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けた違いの妖怪であるタマを前に、さしもの茨木童子もビビっている様子だった。 「タマ、ここの妖怪たちと遊んでいて。私は風野のとこに行くから」 「うむ。この上の展望台におるぞ」 「了解」 私は腰を抜かした小動物の手を引くと、そのまま広場を通り抜ける。 私のことを茨木童子がにらんでいたけど、通さざるをえない。下手にちょっかいを出すとタマが攻撃してくるし、攻撃している隙を攻撃されたら、力任せの鬼では妖狐の術式をかわす術がない。 「ちょ、みくちゃん、ここ、危な……」 「大丈夫」 無視して山道に入った途端、後ろでどったんばったんと騒ぎが始まった。鬼たちの放つ鴇の声が高らかに響き渡る。 「みくちゃん、あの、タマさん、大丈夫なの? いくら玉藻前でも、あれだけ鬼がいたらさ……」 「大丈夫だって言ってるでしょ。私も、タマも、あの程度の鬼なら何百集まったところで同じなの」 大人と子供どころの話じゃない。武装した兵士と非武装の赤ん坊くらいに差があるのだ。 それは勝負じゃない、一方的な虐殺。いつでもできたし、今もやる気はないという、ただそれだけの話。 「それより小動物、ほら」 分かれ道に来たところで、私は小動物の手を離した。 右手は展望台へ。左手は山頂へ向かう道だ。 「風野は展望台。酒天童子は山頂にいるみたいね。あんたが行くのはそっち」 「みくちゃん……」 「今さらついて来て、なんて言わないように。言われても行かないけど」 「……うん。大丈夫」 ぐし、と目元をぬぐい、小動物はまだ見ぬ山頂をねめつけた。 「後は任せて!」 力を込めた小動物は、霊刀を手に、山道を駆け出した。 これで小動物が本物なら酒天童子は落ちるだろうし、失敗したらその時はその時だ。 私は展望台へ足を向けると、そのまま歩き出す。木々の間を抜けていくと、開けた場所に出た。 そこは、先ほどの休憩所よりも大きなスペースだった。木々の高さよりも上で、町の景色がよく見える。 そこに、一人の女が立っていた。 「やあ。いつか来ると思っていたよ」 学校の制服姿そのままな風野は、どこかいびつだった。私は風野をにらみつけ、答える。 「あんたに会いたいと思っていたからね」 「ふうん。それは安倍晴明の血筋が理由?」 「……知っていたの?」 「もちろんさ。知っているからこそ、会ってみたかったんだし」 「ふうん?」 風野は私に背中を向ける。町を眺めながら、 「安倍晴明の直系でありながら、その天才的な血筋を使うでもない。人間として普通に過ごし、けど、いじめに遭って以来、人間との積極的な接触を断つ、と。それが君の半生だ」 「どこでそんなの知ったわけ?」 「……僕も、子供の頃から妖怪が見えたし、妖怪を従えることができた。簡単な話でね。僕も清明の子孫なんだ」 「へえ」 「とは言っても、君の家とは百年以上前に分かれているから、親戚と言うほど近くはないけどね」 そう言う風野は、どこか楽しそうだった。 「子供の頃から妖怪と仲良くできた僕は、嫌な奴は妖怪にやっつけてもらった。原因不明の事故死とかになったけどね」 「式神ってそういう使い方をするもの?」 「いいだろう、別に。自分の力をどう使っても僕の自由さ」 その点は否定しないけど。 「僕にとって、命なんていつでも奪えるものだった。だからかな、命というものが尊いものであるということは、他の人よりも考えていたよ」 「いつでも奪えるのに?」 「いつでも奪えるからこそ、奪うまでの間はきれいに輝いていて欲しいんだよ」 振り返った風野。その瞳は、真剣だった。 「美空。僕と一緒に、人間を殺さないか」 「殺してどうするの?」 「人間たちは命の輝きを忘れているんだ。それがどれほどのものなのか、ちっとも理解していない。命ってのはね、ただ存在するだけじゃダメなんだよ。それを輝かせるものがなければ、存在しちゃいけないんだ」 「……」 「神社と同じさ。その存在は、ただ存在するだけで意味があるものじゃない。そこに存在した歴史や目標があって、初めて存在として意味を成すんだ。なのに今の人間、特に日本人は、なにがなんでも生かそうとする。