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学校からの帰り道。いつもの並木道だけど、ここ最近は一人きりになれない。
「ねえねえ、本当に修学旅行へ行かないつもり?」 私のまわりを、小動物がちょろちょろと動き回るからだ。うっとうしい。 「行かない」 「えー、なんで? 高校の修学旅行なんて一生に一回しかないのよ。もったいない」 「もったいなくない。旅行は一生に何度でも行けるわ」 「修学旅行は一回なんだってば」 「他人との旅行なんて一回も要らないわ」 「他人じゃないよ、クラスメイトだよ」 「偶然同じ教室に所属している赤の他人よ。クラスメイトの名前も知らない」 「またまたぁ。じゃあ、アタシの名前は?」 「小動物」 「……わざとだよね? 本当に覚えてないんじゃないよね?」 無視して歩みを進めると、小動物が後ろからひょこひょこついてくる。 「だいたい、なんていつも私にまとわりつくの」 「だってアタシの秘密を知っているの、みくちゃんだけだし」 「誰にも話さないし、誰にも話してない。オッケー?」 「オーライ。まあそのへんは信じているけどね。ていうか、話されるのが怖いとか見張ってるとかじゃなくて、純粋に隠す必要がないから気楽的な」 「私の気が重くなることについては?」 「考慮してません」 「しろ」 「それはノーセンキュー……ん?」 いつの間にか、町に降りてきていた。 小動物が声をあげた理由は、私にもわかった。前方、うちの制服を着た女子生徒が、交差点でしゃがみこんでいたからだ。 中性的な子だった。短い髪に、凛とした佇まい。スカートでなければ男子と思ったかもしれない。 中性の前には、空き瓶と、綺麗に咲いている切り花があった。他にもヨーグルトのカップやら、ジュースの缶やらが置いてある。 「どうかしたの?」 通りすがり、小動物が中性に声をかけた。私は黙って見ていると、中性が顔をあげる。 「先月、かな。ここで亡くなった子がいるんだ。小学生だって」 「……そうなんだ」 小動物は中性の横にしゃがむと、花に向かって手を合わせる。 「知っている子なの?」 「ううん。全然知らない」 「……?」 全然知らない子の花にお参りする人も珍しい。まあ、死んだばかり、しかも子供となれば、知らない子でも悼む気持ちにはなろうか。 「例えばさ。この花だって枯れたらゴミだ。ヨーグルトは放置すれば虫が湧く。誰かが人を想った結果は誰かの迷惑になるんだ。世界はそうやって回ってる」 「そりゃそうね」 「僕はね、そういうエフェクトが好きなんだよ。それはたった一人しか居ない世界ではできないことだ」 バタフライエフェクト。蝶の羽ばたきが竜巻を起こす、ね。 ……変なやつ。 「不知火さん、不思議そうな顔だね」 「は?」 「気づいてないと思うけど、クラスメイトだよ、僕」 中性は小動物を見やり、 「伊藤さんはわかるよね?」 「そりゃクラスメイトだもの」 「だってさ、不知火さん」 「私はクラスメイトなんて覚えてないもの」 「知ってる」 くすくすと笑い、中性は私を見つめる。 「面白いよね、不知火さんって。他の人とちょっと違う目線で世界を見ている。そういうの、嫌いじゃないよ」 「私は興味がないんだけど」 「そうだろうね。人間に興味がない、か。そういう人も面白いね」 「面白い?」 「そうさ。僕は人間が好きなんだよ。人間が好きで、面白い人間は特に好きなんだ」 「あー、そう」 私は嫌いだよ。 「そうだ。不知火さんと伊藤さんは修学旅行、一緒の班なんでしょ? 他に誰と一緒なの?」 「委員長だよ」 「じゃあ、もう1枠空いてるね。僕もご一緒してもいいかな?」 「アタシはいいよ。委員長は反対しないだろうし。不知火さんは何言っても反対するから気にしない方向で」 「……おい小動物」 「伊藤このみだよ」 くすくすと笑った中性は、くすくすと笑う。 「じゃあね、不知火さん、伊藤さん。またね」 「うん、また明日ー」 すれ違いざま。ふわりと香るあやしげな香りに、私は目を見張る。その時、中性は耳元でこそりと呟いた。 「修学旅行、何があるだろうね」 「……?」 そのまま歩いていく中性の背中を見送りながら、私は首をかしげた。 ーー何がある? 何か、起こす? それは私に何か関係する、のだろうか。 家に帰ると、狐が毛繕いしていた。 