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山頂に行くと、小動物がぶっ倒れていた。 明かりで照らしても、小動物は起き上がる気力がないようだった。彼女の前にはお守りが転がっており、霊力の余韻が感じられる。酒天童子はお守りの中に封じられているようだ。 「生きてる? 小動物」 「生きてるー……。もう死にそう」 「じゃあ大丈夫ね。風野、下山しましょう」 「ちょいちょい。救護活動してかない? てかマジで痛いの」 かろうじて首を起こした小動物は、私たちの姿を認め、 「風野さんも来たんだ」 「まあね。死んだわけではないから」 答えた風野は、小動物のそばに屈むと、霊力を渡す。 風野も私ほどではないけど、霊力はそれなりにある。小動物の霊力を回復させるくらいならなんでもないだろう。 「みくちゃん。ありがとね。おかげで命拾いした」 「私にはどうでもいいわ」 そう、どうでもいいことだ。 酒天童子が負けようが、負けまいが。私の心が変わるわけじゃない。 「とにかくもう暗いし、普通に下山したら危なそうね」 正直、ここまで来るためにも霊力の明かりを使ってきたけど、足元がおぼつかなくてかなり危なかった。 そんなことを考えていると、下の道から妖気が漂ってきた。タマだ。 「お帰り、タマ」 「うむ」 タマは小脇に茨木童子を抱えていた。どうやら気絶しているらしい。 「殺さなかったの?」 「殺せとは言われんかったからの。他の鬼共も寝かせてあるぞ。式神にでもするかの?」 「式ならあんた一人で十分だわ」 「そうかの。ほれ、茨。起きよ」 タマが活を入れると、茨木童子は目を覚ました。 周囲を見渡して状況を理解した茨木は、 「……殺しなさい」 一言、そう呟いた。 「どうせわたくしには、今の酒天童子を復活させる方法などありません。彼がいない世界に意味などない。殺しなさい」 「ふむ。どうするかの、美空」 問われた私は、首を横に振る。 「ほっときましょ」 「貴様! 情けをかけるつもりか!」 「死にたければ勝手に死ねばいい。でも、殺してやる必要はないわ。あんたの命を勝手に預けないで」 「……!!」 殺すということは、相手の命を背負うということ。 どれほどのシリアルキラーでも、そこに後悔の念など欠片もなかったとしても、殺すってのはそういうことだ。 心のどこかに殺した相手は残り続けてしまう。私の心は、もう誰かが入る余地なんていらない。 「どこにでも行きなさい」 「……鬼を放して、また争乱が起きても知らないですよ」 「知ったこっちゃないわ。別に誰が死のうと私には関係ない」 「そう。あんたたちは正義の味方かと思っていたけれど」 「冗談でしょ。ヒーローなんて一番遠いわ」 タマが茨を放すと、茨は私たちをにらみつけ、そのまま夜闇の中に跳ねて行った。 「……タマ。そろそろ帰るわ。狐モード」 「うむ」 どろん、と美女が狐に変化する。風野と二人で小動物もタマに乗せ、三人でまたがった。 「じゃあ行きましょ」 山を飛び出し、夜の闇に踊り出す。 月が出ていたことに、今更ながら気がついていた。 翌朝、委員長たちが隠れているスーパーに向かった。 小動物と風野を連れていくと、委員長は涙ながらに抱きついてきた。 受け止めてやる義理はないので適当にかわし、他の連中と共に置いて外に出る。 スーパーの前庭は、いまだに死体が転がっている。酒天童子が倒れたからといって、鬼が蔓延った日本という国が元に戻るわけじゃない。 世界は崩壊した。まっとうな秩序は破壊された。 多くの人々が死んだし、混乱も起きるだろう。 まあ、世界がカオスになったところで、私にはタマがついている限り心配する余地はないんだけども。 「美空」 死体を眺めていると、後ろから声をかけられた。振り返ると、風野が微笑んでいた。 「君はこれからどうするんだい?」 「どうって?」 「社会秩序は僕が壊した。この先、混沌が発生する。巻き込まれに行くかい? それとも、距離を置くのかい?」 「混沌? まあ、多少は混乱するかもしれないけど、せいぜい半年ってとこじゃない」 「……?」 私はため息がてら、 「当たり前でしょ。妖怪なんてせいぜい千匹かそこらしかいなかったのに。それぞれが一万人を殺しても、犠牲者は1000万人よ? 