「鬼を倒す、か」
 鬼殺し。
 かつて人間の武士達にとって、これほど大層な二つ名はなかった。鬼とは力の象徴であり、人間という種族の上位に立つ者。
 すなわち、鬼殺しとは”人間を越えた証”だ。
「意気込みは結構だが……。現実、お前の刀では俺を倒せん」
「どうかしらね」
「見てわからないか? お前の刀はどれほど霊力を込めたところで、俺を一撃で殺せる代物じゃない」
 鬼の体は妖気で再生できる。鬼の中でも特に霊力が多い俺なら、腕の一本、足の一本さえも簡単に再生できてしまう。首をはねたところで再生は可能だ。
 致命傷を与えるためには、一撃で俺の妖気すべてを消し飛ばすしかない。だが、この女にそれほどの霊力はないし、そんな技があるとも思えない。
「女。お前はこの時代じゃ珍しい、霊力を持った人間だ。悪いことは言わん、逃げ帰れ」
「……なんですって?」
「逃げろと言ったんだ。無理に殺されるより、どこかで力を蓄えてから来い。その時には、もう少し勝負になるだろうさ」
 女は俺をにらみつける。
「もし、アタシが逃げ帰って……。その間に、あんたたちは好き勝手にするんでしょう」
「当然だろ。力の強い者には全ての権利がある。それが妖怪というものだ」
「それをさせないのが! 人間ってものなのよ!!」
 女が手に力を込めたのがわかる。霊刀の輝きが増す。
 じり、と間合いを測っている。あの女ーー最速の抜刀術は、間合いが四間よんけん程度か。
 少しずつ距離を積めてきている。間合いまであと三歩。
 二歩。
 一歩。
「ふっ!!」
 先に動いたのは俺だ。いきなり突撃してきたものだから、女は攻めるか守るか、一瞬の迷いが生じた。
「遅い!!」
 俺は金棒を振り上げ、思い切り振り下ろす。遠慮などない、ただ殺すための一撃。
 死を与える瞬間。その瞬間に、女の笑顔が見えた。
「やっと捉えた」
 次の瞬間。俺の全身を霊力が包んだ。
「ッ!?」
 この霊力はーー神域!? まずい!!
 闇から生まれた妖怪にとって、神域の力は猛毒だ。慌てて逃れようとして、けれど、足が動かない。
「こ、いつは……!?」
「来光流。形影相弔けいえいそうちょう
 いつの間にか、女の霊刀は俺の足元に突き刺さっていた。
 霊力の光が、俺のーー妖怪の、存在するはずのない”影”に突き刺さっている。
「鬼の動きを止める霊技。本来なら、一人で戦う時には使わないんだ。刀が使えなくなっちゃうから、いくら足止めしても、とどめを刺す方法がなくなっちゃうもんね」
 けど、と女は続ける。
「今のアタシにはこれがある」
 取り出したのはお守りだった。そこから、神域の力が溢れ出している。
 それも、ただの神域じゃない。百年、二百年? あるいは千年?
 数えるのもバカらしくなるほどの年月をかけて蓄積された、”人間たちの想い”が溢れている。
 神とは人間たちの祈りが折り集まって結晶となった存在だ。対して俺たち妖怪は、一人一人の恐怖が形を成したもの。
 対極に存在する俺たちにとって、神の力ーー人間たちの想いを寄せ集めたものは、最も嫌いな力だ!
「ぐ、ぬ、おおおおおお!!」
 バカな! この程度で、酒天童子が負けてたまるか!!
「ぐっ……!!」
 全身に妖力をたぎらせ、拘束から逃れようとする。だが、神域の力が満ちているせいで、うまく力が入らない。
「最初から、あなたの動きを止める瞬間だけを狙っていたの。このお守りは、春日大社で祈りを込めてきたんだって。最も古い、民間に寄り添ってきた神社の力……。色々な想いが、このお守りには込められている」
「春日大社、だと……!?」
「人間だもの。間違えることも、失敗することもあるよ。それでも大切な人には幸せになって欲しいから、祈りを捧げるの。それが、”正義”って言うのよ」
「きっ、貴様ぁぁぁぁぁぁ!!」
「アタシに、力をつけて来いって言ったわね。そっくり返してあげるわ。その程度の力で、人間と争おうと思うなんて、おこがましいにも程がある」
「ぐっ、き、貴様!! 人間の分際で!!」
 ふと。目の前の女に、あの時の頼光が重なる。

『じゃあな、酒天童子。お前は間違ってたんだよ』
『鬼に間違いなどあるか! お前たち人間が! おかしいんだ!! 弱い連中のために、強い力を無駄に使って!! なぜそんな真似をする必要があるんだ!!』
『それが人間ってもんなんだ。一人じゃ生きていけないって知っているから……。だから、弱い連中だって、救わなきゃいけないんだよ』
『強きとは自分の足で立って歩くことだ! そんな弱い連中は捨て置けばいいだろう!!』
『わかってねぇなあ。そこで見捨てたら、いつか自分だって見捨てられる。そこで救えば、いつかは自分を救ってくれる。つまりは……』

 頼光の言葉が、女の言葉と重なりあう。

『これが、大切な人を守る唯一の方法なの』

 そんなバカな。
 そんなことがあるか。
 また、封印されるのか。
 ーーくそっ。
「いい、だろう……。なら、俺は何度でも蘇ってやる。どうせ鬼に死はない。お前たち人間がいる限り、俺はいつまでも待ち続けてやるさ」
「酒天童子……」
「次こそは皆殺しだ!! 覚えておけ!!」
 ああ、徐々に暗くなる。その中にひとつ、強い輝きがある。
 蛾が炎の中に自ら飛び込むように、俺たち妖怪が逃れることのできない輝き。
 その中に、俺の意識は全て溶け込んでーー。