「ふむ。霊能力者か」
 コトコトと鍋を煮込みながら、タマは言う。
 キッチン付きのワンルームしかない我が家は、部屋とキッチンに境目がない。今も料理をしているタマの尻尾が見えている。
「まあ能力があるだけなら問題ないじゃろ。妾より上の人間なんぞおらんしな」
「それはそうだけど、そういう問題じゃない」
 私は冷蔵庫から水を取り出し、喉を潤す。冷たい水が体を冷やす。
「私が、霊能の世界に引っ張りこまれるかもしれないって話よ」
「もともとそっちの住人なんじゃから問題ないじゃろ」
「問題よ。面倒なちょっかいをかけてくる相手が増えると困る」
「お主の人間嫌いも相当じゃのぉ。まあ、妖怪とて普通は人間と関わりたくないものじゃ。霊力を使う機会はそうそうないじゃろ」
「けど、あの鬼は仕掛けてきた」
「……そっちは問題じゃな」
 タマはぐるぐるかき回していた手を止める。カレーのスパイシーな香りが漂う。
「人間風情が何をしたところで大差はない。じゃが、鬼が好戦的になっているというのは問題じゃ。もとより好戦的な種族ではあったが、無関係な人間を襲うような真似をする連中ではなかったはず」
「あの鬼は、私の正体にも気づいている風じゃなかった。小動物のことも霊能力者とは気づいていなかった様子。それなのに、襲いかかってきた。……誰でもよかったってこと」
「そうなると、妖怪による殺人が起きることになる。ここ何百年か明るみになっておらん事件じゃ」
「面倒ね」
 人間が殺される。そのことは、私にとってはどうでもいい・・・・・・
 人間が死ぬなら、なんだったら良いことと思うくらいには、人間が嫌いだ。鬼がどれだけの人間を虐殺したところで、私には関係ない。それに、鬼の一族が本気になれば、人間なんて紙屑のように破り捨てることができるだろう。
 問題なのは、ここ何百年か、妖怪による殺人が明らかになっていないという事実。
 実際には起きているんだろうけど、みんなちゃんと隠している。だけど、鬼たちは構わず食い散らかすだろう。
 現代日本で、妖怪の存在を本気で信じている人はいない。それだけ妖怪と人間が距離を置くようになったということだし、それそのものは時代の流れだ。
 なのに今、妖怪側が人間に宣戦布告するような事態になれば。
「妖怪という存在が、当たり前の存在として認識されるようになる」
「うむ」
 一部を除き、ほとんどの妖怪は人間の目から隠れるようにして過ごしている。
 だけど、危険な存在ーー人を殺しうる妖怪という存在がいると認識されれば、人間は妖怪狩りを始めるだろう。
 少なくない妖怪が犠牲になる。その影響は、確実に私たちにも及ぶ。
「少し調べんといかんの」
「よろしく」
「ふむ。お主に頼まれんでも、妾とて調べるつもりじゃ。縄張りの中で好き勝手なことをされたくもないしの」
 炊飯器からご飯をよそいつつ、タマは耳をぴくんと跳ねさせる。
「そういえば、来月じゃったかの」
「来月? 何が?」
「しゅーがくりょうこー、じゃったか? 旅に行くのじゃろ」
「……!!」
 すっかり。確実に。完全に。忘れていた。
 ーー高校生活、最大にして最も面倒なイベントだ。

☆   ☆   ☆   ☆


 私は人間が嫌いだし、他人はどうでもいい。そんな私にとって、修学旅行なんてイベントは、何のメリットもないものだ。
 もちろん、一人旅というのなら嫌いじゃない。知らない土地に行けば面倒な知り合いに絡まれることもない。
 けど、修学旅行となると話は違う。必ずや集団行動が求められ、知らない土地で、知りたくもない連中と交流しなければならないのだ。
 もちろん、行かないという選択肢は大いにあり、というか最初はそうするつもりだった。旅行そのものは学校行事ではあるけど、参加することは必須じゃない。不参加でも卒業はできるのだ。
 わざわざお金をかけて不快な思いをしに行くくらいなら、最初から休んだ方が絶対に得だ。それが私の主義だった。
 私が厄介だと思うことは、ひとつだけ。
「ねーねーねーねー旅行どうする? どうする!?」
 私の机にかじりつく小動物の存在だけだ。
「……行かない」
「京都って行くの初めてなのよねー。やっぱりお寺とか神社的なところを見てまわるのがセオリーなのかな?」
「人の、話を、聞け!!」
 私が小動物の首ねっこをつかむと、小動物はぷくーっとふくれた。
「そんなこと言って、みくちゃんもアタシの話を聞いてないじゃない。いや、聞いてはいるか。返事しないだけ」
「やかましいわ」
 絶対にこうなると思ってた。
 小動物は鬼の一件以来、やたらと私に絡むようになった。あるいは、霊能力という秘匿すべき情報を知っているという事実が、余計に心理的な距離を近づけたのかもしれない。
 それは私にとって迷惑以外の何物でもなく。
 修学旅行なんてイベントがあれば、小動物がこういうことを言い出すのはわかりきったことだった。
「あの、修学旅行は行った方がいいと思うけど……」
 話しかけてきたのは、メガネのクラスメイト。すると小動物は激しく頷く。
「ねー、委員長もそう思うでしょ! ほらみくちゃん、一緒に京都を回ろうよ」
「……」
 よりにもよって霊能力者と、妖怪のメッカでもある京都を歩く。
 ……冗談じゃない。何に絡まれるか分かったものじゃない。
「京都なら美味しいものあるし、普段は見られないものとかも見られるよー」
「美味しいものは日々摂取してるし、普段見られないものは見る必要のないもんよ」
「あーん、みくちゃんつれないー。委員長、何か殺し文句ないー?」
「え? えーと、非日常感も魅力だよ?」
 私からすれば、人間が絡んでくる今この時間が非日常だよ。
 ため息混じりにメガネをにらむ。ひゃん、とビビった。
「おーい、ホームルーム始めるぞー」
 担任が入ってくると、小動物や委員長も自席に戻る。
「さて。いよいよ修学旅行なわけだ。今日は班分けするぞ」
 そう言うと、担任は私を見た。
「不知火、お前は伊藤と一緒に委員長の班に入れておいたからな」
「……は?」
 おい待て。伊藤というのは、あの小動物だろう。
「ちょっと待ってください。私は修学旅行の時にはお腹が痛くなる予定です」
「バファリンも正露丸もあるから安心しな」
「おい水戸屋」
「なんだ不知火。先生を呼び捨てはよくないぞ」
「修学旅行は欠席します」
「はっは、大丈夫だ。ちゃんとお前のぶんも予約してあるから」
「頼んでないんですが」
「修学旅行で欠席が出ると、まるで先生のクラスで問題が起きているみたいだろー」
「問題ないので欠席します」
「まあそう言うな。どうせ学生の間しかできないんだから」
 学生でなかったらとっくにやめてますが。
 それ以後も、私の話が聞き入れられる様子はなかった。