職員室。そこは、つい昨日まで使われていたかのような生活感が残っていた。
 そこらに散っているノートを片っ端から漁っていく。大半は授業に関することだ。
 それらをパラパラと眺めていた僕は、ふと首をかしげた。
「変だな」
「変?」
 一緒にノートを調べていたリリパットが疑問を返す。
「なんでこんなにノートが残っているのかな」
「なんでって、どういう?」
「だってさ、この中学は廃校になったわけでしょう? それなら廃校になった時点で必要なものは持っていくでしょう。少なくても、授業に使ったノートとかは持っていくんじゃないかな」
 ただのメモ帳やペンなら置いていってもおかしくはないけど、改めて見るとノートがあるはずはない。
「なるほど。でも、それってどういうことでしょう」
「……この校舎、どういう状態で残っているのかな」
「どういう状態?」
「ほら、なんとなく廃校で事件があった時に封印されたというか、この状態になった……。そんなイメージだったんだけど」
「私もそうです」
「これだけ残っていたということは、事実は逆で……。”封印されたから”廃校になったってことはないかな?」
「それは……。おかしいですよ。封印されたってことは、他の人はこの校舎に入れないってことですよね? 実際、まる二日経っても誰も来ませんし」
「それはそうだね」
「なら、なんで”廃校になった”ことが歴史として残っているんですか」
「あ、そうか」
 廃校の歴史が本に残るってことは、少なくても廃校になるまでは、この学校は現実に存在していたってことだ。
 あれ? そうなると、このノートは……。
「廃校になるまでは歴史として残っていたのに、廃校する時に必要なものもそうでないものも、処分していかなかった……?」
 なんだろう、それ。
 首をかしげていると、職員室の扉が開いた。
「ひっ」
「あ、さっきの」
 テリタマさんと一緒にいた生徒の一人だ。ショートヘアに、おびえた眼差しが印象的な子。
 ネームプレートには”ゼファー”とある。
「ゼファーさん? どうしたの?」
「あっ、えっ、あの、はさみを……。探して……」
 語尾が小さくて聞こえなかったけど、はさみを探していたのだろう。手近な机からはさみを手に取ると、ゼファーさんに渡す。
「はい。大丈夫だよ、昼間に先生は出ないから」
「そ、それは、あの、わかる、けど。阿久津さんも、君らが倒した、んでしょう?」
「そう。霊能力のある人がね。……ん?」
 阿久津、さん?
「君、もしかして阿久津教諭を知っていたの?」
「ひっ」
 僕はゼファーさんの肩をつかんでいた。無意識にしていて、後から気づく。
「何か知っているなら教えて欲しい。この学校から脱出するには情報が必要なんだ」
「な、なにも知らない。おれはなにも知らない!!」
「ならなんで教師の名前なんて知ってるんだ!!」
「っ……!!」
「校内放送では言っていたさ! でもそんなの一度きりだ、聞いていたって覚えてなんかいられない! 君は最初から知っていたんじゃないのか!?」
 そういえば、と思い出す。
 阿久津教諭が最初の教室に入ってきた時。まっさきに逃げた女生徒がいた。
 後ろ姿しか見ていないけど、確かこの子だったと思う。
「阿久津教諭って何なんだ? なんであの人は死んだ?」
「な、なんでかはわからない。おれも知らないんだって!」
「そんなはずは……」
「誰も知らねえんだよ! 呪い殺されたんだからさ!!」
「……呪い?」
「そうだよ!!」
 僕が手を離すと、ゼファーは僕をにらんだ。
「阿久津さんは族の頭張ってた人だ。恨みなんかいくらでも買ってる。それがある日、いきなり苦しみだして死んだんだ。チームのナンバー2やナンバー3もいきなり死んで、チームは壊滅して散り散りになった。だから、おれも誰の呪いで殺されたかなんてわっかんないんだよ」
