四人で相談し、罠を張る場所は体育館と決めた。
 教室は狭く、万が一にでも失敗した時、逃げ場が少ない。体育館なら広く、カラテカさんも戦いやすいとのことだった。
 教室にあったチョークを使い、マジシャンさんの指示通りに図形を描く。いわく、これが除霊に使える陣なのだそうだ。
 リリパットとカラテカさんは物理的な対策。リリパットがサインペンで黒塗りした糸を、カラテカさんが入り口付近に仕掛ける。
 ここに教師をおびきよせ、足を引っかけて転ばせる作戦だ。さらに転ぶ先にはガムテープを並べて捕獲器を作る。
 幽霊にどこまで通じるのか疑問ではあったけど、少なくても大男は物理的な制約をはねのけられる様子ではなかった。逃げる女子は手で捕まえていたし、トイレの扉などもすり抜けた様子はない。
 それでも大丈夫かとマジシャンさんに聞いたところ、

『もしテープをすり抜けるような存在だったら、そもそも格闘技で戦うなんて無理』

 とのこと。言われてみればその通りだ。その時はマジシャンさんの除霊だけが頼りになる。
 用意を済ませ、夜を待つ。体操場の時計が0時を指した瞬間、

 きーんこーんかーんこーん

『校内放送です。”夜”が始まりました。皆さん、生き延びてください』
 かち割れたスピーカー音が聞こえ、校内がなんとも言えない不気味な雰囲気に包まれる。
 昨日は必死で気づかなかったけど、夜の間、校内は異常な雰囲気だ。それだけで今が夜だと分かる。
「……昨日もそうだったけど、夜の間は霊気が強くなるわね」
「冷気?」
「冷えた空気じゃなくて、幽霊の気配。それだけ多くの霊が活性化しているのだと思うわ」
 マジシャンさんはカラテカさんと顔を見合わせる。カラテカさんは頷き、体操場から出ていった。
 彼女(彼?)は、校内で教師を探し、ここまで連れてくる役目だ。僕とリリパットが教師を拘束し、マジシャンさんが除霊を試みる。
 成功すればよし、失敗したら全速力で逃げるーー。それが今晩の作戦だ。
「もう一度言うけど、除霊が必ず成功するわけじゃない。というか、これほどの規模を有する霊的現象なんて見たことないわ。それほどの霊だったら、成功する見込みは低いと思って貰った方がいいわね」
「……うん」
「でも、必ずしも失敗したから問題ってわけじゃない。少しでもダメージを与えられれば、どこか結界に綻びが生まれるかもしれない。そこから脱出さえできちゃえば、除霊そのものは失敗しても構わないわ」
「綻び……」
 玄関の扉は謎の力で閉鎖されている。窓なんかも同じだ。
 けど、綻びによって窓や扉が開くようになれば、外に出られるかもしれない。もっとも、外に出られたからといってどうなるものかはわからないけど……。
 しばし待っていると、静寂に包まれていたはずの校内から悲鳴が聞こえた。
「……遠いね」
 どこか遠くーーここから遠いところとすると別棟あたりで誰かが襲われたのだろうか。
 襲われた人を助ける手段は、ない。こっちは準備を整えて罠を仕掛けているんだ。出会い頭に倒す方法なんてない。
 それが分かっていても、手が冷える。心がざわつく。
 と、そんな僕の手をリリパットが握った。リリパットの手も少しだけ震えていた。
「大丈夫」
 僕が言うと、リリパットも小さく頷いた。
 少しすると、廊下がバタバタと騒がしくなってきた。
「来たか」
 僕とリリパットは体操場の入り口近くで待機。マジシャンは部屋の真ん中に行く。
 明かりを落とした体操場は真っ暗だ。部屋の中央にマジシャンがいることも、廊下側からでは分からないだろう。まして、扉のかげにいる僕らなんて見ることもできない。
 バタバタと駆け抜ける音。カラテカさんが体操場に飛び込んだ直後、
「今!!」
 僕とリリパットで黒糸を引っ張る。ピンと張られた糸に大男が足を引っかけ、そのままぶっ倒れた。
 倒れた先に敷いてあるのはガムテープだ。そのまま、カラテカさんがテープでがんじがらめにする。テープで作った紐を僕とリリパットも協力して引っ張り、拘束。
「やれ!! マジシャン!!!」
 部屋の中央。チョークで描かれた陣の上。
「ナウマクサンマンダバザラダンカン!!!」
 呪文を唱えたマジシャンさんが教師の顔面を棒のようなものでひっぱたく。
 直後。急に力が抜けた。教師の姿が淡く光ったかと思うと、さらりと消えてしまう。
 後には中途半端な形に固まったガムテープだけが残った。
「……消えた、な。除霊に成功したのか?」
 カラテカさんの問いかけに、マジシャンさんは首をかしげた。
「成功しちゃった、わねぇ」
「すごいじゃないですか! これで脱出も……」
「いや、それはどうかしら」
 四人で廊下に出る。手近にあった窓に触れてみたけど、ビクともしなかった。
「やっぱりね」
「やっぱり?」
「あれじゃ倒しきれていない。ううん。たぶん何のダメージにもなっていないんだわ」
「ダメージになっていないって……。だって術は使えたんでしょう?」
「ええ。でもダメね。だいたい、何の抵抗もなさすぎる。そんなはずがないわ」
 マジシャンさんはちっちっ、と指を振る。
「浄霊と除霊って分かる? 浄霊は幽霊を説得し、自分の意思で成仏してもらうこと。対して除霊は、相手がこの世に結び付いているロープを無理やり引きちぎって、強制的に殺すこと」
「マジシャンさんがやろうとしたのは除霊ですよね」
「そういうこと。除霊っていうのは霊からすれば生きるか死ぬかの瀬戸際。当然、反発も強くなる。これだけの力を持った幽霊なら、反発だけでこっちが殺されてもおかしくないはず」
 なるほど。大男は何の反発もなく、そのまま消えた。
 つまりは、反発する必要がなかったんだ。
「姿が消えたくらいだから、どっかに逃げたのは間違いないと思う。でも、殺せたわけじゃない。当然、脱出もできない」
「作戦失敗、か」
「まあね。でも除霊が通じるのは分かったわ。つまるところ、現象はメチャクチャでも幽霊は幽霊。なら、幽霊のルールは通じる」
「もうひとつ通じるものがあるぜ」
 カラテカさんはガムテープを持ち上げ、
「物理的な拘束も通じたし、黒糸も当たった。腕力で制圧することも可能ってわけだ」
 状況は何も好転していない。でも、カラテカさんの武器も、マジシャンさんの武器も通じないわけじゃない。
「通じるものがあんなら、まだやりようはある。次の作戦に移るぜ」
 カラテカさんの指揮に、僕らは頷いてみせた。
 その直後。ざざっ、とスピーカーが鳴った。