日本の人口からしたら10分の1にもならない。生き残った人たちで、復興はすぐに始まるわ」 「なるほどね。それはそうだ」 「問題は妖怪が実在するって認知されたことね。たぶん、弱い獣妖なんかは逃げ場所を探すと思うけど」 「そうじゃな」 私の言葉に返事をしたのは、風野じゃなかった。 見上げると、屋根の上から狐モードのタマが飛び降りてきた。 「そのうち人間の手で妖怪狩りが起きるじゃろう。じゃから、妾は弱い妖怪どもをまとめて、隠れ里を作るつもりじゃ」 「隠れ里?」 「妖力で集落そのものを隠すんじゃよ。妾の妖気ならたやすいことじゃ」 「ん。じゃあ、私もそこに引っ越すわ」 「よいのかの? 人間の里には容易に戻れなくなるが」 「別に。人間は嫌いだし、関わらずに済むならそれに越したことはないわ」 私は振り返り、 「風野。あんたも来なさい」 「僕も?」 「あんたはいまや大量殺人の首謀者。権力がこぞって探そうとしている女よ。テレビにも出ちゃったしね。隠れた方がいいと思うわ」 「いいのかい? 僕は、それこそ犯罪者だ」 「あんたを人間に引き渡すのも癪だしね」 私は、人間を好きになる最後の機会を永遠に失ってしまった。この先どれほど生きても、私を傷つけた連中が反省することは二度とない。あいつらは、もう死んだのだから。 終わらせるきっかけとなるものを失い、けれど、私の中では何かが終わったような気配があった。 負の感情が凝縮したような連中の無惨な死に様が脳裏に焼きついている。 人間は反省する生き物なのだと思える機会はなくなった。人間と付き合い続ける限り、その事実は私の中にトゲとして残るだろう。 なら、人間と関わりを切った方がいい。妖怪たちは、むしろ信用できる。 「言っておくけど、妖怪の世界は実力主義よ。強い奴が偉い。まあ、タマが近くにいる限りは大丈夫だけど」 「僕も戦闘派じゃないけど、弱くはないよ」 「知ってるわ」 安倍晴明から続く霊力の力は伊達じゃない。感じられる人間なら、その霊力は並々ならぬものだとすぐにわかる。 「じゃあ、とりあえず帰ろっか」 「うむ」 足を動かそうとしたところで、 「みくちゃん!」 振り返ると、小動物が駆け寄ってきた。 「みくちゃん、今回は本当にありがとう。助かった」 「別に。どうでもいいことよ」 「でも、どう? 人に感謝されるのって悪い気分じゃないでしょ?」 くすりと笑い、小動物は続ける。 「人間ってさ。嫌な人もいるし、良い人もいるよ。みくちゃんは良い人だ。だから傷ついたんだよね」 「それで?」 「もっかいさ、普通の高校生をやり直してみない? 委員長も協力してくれるよ」 「断るわ」 私は間髪いれず、そう答えた。 何かを言おうとする小動物を押し止め、 「あんたは言ったね。私を救うと。人間は、一人では生きていけないんだと」 それは、風野の言い分に通ずるものだ。 心臓を動かすだけなら、肉でも食べていればいい。人間が人間として、その尊厳を保つには、他にも色々なものが必要なのだ。 小動物は、そのひとつを他人の存在と捉えた。でも。 「私は、他人という存在で自分を潤せないの。他人は嫌い。交流だってしたくない。それが私の個性なの」 「みくちゃん……」 「風野みたいに積極的な殺戮はしない。でも、だからって人間と仲良くできるわけじゃない。一人が楽しい人間だって世界にゃいるのよ」 見上げた空は青い。世界は何も変わっていない。 変われるのは、いつだって生き物の方だ。 「たとえばさ、LGBTって言うでしょ? マジョリティとは違う心を持つ人間は存在するの。でも、マジョリティにいるあんたたちはそれを理解しないし、理解しようともしてくれない。だから関わるのをやめるの。それがお互いのためなのよ」 「でも、それは……」 「同じ猫でも、人に飼われる猫もいれば、サバンナで駆け回る猫もいる。違うところで生きる存在だった、それだけよ」 私は歩き出す。前に向かって歩く。 前向きに歩くって言葉は好きじゃなかった。でも、今なら理解できる。 体と心が同じ方向を向くこと。それが、前を向くということ。 体だけ進もうとしても、心が明後日の方向を見ていては進めない。前向きじゃないってそういうことだ。進む方向は関係がない。 今なら言える。 「私は、妖怪として生きていくよ」 |