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3階の寝具売場が隠れ場所らしい。 薄暗い寝具売場の奥に、ランタンの明かりが見えていた。ベッドの並ぶスペースに行くと、何人かの女子生徒が集まっていた。全員が汚れた制服姿であるところを見ると、修学旅行から、そのまま避難してきたのかもしれない。 「不知火さん!?」 「ん? あー、委員長?」 そのうちの一人は、眼鏡の委員長だった。私が個体識別しただけで誉めてもらいたい。 委員長は瞳をうるうるとさせ、 「よ、よかった……。いつの間にかはぐれちゃって、もう、もう……!!」 言葉にならない感情が溢れ出たかのように、委員長は私に抱きついてきた。 「……」 抱き締められる暖かさを感じたのは、本当に久しぶりだ。少し汗の匂いがしたけど、悪い気持ちはしなかった。 「不知火さん、どこにいたの? 無事だったの?」 「家に。この近くだし」 「そうなんだ……。本当によかったよぅ」 「よかった、ねぇ」 私の無事が、委員長に何か関係あるだろうか。まあ、戦力が増えるという意味ではいいかもしれないけど。 ……。 「あんたらはここで凌いでいたわけ?」 「そう。ここなら妖怪も来なさそうだし」 まあ、鬼は人を殺したいんだろうし、人があまりいない廃スーパーなんて来ないだろう。 「そうは言っても、今までアタシ一人だから攻められなかったのよ。みくちゃんが一緒ならもう少し行動範囲を広げられるかも」 「は? なんで協力する前提なの」 「え?」 「私は一人で生きていけるもの。別に群れる必要なんてない」 「一人でって、鬼に襲われたらどうするのよ」 「殺せばいいんでしょ?」 少しだけ霊力を漏らしてやる。それだけで、霊力を持つ小動物は理解したらしかった。 「まさか、みくちゃんも……」 「私の場合、鬼なんぞに負けることはない。タマもそう。わかる? 私たちにとって、現状は何も変わっていないの。人間が減るぶんだけ、むしろ幸せだわ」 「ッ!!」 「わかったらそこ、どいてくれる? 帰るから」 「ちょっ、みくちゃん!!」 私は構わず、歩き出した。エスカレーターを下り、正面玄関から外へ出る。 「待ってよ、みくちゃん!」 後ろから小動物が追いかけてきた。息を切らせる小動物は、どこか異次元の存在のように見えた。 「みくちゃん、もしかして高位の霊能力者なの!? それなら力を貸して! 酒天童子を落とせば、鬼どもを駆逐できる!」 「だから。なぜ。力を貸さないといけないの?」 私の言葉を1ミリも理解していないような女が相手では、説明するのも億劫だった。 そんなことを思っていると、タマが前に出た。 「なんじゃ。お主、美空を連れて行きたいのか」 「そうよ。あなたも同居人なら知っているんでしょう? みくちゃんの力」 「もちろんじゃ。じゃが、お主は妾を理解しておらぬようじゃな」 ぐっ、とタマが妖力を高める。すると、その姿が人から獣へと戻っていく。 「……!! 妖狐!!」 「美空は妾のものじゃ。お主にはやらぬぞ」 「でも、今は霊能力者の力が一人でも必要なのよ!!」 「だから美空も言っておろう。なぜ美空が力を貸さねばならぬのか、と」 「そんなの当たり前のことで……」 「何がじゃ? どこがじゃ? 何故じゃ?」 タマの鋭い眼差しに、小動物も少しだけ怯んだようだった。 「この子は人間どもによって、もう十分に傷つけられた。何故、今さら人間どもに力を貸してやらねばならぬ? この子が傷ついた時、お前らは何をした? 何もしておらん。そう、何もしておらんのじゃ」 タマの言葉が胸に刺さる。 私が傷ついた時、もしも誰かが癒してくれたなら。誰か一人でも頼りにできる相手がいたのなら。 私は、こんなにも人間が嫌いになることはなかっただろう。 「人間はいつだって身勝手じゃ。そんな連中のために力を貸すことはない。妾も、美空もじゃ」 「だって……。みくちゃんに何があったかなんて、アタシは知らない。でも! このままで良いはずがないじゃない!」 「増長した人間どもが、正しい状態に導かれているだけのことじゃ。獣とて増えすぎれば狩られるじゃろう。世界とはそういうものじゃ」 「そんな、ことって……」 ぐっ、と拳を握りしめた小動物は、私を見つめる。 「みくちゃん、本当にいいの!? このままで、たくさんの人が亡くなって! これが見えないの!?」 小動物が手を広げる。