うっすらと陽が昇る。
 朝日に照らされたのは、無機質なグラウンドだった。グラウンドの向こうは、まるで監獄のような鉄柵。その先はぼうぼうと草木が伸び放題になっており、遠くには緑色の山が見える。
 僕とリリパットは、そろそろと教室を出た。本当に教員がいなくなったかどうかは分からない。慎重に廊下を進み、階段を降りる。
 途中で昇降口に寄ってみたけど、やはり開かなかった。閉じ込められているんだ。
 行く当てもないまま校舎をさ迷っていると、職員室を見つけた。
「……ここに教師がいるのかな」
「どうでしょう。でも、近づかない方が賢明では?」
「それはそうだけど」
 扉の窓から、そっと中を覗いてみる。拍子抜けなことに、中には人の気配がなかった。
「誰もいないみたい」
 扉を開き、中に入ってみる。並んだ木の机。書類が積まれていたり、ペンが転がっていたりと、まるで今まで仕事でもしていたかのような光景だ。
 僕は机を撫でながら、
「これから……。どうすればいいんだろう」
「ルールの通りなら、卒業生を全滅させない限り脱出できない、ということですね」
「……ルールか」
 なんなんだろう、あのルール。
 変なルールだった。リリパットが言っていた通り、僕らを惨殺するためなら、あんなルールは必要ない。僕らがあがく姿を楽しんでいるのか? でも、その割に校内でキーの姿を見たことはない。
 あるいは、校内の情景は、千里眼のようなもので見えていたりするのだろうか。
 漫然と考えていると、
「っ!? あ、あかりちゃん!」
「えっ?」
 リリパットが僕の後ろを指差している。振り返ると、包丁を持った女子生徒がいた。
「あ、あ、あ……。あんたたちが、卒業生?」
「え? い、いや、違うよ! ここにはたまたま通りすがっただけ!」
「……本当?」
「本当だよ。それに、卒業生が二人で行動するわけないじゃん」
「そう……。それもそうね」
 理由になっているんだかなっていないんだか、僕の理屈で納得したらしい。
「あの、その包丁は?」
「これ? 家庭科室で見つけたの。あんたたちも見たでしょう? あの大男」
 ”教師”のことだろう。
「あんな連中に見つかったら、武器もなしに戦えないでしょう。ルールにも”校内のものは自由に使っていい”ってあったし」
「包丁で、あいつらを殺すってこと?」
「殺さなくても、逃げられればそれでいいわ。自分の身は自分で守らないと。こんな異常事態なんだしね」
 自分の身は自分で守る、か。
 それはおおむね正しい。ただ、包丁なんかで戦いになる相手なんだろうか、とも思う。
 トイレで聞こえた悲鳴。あの時、つかまった子は相当暴れたはずだ。でも、男は難なくトイレから引きずり出し、教室まで連行することができていた。いくら男と女とはいえ、異常な腕力だ。
 それほどの腕力を持つ相手をーー包丁なんかで、戦えるだろうか。
「じゃあね。あんたらも、早く武器でも見つけておきなさいよ」
 包丁女子が立ち去る。僕はため息を吐き、
「本当に、異常だね」
「確かに異常事態ですけど」
「彼女だって、日本なら他人を包丁で傷つけようなんて思わなかったはずだよ」
「ああ、そういう」
「異常な事態の中じゃ、判断力も異常になっちゃうんだ。なんとかしなきゃ」
「なんとかと言っても……」
 そう、なんとかしなきゃいけない。包丁女子の台詞ではないけど、自分の身を守るためにも、この異常事態を解決しないと先に進まない。
 そのために必要なものーー。包丁? 武器?
 違う。武器というのは、”情報”だ。
「……そうだ。リリパット、もう一度、最初の教室に行ってみよう」
 僕は机に並んでいたメモ用紙を手に取り、そう言った。

☆   ☆   ☆   ☆


 最初の教室。黒板にはルールが書かれている。

【ルール

1:”学生”は、本当の名前を知られてはならない
2:”教師”に捕まった者はゲームオーバー
3:”教師”は”夜”の間のみ活動する
4:”卒業生”は”学生”のふりをする
5:”教師”は”卒業生”を襲わない
6:”学生”は”卒業生”を全滅させれば”下校”できる
7:黒板に本当の名前を書かれた者は”進路相談室”に監禁される
8:”学生”は校内にあるものを自由に使用してよい



「このルールがどうかしたんですか?」
 リリパットと並び、黒板を眺める。書かれているルールはいくつかあるけど、それぞれの意味はまた違うんじゃないだろうか。
「このルール、いくつか意味が分からないと思って」
「意味が分からない?」
「たとえばルール1。名前を知られてはいけないというのは、ルール7と矛盾しない。名前を知られて黒板に書かれたら監禁されるんだろうし、監禁されたところを教師に襲われたら死ぬだろうからね」
「それはまあ、そうですね」
「2や3もおかしくはない。言うなれば鬼ごっこで、鬼は夜しか動かないよって意味だよね」
「そうなりますね」
「問題は4以降だ。卒業生は学生のふりをする。教師は卒業生を襲わない。学生は卒業生を全滅させれば下校できる……」
「……? どういうことです?」
「このルール……。最初に集められたみんなの中に、卒業生がいるってことなんだろう。教師が襲わないってことから見ても、卒業生は教師の仲間ってことだ」
「そういうことですね」
「問題はルール6。卒業生を全滅させれば下校できるってことだ。教師を、じゃない」
 そう、それがさっき包丁女子と話していた時の違和感だ。
「鬼ごっこで鬼を全滅させればってルールでもない。教師が襲わない学生を見つけ出し、殺せってルールになっている。それだけなら昼間でもいいんだ」
「……なるほど。夜は教師から逃げ回り、昼は卒業生を探して殺すターン、ということですね」
「そう。まるで人狼ゲームだね」
「じんろう?」
 僕は頷き、
「知らないかな。パーティーゲームだよ。村人たちの中に人狼役が混じっているゲーム。夜の間に狼は人を殺す。昼の間にみんなで発言や被害者の傾向から狼の正体を推理し、多数決で村人を処刑していく。狼を全滅させれば村人の勝ち。村人が全滅すれば狼の勝ち」
「ああ、確かに近いルールですね」
「さながら今は推理ターンってことだ。他の学生を観察し、推理し、卒業生を見つける。そして、殺す」
「そうは言っても、今はノーヒントみたいなものです。なんとかわかるんでしょうか」
「難しいな。教師が襲っていない学生を誰かが目撃していれば一発だけど……。卒業生も、それだけは警戒しているだろうし。なるべく教師とは顔を合わせないようにしているはずだから」
「でも、このまま無策に夜を迎えたら、また教師が出てきます。教師に襲われたらひとたまりもありません」
「それはそうなんだけど……」
 とにかく、と僕は息を整えた。
「殺すとか、そういう物騒な話はさて置いても、誰が卒業生かは知らないといけない。卒業生は学校側の人間だ。もしかしたら、ここから脱出する方法を知っているかもしれないし、何かの事情もわかるかもしれない」
「そうですね。じゃあ、他の学生を探しますか?」
「ああ、そうしよう」