|
時計の針がおやつの時間を指す頃、私と小動物は狐モードのタマにまたがった。 「タマ、どこに行けばいいか、わかるよね」 「酒天童子のところじゃろ。あやつの妖気なら100里離れておってもわかるわ」 「んじゃ任せる。小動物、しっかりつかまってなさい。落ちても拾わないから」 「わ、わかった」 タマは尻尾をひとふり、思いきり地面を蹴飛ばす。 「ひゃっ!?」 それはさながら風のごとく。 建物を踏み台に、妖気が強い方へ強い方へと飛び跳ねて行く。 「す、す、すごいんだね!?」 「当たり前じゃ。妾を何だと思っておる。大妖怪じゃぞ」 「言っておくけど、酒天童子もタマと同じクラスだよ」 「……大丈夫。勝つ!」 のんきなものだ。 実際、人間がまともに戦って、酒天童子に勝つ見込みはない。それは徒手空拳で戦車に勝てるかって話で、勝つとか負けるとかいう議論をすることさえアホみたいな世界だ。 けど、可能性がないわけじゃない。 かつて、源頼光の手で酒天童子は封印されている。けた違いの化物ではあるけど、倒せない相手ではないということ。 ただ、頼光は自分自身の力だけで鬼を倒したわけじゃない。その時に手を貸したのが、かつて日本最強の名を馳せた霊能者ーー陰陽師・安倍晴明。 彼は直接、酒天童子と戦ったりはしていない。頼光に霊力の通った武器を授け、鬼と戦う方法を渡したとされる。 かの大陰陽師であれば、あるいは酒天童子と戦う方法もあったかもしれない。けど、実際に鬼退治をしたのは頼光たちや四天王と呼ばれた武士だ。 何故か。実はその時、安倍晴明はそれどころじゃなかったからだ。 酒天童子が人にとって危険な鬼とするなら、安倍晴明が戦っていた相手はあらゆるものにとっての敵。 それが、タマが引き連れていた百妖だったという。 そう、タマは安倍晴明と戦っている。けどその時に負けて、以来、清明の式として生きたんだとか。 実際のところは分からないけど、タマは私に嘘を言わないから、たぶんそうなんだろう。 そして、タマは今も清明の式だ。彼が伝えた血筋を守り続けている。 それが、私。 ーー私は、安倍晴明の直系だ。 しかも血筋の中で、最も清明に近いんだとか。タマいわく、私は『懐かしい匂いがする』という。 私が妖怪を恐れる必要がないのはそこだ。歴代最強の霊能力者、その血を継ぐ者。生まれながらに人間とは次元の違う霊能力を持つ女。 私が酒天童子と戦えば、あるいは勝てるかもしれない。それ以外の有象無象など何をいわんや。 けど、私は戦うつもりはない。自分の命をかけてまで、人間たちを守ってやる義理もない。 人間はたやすく人を裏切る。表で良いことを言っても、裏では悪いことを言う。 好かれるということ、愛されるということ。そんなことは信じられない。所詮は他人だ。 人間には良い部分と悪い部分が混在している。それを、私はよくよく理解している。そして、理解しているからこそ、人間なんかのために戦うつもりはない。 だから、酒天童子が蘇っても、何かをしようとは思わなかった。どれほどの人間が犠牲になっても、私が行けば少しは改善できる何かがあると知っていても、戦いたいとは思えなかった。 今死んでいる人間は、私に石を投げるような連中と同じ、人間だ。助けてやれば私に感謝するかもしれない、けど、いずれ私に恐怖するだろう。助かれば、あんな化物、なんて言うに決まっている。 人間が人間に助けを求めるのは、苦しい時だけだ。その時が過ぎたら手のひらを返し、蔑むに違いない。 分かっている。 今も、私は酒天童子と戦いに行くわけじゃない。鬼が好き勝手をするなら、それでいい。 私が見たいもの、会いたいもの。 それはただ一人。 