視線を上げると、初めて視界に色々なものが飛び込んできた。 スーパーの周囲は、異臭が漂い続けている。その本体は、あちこちに転がっている。 ウジ虫の湧いた死体、死体、死体。腕が千切れたもの、頭が潰れたもの、体がねじ曲がったもの。見渡せば、そんなものはあちこちに漂っていた。 鬼に殺されたのか、あるいは避難する人に襲われたか。車にひかれたらしい死体も道路に転がっている。無惨に散らばった内臓が道路を赤黒く汚している。 見る必要がないから、見なかっただけ。でも、きちんと見るつもりになれば、無惨な死はあちこちに転がっている。 こんな光景は、どこにでも転がっているだろう。 「こんなにたくさんの人が死んで! 今も殺されてる! なのにそれで、本当に良いと思うの!?」 「やかましいぞ、人間。美空に何を言っても無駄じゃ。お前たちはいつだってそうじゃ、都合が良い時だけ人を頼りおる! 力を貸してやればすぐに忘れ、大事な時には何の役にも立ちはせん! 人間なんぞ滅べばいいのじゃ!!」 「ッ……!」 無駄だ。 狐の理屈で生きるタマと、人間の理屈で生きようとしている小動物の話が噛み合うことは絶対にない。 「タマ。いいじゃない、じゃあ試してみようよ」 「む? 試す?」 「タマに傷をつけられたら手を貸すっていうのはどう?」 「ふむ、美空が言うなら妾に異論はないが」 私たちの視線を浴びた小動物は、ごくりと喉を鳴らす。 「本気でやるよ」 「構わん。殺すつもりで来い」 どろん、とタマの姿が人間モードになる。妙齢の美女が小動物を見据え、くすりと笑った。 「ほら、どこからでも来い」 「……知らないからね」 小動物の構えは独特だ。霊力が手に集まり、 「霊刀!!」 霊力を押し固め、刀のように扱う能力。鬼ごときなら一刀両断できる力がある。 けども。 「来光流!! 紫電一閃!!」 小動物の姿がぶれる。力強い踏み込み、鋭い攻撃。けど、その程度でタマを傷つけるなんて、夢のまた夢だ。 次の瞬間、小動物の握った霊刀は、タマの指先ひとつで止められていた。 「どうした? 素振りかの」 「くッ……!!」 小動物は刀を引き、タマから距離を置いた。そんな姿に、タマはけらけらと笑う。 「甘い、甘い甘いのぉ。その程度で妾を傷つけようなどと。片腹痛いわ!」 「まだまだ! 来光流!! 快刀乱麻!!」 刃筋に霊力を集めた一撃。スピードはさほどでもないけど、かわすつもりもないタマが相手ならば十分な速度。 並の鬼が相手ならば一撃だろう。けど、タマが相手では。 「ふん」 タマは同じように指先で刀を弾くと、小動物の腕をつかむ。 「そら」 そのまま、ぐるんと一回転してぶん投げた。投げ飛ばされた小動物は壁に激突し、外壁を割る。 「霊力持ちじゃからな、死にはしないじゃろ。別に殺しても構わんが」 「くっ、はぁ……!! ま、だまだ……」 小動物は刀を杖にしながら、よろよろと立ち上がる。いつの間にか出血していた。 「……なんでそこまで頑張るわけ?」 私の質問に、小動物はほんの少しだけ答えを迷った。 けれども、結局は口を開く。 「今ここで頑張らなきゃ……。救われないから……」 「あんた一人で人間を救うつもり? おこがましい」 「違うよ。人間なんていう広い存在じゃない。今ここで頑張らないと、みくちゃんが……。救われないままだから」 「ーーは?」 小動物は真剣だった。 「これだけ人が死んで、目の前に死体があって。でも、ちっとも心が動かされないなんて、そんなこと絶対にありえない。もし本当にそうなら、きっと……。みくちゃんも、救われなきゃいけないと思う」 「私は救いなんて求めていないわ」 「でも、きっとそう。一緒に戦おうよ。そうすれば、きっと救われる」 「意味がわかんない。なんで人を救えば自分が救われるっていうわけ?」 「人間って、そういうものだから。誰かのために生きることは、絶対に、無駄にならないから」 「……」 誰かのために生きること、か。 私が、そうやって生きて。 「そうやって生きていた私を……。お前たちは、裏切ったんだ」 「え?」 「人間なんて信じられるか!!」 「ッ!?」 私の感情は、そのまま霊力の塊となって小動物を襲った。純粋な霊力の塊だったけど、そのパワーだけで、小動物は弾き飛ばされた。 さながら、トラックに衝突されたようなものだ。霊力で体を守っていなければ、潰れたヒキガエルのようになっていただろう。 「行こ、タマ」 私は倒れた小動物を放置し、タマと共にスーパーを後にした。 |