青い空。白い雲。
 あきれるほどの暑さは9月に入っても収まらず、太陽は何が楽しいのか、今日も元気に光り輝きまくっている。
「……」
 学校からの帰り。駅のホームで電車を待つ間、僕はスマホを手に取る。
 流れてくるニュースのタイムライン。首相が海外で演説しただの、経団連がなんだかの発表をしただのといった話が出てくる。
 そんなものを見るともなし眺めながら、少しばかりため息が出た。
 視線を鞄に向ける。その中には、学校で貰った進路調査表が入っている。どこの大学に行きたいか、どんな業界に就職したいのか、答えるものだ。
 まだ先の話だ。だけど、何をしたいのかと聞かれても……。
「よう、遠野か」
「え?」
 振り返ると、クラスメイトの犬塚が手を振っていた。
「犬塚、部活だったんじゃないの?」
「ああ、今日バイトだったの忘れててさー。どうせ顧問も休職中で、代わりの人もやる気ないし」
「ふうん」
 犬塚はテニス部だ。とはいえ、うちのテニス部は定員ギリギリ、決して熱心な部活じゃない。部活よりバイトを優先しちゃうようなところがあるのも、まあそういうことだ。
「遠野、進路調査表、もう書いた?」
「まだ。てか今日貰ったばっかじゃん」
「そうだけどさ。遠野は頭いいから色々と決めてるかなって」
「頭は関係ないよ、こういうのは。犬塚は?」
「なーんも」
「テニス関係とか」
「おいおい、部活サボってバイト行くようなやつに、テニス仕事にするほどのもんがあると思ってるの?」
 おっしゃる通り。
「それにさー。就職ってのもなー。将来、給料少ないって話じゃん?」
「まあ、大卒の方が生涯年収は多いって言うよね」
「それ聞いちゃうと高卒で就職するのもどうかなーって」
「でも、日向先輩。高卒で就職して、今度、店長やるってさ」
「マジで? すごいね、まだ20歳前じゃん」
「そのぶんキツいんだろーけど」
 そう。就職すれば、それはそれで悩むことが出る。
 でも、進学したところで同じだ。いずれは就職するんだし、問題が先延ばしされるだけ。
 それに、大学だって将来どんな業界に入りたいかで、進路先は変わってくる。
 僕は理系だけど、工学部なのか、理学部なのかでも話が変わる。工学部だってデザイン系、機械系、電気系などなど。理学部は理学部で化学か、プログラマーって道もある。
 何をしたいのか。それを聞かれると、特になにもない。それが、僕。
 入線した電車に乗り込み、二人でつり革をつかむ。
「進路ねぇ。やりたいことなんてねーし、てかなにもやりたくねー」
「あ、僕も」
「でしょ? あたしは居酒屋でバイトしてっからなおさらだけどさ。酔っぱらいは絡んでくるし、急にむちゃくちゃな要求してくるし、平気で皿やグラス割るやつだっているし。社員は社員で使えねえってか、当てにならないし」
「そういうもんなんだ?」
「おうよ。この前だって、女子のバイトが酔っぱらいに文句言われててさ。俺はこんなもん頼んだ覚えねえって言うのね。タッチパネルで頼んでんだから間違えも何もないでしょ? なのに店が悪いってさ」
「自分で押し間違えてんじゃん」
「そうなんだよ。で、女の子も半泣きでさ。しょうがないから、あたしがすんませんって謝って、代わりの料理持ってってさ。そしたら社員の野郎、無駄になった料理の代金どうすんだよって言い出すんだよ? ふざけろよ」
「うわ、ひどいね」
「そうだよ。バイトに全部押しつけやがって、本来ならお前がどうにかするってシーンだろっての」
「そうだね」
「そんなん見ちゃうと社員になりたいなんて思わないし、じゃあ別のとこに就職するかって考えてもなぁ。飲食はキツいし」
「……まあ、どんな業界に行っても同じだと思うよ」
「同じって?」
「結局さ、一部の人間だけ得する社会ってのになってるから。そうでない連中は何をしたって大差ないってこと。理不尽なこと言う相手が酔っぱらいか素面かの違いしかなくて、むちゃくちゃ言うやつはどこにでもいるし、当てにならない上司もどこにだっている」
「まあ、そりゃそうだろうけどなー。お、あたしここだ」
 電車が駅に滑り込む。犬塚が手を振りながら降りていく。
 僕はちょうど空いた座席に座り、スマホを手に取った。画面を見るともなく眺めながら、ひとりで考える。
 そう、無駄なんだ。
 みんな、問題の本質に目を向けるつもりがない。だからどんな問題も放置され、育ちきってから大問題として扱うようになる。
 経済が悪いのも、少子高齢化も、増加する自殺者やたまに起きる殺人事件だって、どうにもできるような、どうにもできないような問題。でも、それらと真剣に向き合うつもりの人はいない。
 だって、面倒だから。
 やってもやらなくても、大きく変化することはない。やっている風を装えばみんな納得する。勉強しているふりをしていれば大人は満足で、働いているふりをすれば上司は満足で。
 自分程度の努力では変化せず、ただ周囲が押しつけてくるどうしようもない波に流されるしかない。
 人生はそういうものなんだって、なんとなくそう思っている。だから、真剣に将来を考える気力が沸かない。
 地元の駅に到着した電車から降りて、改札を抜け、階段を降りていく。駅前の通りには、品出ししているスーパーの人、買い物帰りらしい主婦、どっかの工事をしているらしい作業員などが行き交っている。
 みんな、目の前のことしか考えない。たぶん僕が彼らと同じ年齢になる頃には、地球環境はもっと悪化し、日本は老人大国となって、もろもろの問題は『今解決しなきゃいけない問題〜』とか言い続けているんだろう。
「なんて言うんだろう。閉塞感?」
 たくさん道があるように見えて、結局全部が行き止まり。そんな路地に立って、後ろから包丁を突きつけられながら、さあ進めって言われている気分。全部崖じゃん。
 乗らない気分のまま歩いていると、ふと、道端に落ちているぬいぐるみが目についた。
「……?」
 狐のぬいぐるみだ。少し汚れているけど、破れたり壊れたりしているわけじゃない。
 なんとなく憐れに思えて、ぬいぐるみを拾った。どっかから落ちたのかと見渡してみたけど、それらしいものも見つからない。
 どこかに名前がないかと見てみると、足の裏にかすれた文字が見えた。うっすらと……これは狐、という文字だろうか。狐に狐ってどういうネーミングセンスなんだ。
 置いて行こうかとも思ったけど、見上げるといつの間にか雲が出ていた。そういえば、今日の天気予報、夜から雨ってなってたな。
 このまま屋根もない場所に置いて行ったら、こいつはずぶ濡れだ。それもどうかと思い、僕はぬいぐるみを持ち帰ることにした。
 一晩家に置いて、ついでに『落とし物』って看板でも持たせてやって、明日の朝に返そう。
 そんなことを考えながら、僕は歩き出した。