山のてっぺんは岩がちの地形になっている。
 木々も生えておらず、人間の文字が書かれた看板が突っ立っているだけだ。申し訳程度の柵もあるが、たいした意味があるようには見えない。
 俺は石の上に座り、ただ待っていた。足元では強大な妖気のぶつかり合いや、強い霊力の持ち主が感じられる。
「玉藻前に、この霊力は安倍晴明か……」
 どっちも、俺が封印される前には戦うことのできなかった相手だ。
 妖怪たちの中でも、特に強い力を持っていた古豪という者がいる。それぞれが山野の地形を変えられるほどの力を持ち合わせた妖怪だ。
 玉藻前はその一人、獣妖の中でも最も強い妖力を持っている。その力を使うことはあまりなかったが、戦闘力だけで言えば俺に劣らない。それほどの相手と戦えるなら、鬼として冥利に尽きる。
 それに、安倍晴明というのも戦ってみたかった。人間でありながら、妖怪よりも強いという男だったという。もちろん当時の安倍晴明が生きているはずはないだろうから、生まれ変わりといったところか。力があるならなんでもいい。
 そうだ、力だ。
 現代日本というやつは、とかく骨のないやつばかりだった。人間を殺すのは嫌いじゃないが、あまり手応えがなさすぎるのも白ける。
 当時は武士という者も多くいた。もちろん俺と勝負になる武士は頼光くらいだったが、それ以外の連中も霊刀を振るうくらいはできたもんだ。
 それがどうだ、今の人間どもは、戦いにすらならない。一方的になぶられるだけだ。情けない。
 長い時間が経過したせいか、人間どもは霊力の扱い方さえ忘れてしまったようだ。自分達で作り出した火薬とかいう品を使った武器は、人間相手ならば通用するだろうが、存在が異なる我ら妖怪には欠片も通じない。
 人間たちってのは、昔からそうだが、自分たちのできることに対して自信がありすぎる。それは風野も感じていたようだが、ありえない事象が起きた時に、とかく受け入れない。
 それじゃあ話にならない。
「……ん?」
 清明も玉藻前も下の方で止まっている。なのに、下から誰かがあがってくるようだ。
 視線を下に向けると、木々が生い茂っており、その間に一本の道が通っている。その山道を、一人の女が駆け上ってきた。
「なんだ、テメエは」
 服装は風野に似ているが、風野よりも小さい。女であることは間違いないようだが、手には霊刀を持っていた。
 とはいえ、感じる霊力は遥かに小さい。距離の遠い清明の方が霊力を感じるくらいだ。
「少しは霊力を使えるみたいだが、その程度じゃ死ぬぞ」
「それでもやらなきゃ……。これ以上、人を殺させるわけにはいかない!」
「ふん。まあ、いいだろう。退屈していたところだ」
 石から腰を上げる。俺は右手で左腕をつかむと、
「ふん!」
「ッ!?」
 左腕をへし折った。そのまま引きちぎる。
「な、何を……」
「あ? ああ、お前は鬼の戦いを見たことがないのか」
 雑に千切った左腕。そこに妖気を集めると、新たな腕がぐずりと生える。
「っ……。なんて再生能力……」
「当たり前だろ。鬼をなんだと思ってやがる」
 俺は引きちぎった腕をぶん、と振り回した。それは重量を増し、姿を変える。
 長さは七尺。重量は五百貫。
 鬼の腕を変化させた、鬼の武器。
「これが金棒ってやつだ」
 右手で金棒をつかむと、俺はひょいと持ち上げ、肩に担いだ。
「これ一本で、重さは人間三十人ってところだ。霊力が通っていない人間ならかすっただけで挽き肉だな」
「アタシは、これでも霊能力者よ。そう簡単にやられたりはしない」
