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ばたんと、表の通りから音がした。 人の気配がなくなったこの町では珍しい音で、だからこそ違和感を覚えた。 ごろごろと床に転がっていた私は、体を起こす。 「何かな、今の音」 「烏でも落ちたかの」 私より少し遅れて帰ってきたタマは、こともなげに言う。その態度に、ますます違和感がつのった。 「タマ、何をしたの」 「何もしておらんよ。妾は悪童ではないからのぉ」 「ふうん」 私は立ち上がると、玄関から外に出た。アパートの表通り。そこに制服姿の人が倒れていた。 「あれは……小動物」 倒れていた小動物に近寄り、呼吸を確認する。かろうじて息はしていたけど、生命に関わりそうな状態だ。 まあ、半殺しにしたのは私たちだが。まさかここまで追いかけてきていたのか。 「……」 もしかして、タマがトドメを刺したのだろうか。ありうる。 彼女は、私のためという大義名分があれば、人殺しだって平然とできる。普段はやらないけど、それは社会的な障害が発生しかねないからだ。 決して、倫理観によって殺さないわけじゃない。彼女にとって、人間の命なんて路傍の石と変わらない。 「ふむ」 見たところ、出血しているらしく、スカートに血がついている。腕は折れているのだろうか、少し変なカーブを描いていた。 ボロボロだった。それでも彼女は、ここまで辿り着いたらしい。見上げた根性だ。 「……ったく」 私は小動物に手をかざすと、霊力を放出した。 霊能者の持つ力は、同じような力を持つ相手になら分け与えることも可能だ。そして、霊力さえあれば、自分の傷はそれなりに重症でも治すことができる。 彼女がまだ死んでいないのも、霊力が治療にまわっているせいだろう。霊力が尽きていたら死んでいるくらいの大ケガだ。そのぶん、戦闘にまわせる霊力はなくなっているだろうが、こんな傷で戦闘行動するバカもいない。 「なんじゃ、結局助けるのか」 背後から声がした。振り替えると、タマが私を見下ろしていた。 「タマ、治療を手伝って」 「はいはい」 タマは私が頼んだことは、たいてい聞き入れてくれる。そして、彼女にできないことはあんまりない。 タマはふさふさの尾を小動物に乗せると、妖気を放出した。 私のやっている霊力分割とは根本的に異なる技術だ。人間の体にとって、本来なら妖気は”異物”に当たる。その異物で傷を覆い、損傷した箇所を塞ぐのだ。 言うなれば、妖気による包帯と輸血と縫合をぐちゃ混ぜにしたような、とんでもない治療術。こんな真似ができるのも、彼女が並ならぬ妖怪であるがゆえだ。 「ほれ」 私が分け与えた霊力と、タマによる治療術のおかげで、見た目には怪我もなくなっていた。服の汚れや破れは直せないけど、こればかりは仕方ない。 「じゃあタマ、部屋に運ぶから手伝って」 「なんじゃ。このへんにほかっておけばよかろ」 「そういうわけにもいかないの」 「何故じゃ?」 「……聞いてみたいからよ」 私は小動物の肩を持ちつつ、言葉を漏らした。 「なんで、そこまでするのかって」 小動物が目を覚ましたのは、二時間ほど後のことだった。 外はすでに日が暮れており、部屋の中で光っているのはソーラー充電したLEDランタンのみ。けど、狭い部屋だから、これでも十分に明るい。 そんな白々しい部屋の中で目を覚ました小動物は、 「……」 最初は状況を把握できないようだった。周囲を見渡し、私の顔を見つける。 「みくちゃんが、助けてくれたの?」 「助けられるような状況だってわかっていたわけ?」 「死ぬかと思った」 「死んでないわね」 「そうだろうか。これは幽霊になったアタシの夢では」 「もっぺんぶち殺してあげましょうか」 「遠慮しとく」 小動物はくすりと笑い、 「みくちゃん、なんで助けてくれたの?」 「あんたが死んだら、なんでそこまでするのか聞けなくなるでしょ」 「なんでって?」 私は頭の中で言葉を選び、吐き出す。 「あんた、言ってたわね。