「……風野」 あの女だけだ。 世界を壊し、既存のルールを踏みにじり、混沌を呼び寄せた女。 お前に聞きたいことがある。 どこぞの山の入り口で、タマは着地した。 目の前には薄暗い山道がある。看板が立っており、トレッキングコースとして紹介されていた。 「この先に酒天童子がおるの。その他に人間が一匹と、妖怪が……。数えるのが面倒じゃ」 「了解。タマ、そのままゴー」 「うむ」 山道に入る。 しばらく道なりに進む。左手側は切り立った坂、右手側は崖。樹齢何十年だか何百年だかの木々が、足下から頭上まで並んでいる。簡易的な柵というかロープがあるけど、下を見たら足がすくみそうだ。 「ふむ」 そのまま進み続けると、休憩所に出た。 休憩所とは言っても、開けた場所にウッドテーブルとベンチを置いただけの、簡単な場所。崖側には看板があり、その先は町の景色が広がっている。 そこに、妖怪たちがたむろしていた。血の匂いがしたから分かってはいたけど、何人かの鬼が人間の死体を食らっている。 「しつけがなってなさそうな、阿呆共じゃな」 「んだよ、てめえらは」 鬼の一匹が立ち上がり、こちらをにらみつける。私の後ろで小動物がごくりと喉を鳴らした。 「タマ、こいつらの相手しといて」 私はタマから降りる。小動物も降ろし、何の気なしに広場へと足を踏み入れた。 「ひゃははは!! 人間風情が、エサになりに来たか!?」 「おい、待て。妖怪が連れた人間だぞ」 「構うもんか、やっちまえ!!」 血気盛んな鬼たちがいきり立つ。それらを前にタマは、 「はん。若造が、生意気を言うでないわ!!」 「ッ!!」 タマの放つ妖気。それだけで、全員が動きを止める。 本能的に理解したのだ。タマが格の違う、上位妖怪であると。 鬼たちが大人しくなったところで、構わず通り抜けようとする。その足が止まる。 「何をしているの?」 山道の先。そこに、似つかわしくいない美女が立っていた。 浅黄色の着物に、白い肌と黒い髪。見た目は美しいけど、額には角が生えている。 かたわらには、美女には似合わない金棒がひとつ。 「タマ、あいつ知ってる?」 「ふむ、会ったことはないが、たぶん茨木童子じゃろ」 「茨木」 酒天童子の部下である妖怪だ。妖怪としてのクラスは、それなりに高い方か。 「この先には酒天童子がいるの。まさかとは思うけど、あなたたち、鬼退治に来た武者かしら?」 「妾は酒天童子には興味がないし、美空は人間に会いに来ただけじゃ」 「あら、祈の友人?」 「そういうのじゃないけど」 私が否定すると、茨木童子はくすくすと笑った。 「友達でもないのにこんなところまで来るなんて。変わっているのね」 でも、と続ける。 「ここを通すわけにはいかないの。帰ってくださる?」 「あんたに許可を貰ういわれはないから大丈夫よ」 「ふん。しつけのなっていない、人間ね!!」 茨木童子が地を蹴る。同時、タマもまた、飛び出していた。 「はん」 茨木童子の振り下ろす金棒を、人間モードになったタマは片足で蹴り飛ばす。見事なハイキックで、金棒はコースがそれ、地面をえぐる。 「なんじゃ、雑魚妖怪風情が。妾の主に触れようとは片腹痛いわ」 「何かしら、あんた。妖狐のようだけど」 「いかにも。妾は玉藻前。妖狐である」 タマが名乗ると、ぎょっ、と隣で小動物が驚く。 「た、た、た、玉藻前!? 九尾の狐!?」 「懐かしい名前じゃな。じゃが、その情報はちと古いぞ」 獣妖は、長生きするほど力を蓄えていく。 タマは、妖怪としては最古参。その力は当然、年々増している。 ふわりとタマの後ろで尾がひるがえる。 「今の尾数は14じゃ。まあ、語呂が悪いから名乗りはせんがの」 |