それは、輝く命という存在を、ショーケースに並べ立てるような愚行だ」 「だから殺すの?」 「そうさ。何のために生きるのか。理由をなくした存在は死ぬべきだ。そして、それらはすべからく認められるべきだ。自殺も、尊厳死も、委託殺人も、何もかもは存在して良いものだ。それらを否定するような連中は皆殺しにし、あるいは、それらを自ら切望するような状況に陥ってもらう」 「そのために酒天童子を蘇らせたんだ」 人々を傷つけ、殺すために。 腕をもがれた人間は、苦痛から逃れたいと死を望むだろう。 自分の子を殺された親は、悲しみのあまり死ぬことを願うだろう。 今までの日本では、それらは認められなかった。死ぬということは最大の禁忌であり、議論することさえ認められない風潮があった。 だからこの女は、酒天童子を蘇らせた。全ての人間が死を望むような状況を作り出した。 「地獄の釜は開いた。もうこの世界に、安全な場所はない」 ごく自然な笑顔を見せるこの女は、世間一般からすれば、狂った女と映るだろう。 けれど、私にはーー彼女が言いたいことも、少しだけ理解できていた。 「確かに、日本では死ぬことを許されていないわね。体が動かなくなっても、強制的に延命させられる」 「そうさ。それが正しいことなはずがない」 「そうかもしれないわね」 彼女の言いたいことは理解できる。 世界がそんなに綺麗じゃないことも、私は知っている。 じゃあ、彼女のやることを応援する? ーーそれは違う。 「確かに人間は汚いし、人類なんて滅亡しないかな、なんてことも思ったけど」 いつも窓の外を眺めていた。隕石でも落ちてこないかな、なんてことを願っていた。 そして、実際に風野という隕石が落ちてきた。町は破壊し尽くされ、多くの人々が無惨な死を迎えた。 それを、悪いとは思っていない。 でも。 「そういうことを、自分の手で起こすってのは、ちょっと違うのよね」 「ふうん?」 「私は人間が嫌いだよ。関わるのも嫌い。人間の全てが嫌い。いずれ私を裏切るくせに、口先だけで良いことを言う連中が嫌い」 そう、人間なんて大嫌いだ。 それでも。 「だからって、人間を滅亡させるってのは、ちょっと違うんだ」 「何が違う?」 「私に土下座して謝る連中がいなくなっちゃうでしょ」 くすり、と風野は笑った。 「やっぱり、君も人間が必要なんだね。嫌いだって言うのはそういうことだ」 「どういうことよ」 「本当に人間と対極にいる存在は、そもそも人間に関心がない。愛の反対は無関心なんだよ」 関心がない。存在を認めない。 ーーそこには、満たすものも何もない。 「君は人間が嫌いだという。それだけ、人間に強い関心があるんだ」 「……そうかもね」 「なるほどね。僕と君は似ているけど、決定的に違うところがあるとすれば、人間の死に対して抱く感情かな」 わかった、と風野は手をあげた。 「対立は避けられないわけだ。とはいえ、僕も清明の血筋とは言っても、陰陽師ってわけじゃない。君ほどの力はない。喧嘩はよそう」 「で?」 「代理戦闘はどうだい? 酒天童子と君の連れている、玉藻前か、彼女とで戦うというのは」 「ああ、それなら必要ないわ。酒天童子のところには、もう向かっているから」 「……? 誰がだい?」 「伊藤このみ」 私が答えると、風野は目を丸くした。 「彼女が? 死ぬだけじゃないか」 「そうでもないわ。私がお守りを渡したから」 「……お守り?」 私は頷き、 「春日大社で祈りを込めてきたわ。あそこは日本で一番古くから人々の願いを集めてきた場所。莫大な人間の祈りがたまっている場所よ」 霊能力を持たない人間の祈りは、たいした力を持たない。けれどあの場所は、何百年もの間、数えきれないほどの人々が祈りを捧げた場所。 その祈りを、私の力でお守りに封じ込めた。 「人間の想いってやつが強いんであれば、このみが勝つ。人間という生き物が屑なら、酒天童子が勝つ。私はどっちが勝ってもいいの。ただ、その結果を見て、あんたの感想が聞きたかっただけ」 「……なるほどね」 風野と私、二人の視線が山頂に向かう。 さっきから感じている霊力と妖気のぶつかり合い。その結果が、全てだ。 |