「む、おかえり」 半妖モード(半分妖狐、半分人間)のタマは、ふさふさの尻尾そのままに女の子となることができる。 尻尾の手入れは、彼女の日課だ。 「ただいま」 靴を脱ぎ、鞄を放り投げる。脳裏に浮かぶのはさっきの女。 「……タマ。私って何かな」 「何と言うのであれば、女子高生じゃ」 「そういうことを聞いているのではなく」 「では何じゃ? 名前か、身分か、種族か?」 「そういう具体的なことではなく」 「抽象的なことならば答えなどない。妾に聞くのはお門違いというやつじゃ」 「まあ、そうなんだけどね」 ごろりと床に寝転がる。見上げた天井は、いつもの木目。 「ほれ、制服がシワになるじゃろ。脱ぐのじゃ」 「セクハラ」 「女同士でセクハラも何もあるか。いいから脱げ」 タマは私から制服をひっぺがすと、ハンガーにかけていく。 「……」 修学旅行に行くつもりなんてなかった。興味のない、嫌いな連中と道中を共にするなんて冗談じゃないと、今でも思う。 でも、あの女が残した言葉と雰囲気は、少しだけ気にかかっていた。 かすかだ。気のせいかもしれない。小動物も反応していなかったし。 でも、かすかながら、そんな匂いがした気がするのだ。 ーー妖怪の匂い。 霊能力を持つはずの小動物が反応していないところを見ると、妖怪そのものじゃないんだろう。でも、残り香とでも言うべきか、妖怪に関わっているような匂いがした気がするのだ。 そんなことがあるんだろうか。妖怪と関わっている人間は、いまどき、そうそういない。ほとんどの悪鬼羅刹は封じられ、残った妖怪たちは人間がいない場所で過ごしている。 タマみたいな、人里に住む妖怪は例外中の例外だ。 「例外、のはずなんだけど」 「何がじゃ?」 「妖怪が」 そう、妖怪がいるはずがない。なのに、あの子からは妖怪の匂いがした。 そんな子が、修学旅行に行くという。わざわざ霊能力がある二人がいる班を指名して。 修学旅行先は京都・奈良だ。悪鬼羅刹のメッカ、封じられた数も多い場所。今でも残る妖怪の数は随一だろう。 そんな場所に行って、彼女は何をするつもりなのか。あるいは、なんでもない、ただの思い過ごしなのか。 でも。 「何かあったとして……」 だから、何だというのか。 私に責任があるわけじゃない。仮に妖怪が何か事件を起こしたところで、私がどうする問題でもない。 わざわざ京都に行って、事件に巻き込まれるのはいかがなものか。 理性では、そう思っている。 「どうしたのじゃ。何かあったのかの?」 「……学校帰り、クラスメイトに会ったの。そいつから妖怪の匂いがした、気がする」 「ふむ?」 タマは尻尾をゆらゆらさせながら、 「そうじゃの。お主の霊感は人並み外れておる。他の霊能力者が気づかないような、かすかな痕跡も気づくやもしれん」 「まあ、それはあるかもしれないけど」 「この町に、強い妖怪はおらん。おれば妾が感づかないはずがないからの。この前みたいな弱い妖怪じゃと姿を消すこともあるが、強い妖怪では妖気を消しきれまい」 それもわかる。少なくても、この町で大妖怪と呼べるような妖怪は、タマくらいだ。 「じゃあ、弱い妖怪と接触しただけ、ってこと?」 「普通に考えればそうじゃろうな。で、それがどうかしたのかの」 「……そいつ、修学旅行で何かするかも。京都で」 「ふむ、京都か。古豪のおる土地じゃな」 「古豪?」 「古い妖怪たちじゃ。今は人間から距離を置いておるが、京都なら妾と同格の妖怪もおるじゃろう」 「じゃあ、そいつが何かしようとしても、古豪が邪魔する?」 「とは限らぬがな。妖怪は利己主義じゃ。自分が損にならないと思えば、手を出すことはせんじゃろう」 「そっか」 「なんじゃ。何か起きるのが嫌なのか?」 「そういうわけじゃないんだけど」 仮に、京都で事件が起きたとしても、私の生活圏じゃない。それで迷惑をこうむる人はいるかもしれないけど、私の知ったことじゃない。 なのに、なぜだか、心がざわつく気がした。 「……行こうかな、修学旅行」 「もしや行かないつもりじゃったのか」 「そうよ」 「京都はよいぞ。妖気もビンビンじゃしな」 「それは妖怪だから感じることでしょ」 「というか、いいかげん服を着たらどうじゃ」 下着姿でごろつきながら、私は天井を見ていた。 何をすべきなのか。何をしたいのか。 私も、私がわからない。 |