「そうかい。その方が俺も嬉しいねぇ」
 金棒をぶんぶんと振り回す。速度のついた金棒は、それだけで暴力的な風を吹き散らせる。
「そうでなきゃ、面白くねぇからな!!」
 地を蹴り、同時に金棒を振り下ろす。
 が、女は俺が当たる寸前に横へとかわしていた。構わず振り下ろした金棒が地面を砕き、山肌を吹き飛ばす。
「はっはぁ!! どうした女!! 逃げてちゃ戦いにならんぞ!!」
「ーー来光流! 紫電一閃!!」
 横合いから風が吹いた。鋭い斬撃は並大抵の練磨じゃない、が……。
「甘っちょろい!!」
 俺はほとんど同じ速度で、金棒を振り回す。女の霊刀と俺の金棒が激突し、
「っ!!!」
 吹き飛んだのは女の方だ。
 当然だ、鬼である俺と人間の女じゃ、重さも腕力も違いすぎる。
 吹っ飛んだ女はごろごろと斜面を転がり、岩肌に激突して止まった。転がった後には、点々と血液が残っている。
「どうした女。まさかもう終わりか?」
 俺が挑発すると、女はよろめきながら立ち上がった。どうやら、霊力による防御だけはまともらしい。
 だが、攻撃がイマイチだ。霊刀を作れることは器用なもんだが、そんなことをするくらいなら、名刀を使った方がよほどいい。名の知れた鍛冶屋なら、霊力の通った刀を打つくらいはなんてこともないはず。
 ……それともまさか、この時代には鍛冶屋さえいないのか? まあ、霊力を持つ人間がこれだけ少ないと、そういうこともあるのかもしれないが。
 とにかく、この女は戦いに無駄が多い。霊力の使い方に、と言うべきか。
 昔の武士は、霊力で武器を作るような無駄使いはしなかった。そのぶん斬撃には鋭さがあったし、力強さがあった。
 それがどうした、今の人間は、霊能力者でさえこの程度なのか?
「……なるほどな、妖怪がいないからか」
 妖怪たちが、今の俺たちみたいに暴れていたら、もっと霊能力を持つ人間は多かっただろう。驚異があれば、生き物は対抗しようとするはずだ。
 この時代。風野いわく、妖怪の姿はほとんどいないそうだ。俺も蘇ってからというもの、感じる強い妖気はせいぜい玉藻前くらいで、鞍馬も大蛇もいやしない。
 これじゃあ人間が育たないのも当たり前か。玉藻前は元から人間と仲が良い女だしな。
「人間、もうやめとくか? 無駄に死ぬだけだぞ」
「鬼の、くせに……。見逃すわけ?」
「そりゃ、驚異になるようなやつを見逃したりしないがな。雑魚相手に本気で戦ったってんじゃ、かえって名折れだ」
「甘く、見ないで……」
 ぎらりと輝く眼差し。
 女の目に、俺はくすりと笑ってしまった。
 勝ち目などあろうはずもない。たいして強くもない女。なのに、その目だけは爛々と輝き、猛禽のごとく獲物を狙っている。
 力は弱いがーー志だけは、立派な武士というわけか。
「酒天童子。あんたは、アタシが、封じてみせるわ」
「ふん。貴様程度の霊力で俺を封じることができると思うのか」
 そう言って、ふと思い付く。
 まさか、この隙に玉藻前が仕掛けてくるのか? いや、あいつの気配は下の方だ。どうも茨と遊んでいるらしい。
 茨じゃ玉藻前を相手にするのは荷が重いだろうが、足止めくらいはできている。それに、清明はどうも風野のところから動く気配がない。
 なら、この女は一人でどうにかするつもりか? まさか。源頼光でさえ、単独で戦ったわけじゃない。それを、女が一人でどうにかできるものか。
「心意気だけじゃ鬼は倒せんぞ、女」
 俺の言葉にも、女はにやりと笑うだけだ。
「アタシの名前を覚えておきなさい。伊藤このみーー酒天童子を倒す女よ!!」