私も救われなきゃいけないって」 「うん。そう思ったから」 「私があんたたちに手を貸して、鬼を排除して。それで私が救われるっていうの?」 「そうね。そうやって、誰かの役に立つことが、自分っていう存在の意義になれると思う」 「はっ」 鼻で笑った私を、小動物はしっかりと見ていた。 「あんたらはいつだってそうだ。私のことを使って、頼りにしているだのなんだの、耳障りのいいことを言って。結局は私を使うだけ使って、笑うんだ。あいつバカだねって」 「アタシは、そんなことしない」 「信じられるか。人間はいつだって表の仮面と裏の仮面を使い分ける。裏では人のことをバカにしていても、それを本人に言ったりしない。陰口を仲間うちで叩きあって、本人は知りもしないんだ」 「アタシがいつ、そんなことしたの?」 「してるよ。いつだって。私は、そう思っている」 「そんなことする奴が、命がけで会いに来ないでしょ」 「……」 私が口をつぐむと、小動物は私を見つめながら口を開く。 「みくちゃんの昔話、ちょっとだけ聞いたよ。人間のことを信じられなくなった、その気持ちもちょっとだけわかる」 「……あんたに」 「わかるよ。アタシも、裏切られたことあるし」 「裏切り?」 「そうだよ。それが、転校してきた理由」 「……」 そういえば、こいつは中途半端な時期に転校してきた。進学や進級とは何の関係もない時期だった。 「前の学校でね。仲のいい友達グループがいたんだけどさ。その中の一人が、財布を盗まれたの」 「それで?」 「その子はね、学校に財布を忘れたまま帰っちゃったんだって。気づいたのは家に帰ってからで、結局、盗んだ犯人は見つからなかった。ただ、ちょうどその日、アタシは一人で図書室に寄っていてね。友達グループの中で唯一、アリバイがなかったの」 「他の誰かかもしれないでしょ」 「うん。でもさ、机の中に財布が入っているなんて、知ってないと探さないじゃない? アタシたちは知っていたんだ、友達だったから。それが疑われた理由」 「やってないんでしょ、あんたは」 「やってないよ。でも、誰も信じてくれなくてね。アタシが必死に否定していたら、ちょっといじめっぽい感じにまで発展しちゃって」 「……」 「ギスギスしたまま関係を修復できなくて、転校することにしたの。これ以上、あの子たちを嫌いになりたくなかったから」 小動物のーーこのみの瞳が、少し濡れていた。 「後から知ったんだけどね。本当は、財布、盗まれてなかったんだって。ただ、アタシをからかう理由付けに、財布がなくなったって嘘をついただけで」 「それでも許すわけ?」 「だって、本当に友達だったもの。なのに、なんであんなこと言われちゃったんだろうって、ずっと後悔していた。だからこの学校に来た時、みんなと友達になろうって決めたの。もう、誰とも仲違いしたくないって」 それで、私に話しかけてきたのか。 クラスでただ一人、誰とも会話をしない私に。 「みくちゃん。人間ってさ、一人でも生きていけるんだよ。生きていくだけならね。でも、それは心臓を動かせるってだけでさ。本当の意味では生きていないんだ。人間には、他人が必要なんだよ」 「私にはタマがいるし」 「……そっか。そうだね」 そのまま、小動物はふっと意識を失った。静かに寝息を立てる小動物を寝かせたまま、私は立ち上がる。 このみはこのみなりに、人間との関係で悩んだこともあるらしい。けれど、彼女はそれでも”人間と関わり続ける”ことからは逃げなかった。 一方で私は、一度の失敗で人間を恐れた。逃げて、自分が傷つかない道を選んだ。 それはそれで、今も間違っているとは思っていない。それ以外の道を選ぶことができたとも思っていない。 ただ、そうか、と気付いたこともある。このみのような、能天気にしか見えない女でも、過去には振り返りたくもないような思い出があった。 なら、あの女はーー過去に何を持つのだろうか。 「これからどうするかの、美空」 タマの問いに、私の答えは決まっていた。 |