわかるでしょ? 言いふらされたら困るからよ」
「何故」
「世間では鬼とか妖怪なんて存在を信じていない人の方が多いし、それと戦うヒーローがいるなんて言ったら、注目されちゃうでしょ」
「心配しなくても、私は誰にも言わないわ」
「そうだろうけども! ちょっとわかってたよ!!」
 だいたい、話す相手もいない。
 まあ、タマには話すけども。あれは妖怪だからノーカンだろう。
 私は構わず下り道を歩き出す。小動物は周辺でちょろちょろと走り回る。
「約束だからね!? 破ったら泣くからね!? てかもうちょっと涙目だからね!?」
 きゃんきゃんと吠えるところは、タマに少し似ているな、なんて思った。