「そう言えるってことは、お前も暴走族だったんだな」
「……ああ、そうだよ。つっても、使いっ走りだったけどな。阿久津さんが色々とやべえことしていたのはおれも知ってるけど、どいつが呪ったかなんて……。心当たりが多すぎる」
 阿久津というのが暴走族だったというのは、あの堅気ではない雰囲気からも納得できる。
 そういう人たちなら喧嘩とかもしていただろうし、揉め事も多かっただろう。
「じゃあ、お前たちはこの学校を根城にしていたのか?」
「そうだよ。チームに大工崩れがいて、色々と改造したり直したりしたんだよ」
「阿久津が死んだのはこの学校?」
「そうだ。トイレで倒れてたんだよ」
 トイレで死んだ。もしかして、だからトイレでは殺人ができなかったのか? 自分が死んだ場所では殺せなかったのかもしれない。
「最初に見つけたのは?」
「チームのやつだ。それから次々と倒れて、やべえってなってみんな逃げたんだよ。おれもそれから学校に行ってない」
「じゃあ、女性の教師たちは? あれもチームの人?」
「っ……!! あ、いつらは、知らない」
 ゼファーの顔が強ばる。その、あまりに分かりやすい様子に、僕は不信感を覚えた。
「知らないはずがないだろう。何をした。あれが阿久津を恨んでいる相手じゃないのか?」
「し、知るか!! 阿久津さんの行動をいちいち知ってるわけじゃねえんだ!!」
「本当か?」
 僕がじっと見つめると、ゼファーはぷるぷると震え、
「お、おれが悪いんじゃないんだ。阿久津さんがやれって……。おれは手を出してねえ」
「何をした」
「か、監禁だよ」
 僕が眉をひそめるのも構わず、一度話し出したゼファーはそのまま語る。
「そのへんで女さらって、監禁してたんだ。チームでオモチャにするって……。おれは飯とか運んだだけで、実際にヤッてねえけど。大工崩れがいるって言ったろ? そいつが学校を改造して、監禁部屋とトイレ以外にゃ行けないようにしたんだ」
「それで?」
「普段は部屋にいさせて、チームの上位メンバーが気の向いた時に犯してた。部屋は外から鉄板張って、脱出できないようにして。たぶん10人近く拉致ってたと思う……。ときどきで入れ替わってたから、常時いたのは3人くらいだけど」
「入れ替わる……? 解放したのか」
「……」
「全部言え」
 僕が迫ると、ゼファーは視線をそらした。
「解放したらおれらのやってたことがバレちまうだろ。この学校、木造のくせに3階まであるから……。3階の窓だけ封鎖してなかったんだ。で、その窓の下にコンクリ敷いてた」
「まさか」
「飽きたら自殺させたんだよ。拘束かけ忘れたふりして、自分で脱出路を探させて。3階から何もなしに出れば、落ちて死ぬに決まってるだろ? 阿久津さんなんか、その様子を見てゲラゲラ笑ってたよ」
「……なんて下衆な」
 言葉が出ない。それが、同じ人間ができることか?
「阿久津さんはよくゲームだって言ってたな。生き残れたら逃がしてやってもいいとは言ってたけど、実際には逃げられた奴なんかいないし、そもそも逃げられたらおれらが捕まる。だから、逃がすつもりなんてなかったはずだぜ」
「それで……。わかった」
 阿久津が恨まれたのは当然だ。となれば、この学校には自殺させられた女性たちと、その恨みで殺された暴走族の霊が滞留しているのか。
 それらがひとつの霊団となっている。マジシャンさんの言う通り、一筋縄で除霊できそうな相手じゃない。
「そうだ。じゃあ、キーってのは? 彼女も被害者か?」
「いや。あいつは知らない。それに、監禁した女たちは服なんか着せてねえ。あんな巫女服、持ってたはずがねえんだ。……まあ、こんだけ超常現象が起きてんなら、コスプレのひとつやふたつ、できるのかもしれねえけど」
 そんな。
 キーは一人だけ特異な存在。普通に考えれば彼女が事象のコアだ。
 じゃあ、彼女はどこから現れたんだ?