新幹線で帰る途中、アナウンスが入った。

『ご乗車中のお客様にお知らせ致します。この先、東京駅でトラブルが発生したため、この電車は品川停まりとなります。ご利用のお客様にはたいへんご迷惑をおかけし、申し訳ございません』

 シンプルな放送。先生は慌て出すし、同様は生徒にも派生している。
 SNSを検索する生徒たち、そのあちこちで悲鳴があがる。
「これ……!」
 同じように検索をしていた委員長が青ざめる。小動物が画面を覗き込み、
「ッ!!」
 顔をひきつらせた。
「みくちゃん、これ」
 委員長のスマホ画面をこちらに向けてくる。そこには、センシティブな内容とでも言うのだろうか、原型を留めていない何かが映し出されていた。
「……こんな状況でも撮影しているなんて、日本人ってアホね」
「そういう話じゃない!」
 いつの間にか気絶していた委員長を尻目に、小動物は耳打ちしてくる。
「これ、鬼の仕業でしょう」
「そうでしょうね」
 あの晩。鬼は蘇っていた。
 風野は結局戻らず、私たちは新幹線の時間から、そのまま戻ることになった。先生は大変だろうが、私の知ったことではない。
 小動物もまた、鬼の復活を止めることはできなかった。そのことを悔やんでいるのはなんとなくわかったけど、そもそも、一介の学生に過ぎない女に、鬼を止められるわけでもない。
 東京駅で起きているトラブル、というのも、蘇った鬼が殺戮を繰り返しているのだろう。むしろ、こうして日常に近い光景を見られていることの方が不思議だった。
 混乱の中、新幹線は品川駅に停車する。乗客たちは降ろされたが、何が起きているのかは、インターネットを介した情報でかなりの人数が理解していた。
 教師でさえも何もできない状況。どうすればいいのか混乱しており、引率もままならない。生徒の何人かが好き勝手なことをしだすと、もはや歯止めはきかず、パニックに陥った。
 私はそんな様を眺め、巻き込まれるのを嫌って、一人で歩き出した。
 駅の中も大混乱だった。
 各地で電車は停まっている。というか、それどころではない。虐殺が始まっているのだから。
 あちらこちらで悲鳴があがり、人がいる場所を通るのは危険な雰囲気だった。皆が殺気だっている。
 仕方なし、私は誰も来なさそうな、電車が停まっている路線のホームに降りた。
 いまだにこんなところでウロウロしているのは私だけで、他の人たちは、慌ててどこかに逃げようとしているようだった。
 どこかに? どこに?
 上位の鬼が蘇った以上、普通の人間に安全な場所なんてどこにもない。各地で鬼が、あるいは人が、人を殺していることだろう。
 それも、視界に入らなければ同じことだ。
 混乱の中で一人になった私は、かえって落ち着いていた。
 と、スマホが震える。
「……?」
 画面を見ると、相手先の名前もないままにコールしていた。こういうコールの仕方をするのは、あいつしかいない。
「はい、もしもし」
『おお、生きておったか』
 タマだ。上位妖怪の彼女は、妖気を電波のように操り、スマホに電話をかける術を知っている。
『どうも酒天童子が蘇ったようでの。あちこち人間が混乱しておるんじゃ。お主、今はどこじゃ?』
「品川駅。大丈夫、私のいるところは誰もいないところだから」
『さよか。迎えに行くぞい』
「んー、そうね。じゃあ、頼むかな」
 電車も停まっているし、ここから家まで歩くのは億劫だ。
「私の霊力、感じられる?」
『ばっちりじゃ。10分ほどで行く』
 通話が切れる。
 私はそのまま、駅のベンチに座り、待つことにした。
 インターネット上には、すでにたくさんの死体写真がアップロードされている。そういう、命の危機を理解していない連中というのは、私には理解できない。平和ボケ、というのだろうか。
 今ごろ、風野は何をしているだろうか。人を殺しているのだろうか。
 彼女が何を思って鬼を蘇らせたのか、私は知らない。
 ただ、彼女は生の尊厳というものについて、強いこだわりがあるようだった。
 あるいは、そのあたりが動機だろうか。
「……」
 私が京都まで行ったのは、なんとなく気になったからに過ぎない。彼女が何をしようとしていたのか。何を考えていたのか。
 その片鱗を垣間見て、実際に起きた出来事を見て。何を成したかったのかは分からないけど、これが彼女の望んだ結果なんだろうとも思う。
 たくさんの人が死ぬ。人間、死ぬとなれば一瞬だ。ボロ雑巾のように千切れ、踏み潰され、砕かれる。
 そんなことを考えていると、上空から一匹の狐が落ちてきた。
 狐は線路に降り立ち、ホームまで上がってくる。
「迎えに来たぞい」
「ん」
 タマは今日もふさふさとした毛並みをしていた。陽光がきらめいている。
「町中はどう?」
「大混乱じゃな。あちこちで殺戮が起きておる。一方的じゃがな」
「警官とかいるんじゃないの?」
「鬼が拳銃ごときで殺せるものか。霊力が通っていない武器で、鬼の本質を傷つけることなどできん」
「タマの縄張りは?」
「鬼どもが調子に乗っておるようじゃな。このままではメンツが立たぬから、ちょいと潰してやろうかと思うが」
「いいんじゃない? このままやらせて」
「ふむ? 何故じゃ」
「人間、ちょっとは減るでしょ」
 私の言葉に、タマはふうむと唸った。
「一理あるな。人間が減るのは妾にとっても悪い話ではない」
「そうでしょ。だから、もう少し待ちましょう。一週間もすれば、殺すべき人間はたいがい死ぬでしょ」
「死ぬべきではない人間は?」
「そんなのいないよ」
 私が言うと、タマはくすくすと笑った。
「ふふふ。じゃからお主は好きじゃよ」
「そ。じゃ、帰りましょ」
「うむ」
 どろん、とタマの体が煙に包まれる。
 巨大化した狐は、ヒグマほどもあった。私はその背中にまたがり、毛をつかむ。
「……時にお主。妾の毛を抜くでないぞ」
「保証はできないかな」
「保証せい! 毎日ふわっふわになるよう手入れしているんじゃぞ!」
「じゃあ私を置いてく?」
「それができんから毛を抜くなと申しておる!」
「まあまあ。じゃあ、ゆっくり跳んで」
「うむう。仕方あるまい」
 とん、とタマが跳んでいくと、駅舎の上に出た。
 そのまま、高い位置をとんとん、と跳んでいく。
 あちこちから悲鳴や怒号が響き、何かが壊れる音や、建物が崩れるような音が聞こえる。
 私たちはそんなものを見ることもなく、ただ、青い空の下を走り抜けた。