「ぎゃあああああああああああああああああああ!?」
 叫び声にハッと我に返る。
 大男……。助けなきゃという思いと、勝てるわけないという思いがせめぎ合う。
「うっ、わっ、わあああああああああああああああああ!!」
 誰かが叫ぶ。バタバタと後ろの扉から逃げ出して行く。
「あっ、ちょっ、助けなきゃ……」
 引き留めようと伸ばした手。その手を、しっかりと掴まれる。
「何を言ってるんです! こんなところにいたら殺されますよ!!」
「あっ、ちょっ」
 話しかけてきた女子だ。そのまま引っ張られ、教室を飛び出す。
「で、でもさっきの子が」
「もう助かりません!!」
「っ」
 脳裏に、さっき見た死体が浮かぶ。
 あの大男が殺した結果なら、階段にあった無惨な死体も納得できる。
 そう、勝てるはずない。助かるはずもない。だけど、必死の形相をしていた、あの子が消えないーー。
 引っ張られるままに階段を降りて走って、気づけばどこかの教室に飛び込んでいた。
 二人で床に座り込み、息を整える。
「たす、かった……。のかな」
「とりあえず、追ってきてはいないようです」
 改めて相手を見る。彼女も汗をかいていた。それだけ必死だったんだろう。
 名札には『リリパット』と書かれている。
「えっと、リリパット……。さん?」
「呼び捨てでいいですよ、あかりちゃん」
「あ、ありがとう。その、リリパットはこの状況、どう思う?」
「どうって?」
「たとえば僕は、確かに家のベッドで寝ていたはず。なのに、目が覚めたらこの校舎にいた。どう考えても普通のことだとは思えない」
「それはそうですね。こんなに容姿も変わっているんだし」
「そう、まるで夢でも見ているみたいだけど……。でも、とても夢だとも思えない」
「……そうですね。どう考えても現実の出来事。ううん、超常現象、とでも言えばいいかしら」
 超常現象。その言葉はしっくりする。
「これが現実の出来事だとすると、さっきの大男も……」
 リリパットはこくりと頷き、
「本物でしょうね。あれだけの体格。しかも、どう見ても正常な神経の持ち主ではありませんでした。襲われれば一巻の終わりです」
「っ……」
 その言葉は冗談でもなんでもない。ただの事実だろう。
「なんで、こんなことに……」
「そんなことを言っても始まりません。まずは、この学校から脱出できないか考えましょう」
「あっ、そ、そうだね」
 改めて窓に近づいてみる。窓ガラスはところどころ割れているものの、窓は開かなかった。鍵がかかっているわけでもないのに、不思議な力のせいか、びくともしない。念のため他の窓も試してみたけど、全部が閉鎖されていた。
 窓の外は暗闇だ。たぶん今が”夜”なのだろう。校舎から漏れる光が届く範囲は草木の生えた庭だけで、遠くの景色は見えず、ここがどこなのかもわからない。
 それに、外が明るくなるまでは、”教師”がうろつく……。
「玄関まで行けるかな」
「わかりません。教師も卒業生も、何人いるかもわからないんです。不用意に遭遇してしまえば襲われてしまいます」
「だからって、朝までこの教室で隠れられるとも思えない。少し積極的に、脱出できる方法を考えよう。他の人を助けることは……。その後に考える」
「なるほど。わかりました」
 二人でこっそりと教室を出る。ここは二階らしい。階段で一階へ、そのまま道なりに行くと昇降口に出た。
 並ぶ下駄箱は片っ端から空っぽだ。今更ながら、僕らはローファーで、上履きはない。何か意味があるんだろうか。
 玄関扉は白い金属枠にガラスの嵌まったものだった。試しに扉を押してみるけど、やはりビクともしない。
 ガラスのところを蹴飛ばしてみたけど、ヒビも入らなかった。
「強化ガラス、かな」
「これだけ超常現象が起きていることを考えると、何か超常的なもので閉じられているのかもしれませんね」
 そうなったらお手上げだ。
「つまり、この学校からは逃げられないってことか」
「まあ、これだけ手間のかかることをしているんですから、そう簡単に逃げられるわけもありませんか」
「手間?」
「だってそうじゃないですか。超常現象を起こすのにどれだけの力がいるのか分かりませんけど、あれだけの人数をどことも知れない場所まで移動させて、しかも姿形まで変えてしまうなんて。超能力って言っても限度がありますよ」
「確かに……」
 そういえばそうだ。超常現象を起こすのにどれだけの力が必要なのか分からないけど、これだけの現象だ。並大抵のものじゃないことは分かる。
 そして、その目的はーー。
「僕らを惨殺するのが目的、なのかな」
「それだけとも思えませんけど……」
「え?」
「だって、殺すだけなら一番最初に、全員を拘束してしまえばよかったんです。手足を縛るだけでも逃げられません」
「そ、それもそっか」
 このゲームを起こした犯人ーーキーと名乗っていたか、彼女は僕らを拘束したりしなかった。それどころか、わざわざルールを提示し、僕らに勝つ見込みを残している。
 もがく様が見たかったとか? よくわからない。
「……それにしても、リリパットは冷静だね。しかも頭もいい」
「そ、そんなことないですよ」
「謙遜することないよ。僕は混乱してばっかりだったのに、リリパットは色々なことを考えられている。凄いことだよ」
「そんなの、たいしたことじゃなくて……。それよりあかりちゃんの方が凄いです」
「え? 僕?」
「だってあれだけ怖そうな人が出てきたのに、襲われている人を助けることを一番に考えるなんて。そんなこと、普通はできません」
「それこそ……。実際に何かできたわけじゃないし」
「結果じゃありません。その善良な気持ちは、きっと良いことがありますよ」
「そうだといいけど。……ん?」
 二人で耳をすませる。右手の方。確かに、足音が聞こえた。
 視線を向ける。靴音、ではない。ぺたぺたと、素足の音。
 僕らは互いに頷き合い、下駄箱を壁にするように反対側へ逃げ出す。
「教室まで逃げきれるかな」
「教室に逃げても、さっきの大男みたいに入ってくるかもしれません」
「そっか。あ、それなら……」
 目についたのは職員用トイレと書かれた看板だ。二人で女子トイレに飛び込むと、一番奥の個室に二人で隠れる。
 ぺたぺたと、廊下を歩く音が聞こえてくる。
 その音が徐々に近づきーーとうとう、トイレの中に入ってきた。